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第二十五話

 五月二十二日(月)21:00


『あ~あ。本っっっ当にもったいないなぁ』


 家についてから明日葉はずっとこんな調子だ。


「何が?」


 幾度目かとなる答えを返す。

 まぁ、「何が」とは言ってるが答えはわかっている。というより一つしかない。

 いやそれしか話題がないのだからだれでもわかる。

 それはつまり、


『だって、藤林さんって結構可愛かったよ! それなのにあんなフリ方して』


 これのことだ。

 フったと言えば聞こえは悪いが、不誠実なまま男女関係のお付き合いが出来るほど俺は恋愛経験が豊富じゃない。

 確かに「好きじゃないけど付き合ってから好きになっていく」という人も多いだろうし、その考えを否定するつもりもない。

 ただ俺の考えとは合わない、というだけだ。


『そうだよ! お姉ちゃんもっと言ってやってよ!』


 明日葉の言葉に美優も勢い付いて俺に苦言を呈す。

 こういうところ、本当に女子って面倒だ。


「だぁうるさいな! それよりも美優!」

『ん? な~に?』


 俺のことよりも美優にはもっと重要なことがあるはずだ。

 それなのになぜそのことを話題にしないんだ?


「今日行ったところ、お前の家だったんじゃねぇか?」

『そだよ!』


 あっけらかんと美優が答える。


「……何も感じるところは無かったのかよ?」


 美優の答えに若干の違和感を覚え、改めて問いかける。

 生前の自分の家だ。何か感じるものがあれば、美優を成仏させるヒントになる。


『う~ん……正直あんまり良い思い出って無いんだよねぇ』


 眉をハの字にさせながら苦笑いを浮かべる。

 良い思い出が無い。そのこと自体は本当のことかもしれないが、しかし父親は美優の死を悲しんでいた。


「でも、お前のお父さんは悲しがってたぞ」


 良い家庭かどうかは知らないが、少なくとも父親からは愛情を注がれていたんじゃないだろうか?


『……ってよ』

「は?」


 美優がポツリと呟いた言葉がよく聞き取れず、間抜けな声を出す。


『お父さんは勝手よ! あたしが受験で悩んでる時や、その他の事で苦しんでる時はなぁーんにもしてくれなかったのに、あたしが死んでからあぁして泣くなんて、勝手すぎるわよ!』


 溜め込んでいた感情を一気に吐き出すように、美優が声を大きくして言う。

 美優なりに父親との距離感で悩みもあったことだろう。その気持ちはわからなくもないが。


「……そうはいっても、お父さんもきっと距離があったんだと思うぞ。年頃の娘を持つ父親って、やっぱり煙たがられるからな……」


 テレビやドラマでしか知らないが、世間の父親は両極端に分かれる。

 一つは思春期の子供に理解があって暖かい家庭を築く父親。

 もう一つは煙たがられて家庭に居場所が無い父親。俺が知っているのは殆どの場合、後者だ。世間の父親も同じ人が多いと思う。

 というよりも、テレビなどではその方が面白いから、特集やドラマがそう作られているのかもしれない。


『でも、そんなのもう遅いよ』

「それは分かってる。でも、今日お父さんの本当の気持ちを知ったんじゃないか?」


 だが今日、本当の気持ちを知ったのだ。他人事といえばそれまでだが、そこで切り捨てられるほど薄情になるには、関係性が深くなり過ぎている。


『うん……』


 葛藤もあるだろう。無理もない。今まで嫌っていた父親の本当の気持ちを知ったのだ。

 思春期の女の子としては複雑だろう。

 いや俺もその世代なんだけどね。


『でもそれよりも気になることがあるかなぁ』

「ん? どんな事だ? 明日も先生の家に伺うから、聞いとくぞ」


 どうやら美優の中で父親のことは一度保留という選択をしたみたいだ。

 問題ない。自分の答えを出すまで保留にすることは悪いことじゃない。期限が決まっているわけじゃないからな。ゆっくりと考えればいい。

 そしてそれを手伝うのが兄というものだ。ん? 俺って兄だっけか? 違うよな。ま、良しとしよう。

 それで別の気になることはなんだ?


