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第二十一話

『えへへ~』


 帰り道、花子さん改め明日葉が俺の腕に絡みついてきた。


「ん? どしたの?」


 俺がそう聞くと彼女は、いつものように舌を出して笑った。その表情は、普段よりも少しだけ悪戯をしている少女に見えた気がする。


『ちょっと甘えてみたかったりして! 恥ずかしい? こういうの嫌い?』


 そんなふうに聞かれると答えづらいな……でもまぁ、正直言うと全然嫌じゃないしむしろ嬉しい。だって幽霊とは言え見た目はかわいい少女が俺に甘えてきているのだ。

 嬉しくないはずがない。

 しかし、ここで恥ずかしがったら間違いなくおかしな人と思われる。周囲には夕方近くになったこともあって、今日の夕飯の材料を買いに行く主婦やそれに付き添う子供の姿が見える。

 スマホを耳に当てているとはいえ、変な行動をするのはさすがに俺のプライドが許さない。


「いや、全然恥ずかしくないよ。それにどちらかというなら嬉しいよ」


 だからここはあえて冷静にリア充を気取ってみる。

 実際はリア充からほど遠い存在なんだけどな。はぁ……俺、何してんだろ。


『あら? もしかして隼人も素直になったのかな?』

「う~ん……単純に今の姿を他の人が見ることは出来ないからね」


 あまり褒めると調子に乗ると思った俺は、あえて当たり障りの無い答えを返した。

 嘘ではなく本当のことを織り交ぜることにより、俺の感情を隠すこのワザ。どうだ、何も言えないだろう?


『あ、そうだよね。そしたら外なのにこういう事も出来ちゃうんだ』


 そう言うと明日葉は俺の前に立って両手を広げ、近づいてきたと思ったら俺を思い切り抱きついてきた。


「あのさ」

『なになに? どうしたの?』

「そうしてくれるのは嬉しいんだけど、そうやられると俺は前が見えないんだけど……」


 冷静に。冷静にだ。

 今ここで鼻の下を伸ばしてしまっては、明日葉の思うつぼだ。


『あ、そっか! それじゃ!』


 そう言うと明日葉は宙に浮かび、さっきよりもさらに強く俺の顔を胸に押し付けてきた。

 うん、柔らかい。

 じゃなくて!


