第二十六話
五月二十三日(火)21:00
「……ってな感じだ」
『う~ん……それはちょっと心配だなぁ』
『……』
家に帰った俺は明日葉と美優に今日のことを話した。
俺の話を聞いた美優は驚愕の表情をして絶句している。無理もないよな。ある意味自分の所為で妹をそうしてしまったのだ。
悪いのは通り魔であって美優じゃないんだけどな。
「それで、ちょっと考えたんだけどさ」
だが問題はそこじゃないような気がする。というのも、今日先生の家で聞いた事実には何か引っ掛かるものを感じたからだ。
帰り道に頭の中でその“何か”がなんなのか、ずっと考えてきた。
『ん? なになに?』
「いや、沙奈絵さんが部屋から出て来ないのって、本当にショックを受けてるだけなのかな?」
俺が考えて出した疑問がこれだ。
『それって沙奈絵がショックを受けてないって言いたいの?』
俺の疑問を聞いた美優が、不機嫌全開な表情で聞き返してきた。
いつもより声が若干低くなっているから、これはマジで怒ってるな。
うん、怖い。
「そうじゃなくて、美優の目から見ても、明るい性格をしてたんだろ?」
『そりゃもう! まるでヒマワリみたいにね! 笑顔が可愛かったなぁ』
やっぱりそうだよな。
そうなると出てくる答えは限られるな。
「俺の経験上だが、明るい性格の人って言うのは二つのパターンに分かれる」
『二つのパターン?』
明日葉が指を口元に当てながら首を傾げる。
相変わらずあざといな。
「一つは本当に明るくて、能天気……じゃなくて天真爛漫な人だ。美優みたいにね」
指を一本立ててから説明し、その指を美優に向ける。
『え? それって褒められてる?』
『美優ちゃん、バカにされてるのよ!』
一瞬だけ俺の言葉で笑顔になった美優だが、すぐに明日葉が訂正した。
余計な訂正しなくて良いんだよ。面倒になるから。
『え! それって酷くない? お兄ちゃんって妹に対する愛情はないの?』
妹に対する愛情ってなんだよ? 俺はまだ美優のことを“妹”としては見ていないんだが。
「……それでもう一つのパターンが」
『ねぇ無視ですか? あたしの事、無視ですか!』
面倒だからさっきのことは棚上げし、話を続ける。
言葉尻を捕らえられたらいろいろと面倒なんだよ。
「取りあえず全部聞け! もう一つのパターンが、『明るさを偽ってる』人だ」
『偽ってる?』
『どういうこと?』
明日葉と美優が頭に疑問符を浮かべて同時に指を口元に当て、コテンと首を傾げる。
本当に姉妹なんじゃないかと思うぐらいシンクロしてるな。
「そのまんま、『自分は明るい性格なんだ』という自己暗示をかける。そうすると、自然に明るい性格となる」
『う~ん、それって別に悪いことないと思うけど……ねぇ?』
『……うん』
俺の話を聞いた明日葉が少し考え、偽りの明るさを悪くはないと言い、美優に向き直ってから同調を求める。
また美優もそれが悪いとは思えなかったらしく、一秒ほど考えてから頷く。
「もちろんそれが悪い事だ、とは思わない」
俺もそうだ。明るさを偽るのは別に悪いことじゃない。むしろ暗い性格だと弊害の方が多い。俺が創だったように。
だから自分は明るい性格だ、と思い込むのは何も悪くない。特殊な事情を除いて。
「けど」
『けど?』
「自分を偽るって言うのは、脆く崩れやすい。それを知らないで自分を偽るのは、非常に危険なんだ」
そう。ワザと明るく振舞ったり、空気を読んで明るく接することは悪いことではない。
だが、これを無自覚に行っているのは、解離性同一症になる危険性を孕んでいる。解離性同一症とは、例えば「明るく振舞う人格」や「辛いことや悲しいことを受け持つ人格」を作り出してしまう病気だ。昔は多重人格障害とも呼ばれていた。
『……どういう時が危険なの?』
「自分を偽っている場合、自分の置かれている状況によって変化する事が多い」
一度人格を作る癖が出来てしまうと、そこから先は重症になりやすくなる。
同じ要領で何人も違う人格を作れてしまうからだ。
『例えば?』
「入学だったり卒業だったり。あとは、親しくしていた家族の死……とかな」
『じゃあ、もしかして沙奈絵は』