『えっとね……妹の事』

「は? 妹?」

『うん……あたしには沙奈絵っていう妹がいるの』

「初耳だな」

『初めて言ったからね』

「……それで?」


 まぁ秘密にしてることぐらいあるよな。女の子だもんな。

 でもちょっと悲しい。いや、悲しくなんかないもんね!


『あたしと違って明るい性格だから、たぶん大丈夫だと思うんだけど、落ち込んでたりしないかな~、って』

「あぁそりゃ大丈夫だと思うぞ」


 美優なりの心配なんだろうが、おそらく全くと言っていいほど問題ないだろう。


『え? どうして?』

「多分十人いたら十人が、美優の性格は明るい! って言うと思うから。その美優に、明るい性格、って言われるなら、相当明るい性格なんだろ? そしたらもう立ち直ってると思うぞ」


 明るい人から、いや生前は明るかった人で現在進行形の明るい幽霊から、明るいと太鼓判を押されているんだ。

 俺の予想は多分間違っていない。


『お兄ちゃん酷くない?』

『さすがに私も今のは弁護出来ないかなぁ』


 俺の答えを聞いて美優と明日葉がジト目で睨んでくる。

 視線が痛い、というよりも冷たい。

 あれ? そんなに失言したかな?


「いやいや、だってそうだろ?」

『それでも妹の心配をするのが姉ってもんでしょ?』


 明日葉がそれを言うか? 妹なんていないくせに。

 あ、一応今はいることになっているのか。


「わかったわかった。それで、妹さんに会ってくればいいのか?」


 あまり話に付き合うとさらに失言が増えそうだ。

 いや失言したつもりはないんだけどね。


『えっとね、単刀直入に言うとそうなるんだけど、でもお兄ちゃんだとちょっと心配かな~』

「なんでだよ?」


 心配? 何が心配なんだ? 確かに俺は女の子と話すのに慣れてはいない。

 でも最近は三井さんや藤林さんと普通に会話している。つまり俺の対女性スキルは少し上昇している……はずだ。

 そんな状態の俺だと心配なこと……うん、思い浮かばん。


『え? だって沙奈絵って可愛いから、お兄ちゃんがナンパしないかちょっと心配』

「あぁ、安心しろ。美優の妹って言うだけで、異性の対象にはならん」


 確かに美優は可愛い。贔屓目なしの感想だが、今までの行いから完全に異性としては見れなくなった。

 これは俺に限ってのことじゃないはずだ。多分。


『どういうこと?』

「分からんか?」

『……分かりたく、ない』

「現実から目を背けるな!」


 本人にも自覚はあったようだ。自覚があるなら直せばいいような気もするが、まぁそこを突いたところで藪蛇だし、また失言になりかねん。


『だってあたし幽霊だし』

『ねぇ~』


 あ、逃げた。こういう時の女の子ってずるいよな。自分と同調してくれる相手を見つけ、味方にする。

 そうすることでさも、自分は間違っていない、と示すのだ。


「ただ、今日は夕方まで先生の家……美優の家にいたけど、妹さんは帰ってこなかったな」

『あ、そう言えばそうだね』

「家の中でも見なかったし」


 今日の職業体験を思い出しながら明日葉と会話をする。

 先生の仕事部屋に俺たちはずっといたが、それでもほかの人の気配はしなかった気がする。

 どこかに出かけていたのだろうか? 昼から夜まで? そんなことあり得るか?