「明日葉、人の話聞いてる?」

『え? 今、明日葉って』


 明日葉と呼んだら抱きしめていた腕を解き、俺の目をのぞき込んできた。


「明日葉が俺の邪魔をしなければ、普通に名前で呼ぶよ」

『邪魔してないじゃん』

「どの口がそれを言う?」

『えっと……』


 口元に指をあてながら視線を斜め上に走らせ、次に左右に目を泳がせる。


『あ、隼人あそこ! 人だかりが出来てるよ!』

「完全に今話をごまかしたな?」

『いや……そんなことは』


 さすがの明日葉も『ない』とは言い切れなかったようだ。

 言葉に詰まった後、俺の目をジッと見つめてきた。


「……」

『……』


 視線が交差し無言の時間が流れる。

 しかし気まずい感じがしないのはなぜだろう。ずっとこの時間が流れれば良いとさえ思える。

 でもそんなことをしているわけにもいかない。何しろ今の俺は、はたから見ればスマホを耳に当てて無言で突っ立っている状態だ。


「ま、良いとしよう。ただ、確かに人だかりが出来てるな。しかもパトカーまで」


 明日葉が指差した先には、確かに人だかりが出来ていた。

 主婦層が多いみたいで、皆一様に頬に手を当てて「怖いわねぇ」や「可哀そうに……」といった声が聞こえてきた。


『本当だ。何だろう? 事故かな?』

「行ってみるか」


 平和な住宅街にはあまりに合わない光景という事も影響し、俺と明日葉はその場に行ってみることにした。

 騒ぎの中央にはブルーシートが何かを隠し、その周りを警官が取り囲んでいる。

 これはただ事じゃない。もしかして……。

 昔テレビで見たことがあるが、何かを隠すようにブルーシートを広げているというのは、一般人の目には刺激が強いかららしい。

 そして“それら刺激の強いもの”というのは、一つぐらいしかない。

 ブルーシートの隙間から、毛布に覆われた何かが大型のパトカーに運び込まれるのが見えた。

 俺の予想が正しければ、間違いなく今のは人の遺体だ。

 この閑静な住宅地で発見された遺体。そして周囲から聞こえる声から判断すると、殺人事件でも起こったのだろうか?


「あの、何かあったんですか?」


 真相を確かめるべく、すぐ近くにいた警官に聞いてみる。


「あぁ。通り魔だ」

「え! 通り魔なんて出るんですか?」


 さすがにこれには驚いた。

 ニュースや小説の中では知っているが、まさか目の前にその事件現場があるとは思わなかった。


「今月に入ってからだよ。被害者は全員女子高生で合計で六人。そのうち二人は亡くなってる」

「……そうですか」


 被害者全員が女子高生。

 その言葉に何か引っかかるものがあり、頭を巡らせる。

 ふと、もしかしたら明日葉も?

 そんな考えが浮かんだが何の根拠もない。根拠がないという事は、今考えるべきではないという事だ。


「何か知ってることがあったら聞かせてもらいたいんだが……」


 思考を巡らせている様子を見た警官が聞き返してきた。


「いや、僕たち隣町に住んでるんで、詳しいことは……」

「そうか。まぁ、何か気付いたことがあったら最寄りの交番までね」

「あ、はい。わかりました」


 あ、ヤベ。

 思わず僕たち(・・・)と言ってしまった。

 警官の顔をうかがってみるが、どうやらそのことには気づいていないようだ。

 ほっと胸を撫でおろし、夕日に変わりつつある太陽を背に、帰りの道を急いだ。

 それにしても通り魔か……物騒だな。


 五月十三日(土)17:00


『通り魔って怖いね』


 家に到着し、自分の部屋についてから椅子に座って明日葉がさっきの事を口にする。

 そこは俺の勉強机なんだけどな。


『そうだね』

「被害者の女の子は成仏……出来てないよな」


 明日葉と一瞬だけ視線を合わせ、すぐに目を逸らす。

 明日葉が同じ境遇だから気まずくなった、というわけではない。


『恨みもあったと思うよ』

『そりゃね!』


 自分に何も非が無いのに突然命を奪われたとなれば、当然恨みもあるだろう。

 もっとも、通り魔事件なのだからほとんど無差別に狙われたはずだ。

 恨まないはずがない。


「いきなり襲われたら、『なんで私が』って思うよね?」

『そりゃそうだよね』


 三度明日葉とは違う声での返事が聞こえた。

 さすがにこれはスルー出来ないよな。


「……って、ごく普通に会話に入って来てるけど、あなた誰?」


 明日葉のすぐ横を指差し、声を大きくして問いかける。

 はぁ。面倒なことになるよな絶対に。嫌な予感しかしないもんな。


『……?』


 しかし俺の気持ちとは裏腹に、指差した先の人物(?)は後ろを振り返ってしまった。

 どうやら自分とは思っていないみたいだ。

 じゃなくて!