俺の話をおとなしく聞いていた美優が口を隠しながら目を見開く。
「俺の考えすぎかもしれないけど、美優が亡くなったことにより、自分の存在意義がつかめなくなってるんじゃないのか?」
『そんな……。ねぇお兄ちゃん。どうしたら良い?』
美優が目に不安と動揺の入り混じった色を宿し、俺に助けを求めてきた。
「う~ん……お父さんの言うように時が癒してくれるのを待つか……」
『それってどのくらいかかるの?』
俺もそんな経験があるわけじゃないし、そういう専門家でもない。
昔そういったテレビ番組を見た程度だ。
「その人次第だけど、場合によっては、ずっと……っていう可能性も、なくはないのかな?」
だから俺が今なにか出来ることがあるわけじゃない。同様に何かアドバイスが出来るわけでもない。
俺の言葉を聞いた二人が沈黙する。
『何とか出来ないの? 隼人の力で』
「あのね。俺は超能力者じゃないの。協力したくないわけじゃないのぐらいわかるだろ?」
その沈黙を破ったのは明日葉だ。
しかし「何とか」と言ったところで俺に出来ることは何もない。
『そうだよね。だって本来なら私たちだって見えない、無能力者だもんね』
「だから、言い方!」
明日葉のこの言葉って、煽ってるのかな?
挑発的に感じるのは俺だけか?
『ねぇお兄ちゃん……』
『隼人ぉ……』
二人のすがるような言葉と視線……可愛いな。
じゃなくて! こういう時の女子って本当にずるいよな。
まったく……。
「……あぁもう、分かったよ」
ため息交じりに答える。
『本当に?』
「何が出来るかわからないけどな」
『それでも隼人は何とかしちゃうって、私は思うよ』
明日葉はなんでそういうこと言うんだ? そう言われたら何とかしないといけなくなるだろ。
「……その心は?」
『だって、隼人だもん』
中身が無い。
明日葉に答えを求めた俺がバカだったか……。
「はいはい。とりあえず、可愛い妹の事だからな。頑張ってみるよ」
『わーい! だからお兄ちゃん大好き!』
抱きつこうとした美優を華麗に躱す。
さてと、それじゃ明日の職業体験は少し早めに切り上げる必要がありそうだな。
五月二十四日(水)10:00
「あのさ、今日は悪いんだけど、三時までで良いかな?」
翌日、職業体験の集合場所で皆にまず言った。今の沙奈絵さんがどういう状態なのか、先生に聞く必要があったからだ。
かなり踏み込んだ話になるため、早めに切り上げて帰ってもらう必要があったからだ。
「それは全然構わないよ」
「むしろ早く帰れてラッキー! みたいな」
断る理由もない工藤と三井さんは賛成してくれた。
ここまでは予定通りだ。あとは先生に話を伝えないとな。
五月二十四日(水)15:00
「それじゃ今日は早いですけど」
「うん。また明日ね」
今日職業体験が始まる時、先生に少し早めに終わるように伝えていた。
先生もなんとなく察していたのだろう、特に何も言うことなく承諾してくれた。
「……あの先生。今日も少し、良いですか?」
「あぁ、構わないよ」
「あの……その……」
「言いたいことは分かっている。沙奈絵の事だろう?」
先生はもう察していたようで、すぐに本題に入ってくれた。
「あ、はい」
「ふむ。私としてもこのままではマズイと思っている」
まぁ父親として当然だよな。娘がずっと部屋に引きこもってるというのは良くない。
世間的にも、精神的にもだ。
しかもそれが行われているのが、自分が慕っていた姉の部屋だというのだからなおさらだ。
「あの、美優さんのお部屋に入ることは?」
「中から鍵がかかっていてね。入れないんだよ」
どうやら美優は自分のプライバシーを守りたい娘だったのだろう。あのキャラでプライバシー……いや、考えるのは失礼だ。
それよりも重要なのは、沙奈絵さんが引きこもっている美優の部屋にいることだ。感傷に浸っていると思えなくはないが、見方によっては美優の後を追うのでは、と考えてしまうことさえあり得る。
「合い鍵はないんですか?」
「あったんだが、沙奈絵が持って行ってしまったんだ」
持って行った? なんでだろう? 何か秘密にするようなことでもあるんだろうか?