『確かに……美優ちゃん、沙奈絵ちゃんって習い事とかしてる?』


 あぁ、あり得たな。

 俺は習い事とかしてないから家にこもりっきりだけど、普通は予備校だったりに通っていてもおかしくないよな。

 明日葉の考えに同調するようにうなずいていると、


『あたしの知ってる限りでは、ないかなぁ』


 すぐに美優の口から否定の言葉が出る。

 どうやら妹さんはそういう習い事はしていないようだ。少なくとも美優が知る限りでは。

 だがもしかしたら美優が亡くなってから始めた可能性もあるな。


「そしたらその辺も含めて先生に聞いてみるよ」

『オッケー!』

「ちなみに、明日はお前ら留守番な!」


 今日と同じような感じで話しかけられたら集中が出来ん。

 家でおとなしくしているとも思えないが、それでもついてこられるよりはましだ。


『え?』

『なんで、どうして?』

「言わなきゃわからんか?」


 いつもとは違う、低くてドスの効いた声で威嚇するようにして二人に言う。もちろん睨むことも忘れずに、だ。


『ええと……』

『家で待ってます』


 明日葉がポリポリと頭を掻き、美優が素直に返事をした。

 ちゃんと留守番していてくれよ。


「宜しい!」


 五月二十三日(火)17:00


「それじゃ今日はこの辺で」

「はい。また明日よろしくお願いします」


 今日の職業体験が終わった。

 今日も先生と雑談したり写真を眺めたりしているのが殆どで、仕事らしいことはしていない。小説家ってこんなに気楽なのか? と思って先生に質問してみたりもした。

 すると「僕の場合は取材に費やす時間が多いんだ。人によるだろうけど。それでも締め切り前は結構しんどいんだよ」だそうだ。

 どの職業も大変なところと手を抜けるところがある、ってことだろう。

 先生に見送られながら玄関まで到着し、昨日のことを聞くべく口を開く。 


「あ! 俺ちょっと先生にもう少し聞きたいことあるから先に帰ってくれ」


 そう言ってから三人を先に帰路につかせようとする。


「ん? 何かな?」

「あ、ここじゃちょっと……」

「……そうか? それでは中で話そうか?」

「出来れば」

「分かった。他の生徒さんたちはまた明日ね」

「あ、は~い」


 俺が昨日、亡くなった美優の遺影に線香をあげてるのを知っているからか、あまり詮索せずに帰ってくれた。

 一応は空気が読めるということかな。


「……それで、話というのは?」


 三人の背中を見送った後、先生が問いかけてきた。

 声のトーンからして何について聞きたいのかわかっているようだ。


「分かってると思うんですが、美優さんの事です」

「……娘の、何が知りたいのかな?」


 少しの沈黙の後、悲しそうな笑みを浮かべて聞き返してきた。

 さすがにまだ心の整理がついていないのだろう。当たり前だ。美優が死んで幽霊になってからまだそんなに日が経っていない。

 出来ることなら会わせてあげたいものだが、さすがにそういうわけにはいかないからな。

 すごくもどかしいけど仕方ない。


「美優さんには妹がいたと思います」


 複雑な気持ちを隠し、本題に入る。


「うむ。いるな」

「しかし、昨日もそうでしたが、今日もこの時間まで見かけてません。妹さんはどうしたんでしょうか?」

「……」


 俺の問いかけに先生はさらに言いずらそうな表情を浮かべ、ため息を一つ吐いた。

 なんだか嫌な予感がする。まさか美優だけじゃなく、妹さんまで通り魔の手にかかってしまったのか?

 全身から血の気が引いていく。冷たくて嫌な汗が額を流れる。


「先生!」


 思わず怒鳴るように声が大きくなる。

 俺の剣幕がに驚いた表情をしてから、先生はポツリと呟いた。


「沙奈絵は……美優が死んでからというもの、心を閉ざしてしまった」

「……と、言いますと?」


 心を閉ざした? どういうことだ?

 通り魔の被害にあったという最悪の予想は外れたわけだが、それでもあまり良いことはなさそうだ。

 美優のためにももう少し話を聞きたい。


「二階にある美優の寝室、そこから一歩も外に出なくなったんだ」


 どうやら二人はそれぞれ個別に部屋が与えられていたみたいだな。

 それで美優の部屋から……ということは、


「……引きこもった、という事ですか?」


 近年話題になっている引きこもりだろうか?

 いや話題になっている引きこもりは、就学・就労していない、また職業訓練も受けていないことを意味する、いわゆる「ニート」のことだ。

 沙奈絵さんは就学しているからこれとは違う。


「沙奈絵はお姉ちゃんっ子だったからな。相当ショックだったんだろう」


 へぇ……美優って妹の面倒見がよかったんだ。意外だな。今度いじってやろう。


「でもこのままで良いはずがないですよね?」

「もちろんだ。しかし、今は時が癒してくれるのを待つしかない」


 まぁ確かにな。早く立ち直ってくれると良いのだが、なかなか難しいだろうな。

 俺に兄弟はいないが、それでも面倒を見てくれていた姉が最近亡くなったのだ。その心情は想像出来ない。

 今日のこと、美優には言わない方が良い気がするが、そうもいかないよな。

 はぁ、気が重い。


「……失礼しました。また明日から宜しくお願いします」

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