「つまり、今は外から開ける方法は」
「うむ。ないのだ」
外からの侵入を拒む……やはり何かしらの理由があるんだろうか?
階段を上り沙奈絵さんの部屋……じゃなくて美優の部屋の前に到着する。
「沙奈絵さん! 俺、美優さんの友達で西園寺隼人って言います。少しだけ話をしませんか?」
とりあえず扉に向かって声を掛けてみるが、当然だが室内からの反応はなかった。
「沙奈絵さん! 沙奈絵さん!」
今度はドアを叩き、沙奈絵さんの名前を呼んでみる。
「無駄だよ。私たちも何回か試みたが、このドアが開くことは無かった」
まぁそりゃそうだよな。俺が今思いつくことなんて、大体は実行してみて効果が無かった事だ。しかし一歩も外に出ないとなると……。
「食事はどうしてるんですか?」
「一日に二回、昼と夜に妻が食事を運んで部屋の前に置く」
「なるほど。要領は分かりました」
つまり完全に外に出ないということではないようだ。
食事のことももそうだが、お風呂やトイレに行くことだってあるだろう。
それなら根競べしてみるか?
「ちなみにだが、待機していても無駄だよ」
先生が俺の思考を読んだように言う。そんなにわかりやすい表情をしていただろうか?
「それはどうしてですか?」
「私たちも何度か試みた、そう言っただろう」
つまり、もう既に根競べは終わっているということだ。
どのくらいの時間粘ったのかはわからないが、家族がやることだ。一日や二日じゃないだろう。そうなると当然だが、時間が限られている俺がやっても無駄、ということになる。
「そういう事ですか……分かりました。明日またチャレンジします」
「今は無理だと思うのだが……」
「それはこれからですよ」
そう言ってから先生の家を出る。
気を取り直して明日再チャレンジすることにしよう。
五月二十五日(木)15:00
「沙奈絵さん! 俺です。西園寺です。ほんの少しだけで良いんです。話をしませんか?」
昨日と同じように部屋をノックし、話しかける。だが結果は同じだった。
やっぱり今日も無理か。
それよりも……なんだろう? なんか違和感が感じるな……。
「明日また来ます」
これは何か別の方法を探さないとダメかもしれないな。
何か別の……。
「あ! 西園寺君」
「あ、先生。どうも」
部屋の前で思考を巡らせていた俺の背中に、もう聞きなれたバリトンの声が聞こえた。
「娘の様子はどうかね?」
「いや、昨日と変わらないですね。全く返事が返って来ません」
昨日帰り際に、意味深な啖呵を切ったのだ。何も結果が出ていないのは心苦しい。
「そうか……。それで明日で一応職業体験は終了だが、それ以降はどうするのかな?」
一瞬だけ落胆したように見えたがすぐに表情を戻し、要件を聞いてきた。
そういえばもう明日で職業体験は終了か。あっという間の一週間だったな。それと同時に、何も出来なかった一週間でもある。
いや、このまま終わっては美優に合わせる顔が無い。しがみつくべきだ。
「許してもらえるなら、来ても大丈夫ですか?」
「それは構わないが、無駄だと思うよ」
「それでも、やっぱり気になるんで」
「そうか……では、宜しく頼むよ」
諦めた表情で先生がそう言う。
「……はい」
確かに無駄かもしれない。やはり俺ごときが何をしても、何も変わらないのかもしれない。
しかし、今日感じた違和感。これの正体はは掴んでおきたい。
ただの好奇心から来るものなのか、それともまた別の理由なのかはわからない。
でもなんとなく無視してはいけない気がしたのだ。