「いやいや、後ろ向いてごまかさないでよ! あなただよ、あ・な・た! セーラー服を着てて色白でロングヘアが可愛いあなたですよ!」

『そんな! 可愛いだなんて』


 頬に手を当てて身体をクネクネと捩る。

 間違いなくこれは自覚しているな。自分が可愛いという事を。


『ちょっと隼人! 今の聞き捨てならないわよ! 私がいるのに!』

「話がややこしくなるから明日葉はちょっと待ってて!」

『そんなこと言ってごまかして! 私は騙されないわよ!』

「だから! 明日葉は今入ってこないで! まずは今目の前にいる新しい幽霊さんの話を聞きたいの!」


 半分本気になって起こっている明日葉を手で制し、続いてもう一人を指差して言う。


『え~とぉ……私、ですよね?』

「だからあなたですよ!」

『あたし「五月美優(さつき みゆ)」って言います! 十六歳の高校一年生です!』


 両手を顎に当てたぶりっ子ポーズであざとく上目遣いをして自己紹介する。

 きゃぴるん♪ と音が出そうな仕草だ。

 十六歳の高校一年生……ってことは、年齢は俺の一つ下になるわけだな。


「いや、そういう事を言ってるんじゃなくって」

『何ですか?』

「はぁ……あなた、幽霊ですよね?」

『あ、はい! そうです! 先ほど通り魔に殺された女子高生です!』


 明日葉もそうだったけど、幽霊って全員こんなキャラなのか?

 幽霊っていう冷たくて怖いイメージはどこにいったんだ?


「なんでそんなに明るいの?」

『え? だって死んだ後に幽霊になって、すぐに温かい心の持ち主が現れたから決めたんです! この人について行こう! って』

『え? もしかして一目惚れ?』


 不貞腐れて話を聞いていた明日葉が割り込んできた。

 だからややこしくなるって言ったのに、人の話聞いてた? 聞いてないよね?

 それにその表現方法は誤解を生むからやめなさい。五月さんもちゃんと否定してくれるよね。


『近いかもです!』


 俺が甘かった。

 明日葉と同じキャラなら考えてることも一緒のはずだ。

 明日葉が“一目惚れ”と表現したのなら、五月さんもそれに近い表現になるのは分かってたはずだ。

 ちゃんと言葉に出して抗議するべきだったかな。


『隼人! あなた、可愛い女の子だったら誰でも良いの? お姉ちゃん悲しい』

「いやいやいやいや。誰でもって幽霊じゃん! しかも勝手についてきただけじゃん! ナンパしたわけじゃないんだから、それは違うでしょ!」

『隼人あなた! ナンパしたことあるの? 本当にお姉ちゃん哀しい!』


 首を激しく左右に何度も振り、否定の言葉を口にする。

 いや、そうじゃなくて! 女の子とまともに話したことないって前に話したことあるよね? そんな俺がナンパなんて出来るわけないでしょ!

 ってそんな言い訳通じないよな? なんて言えば良いんだ?

 頭の中をフル回転させるが良い答えが出ない。どういえば信じてもらえるんだ?

 助けを求めようと明日葉の顔を見ると、意地悪な笑顔を浮かべていた。

 明日葉の言葉をまともに受け取ったのがバカみたいだ。


「はぁ……。で?」


 気が抜けた顔をして一つ溜め息を吐き、明日葉に話の続きを促す。

 もちろん聞きたいのは“一目惚れ”とか“ナンパ”の事ではない。


『浮遊霊はね、優しい心の持ち主に魅かれる傾向があるの!』


 さすがに空気を読んだのか、明日葉が説明を始めた。


「なんで?」

『多分だけど、死んだ後って心が冷え切ってるでしょ?』

「知らんけど、そうなの?」


 明日葉の言葉にもう一人の幽霊――五月さんの方を振り返って聞き返す。


『そうなんですよ! 特にあたしみたいに殺された霊なんかは、心が冷え切って極寒ブリザードですよ!』


 殺されたんだよね? 殺人事件に遭ったんだよね? それなのに何でそんなに明るいんだ?

 しかも表現が“極寒ブリザード”って……。いや言いたいことは分かるんだけどさ。


「……それで俺についてきたってこと?」

『そうです!』


 さっきと同じぶりっ子ポーズで前に乗り出してそう言った。

 瞳の力強さが増しているけど。


「いや、自分で言うのもなんだけど、俺って優しくないぞ」

『それは自分を偽っているだけですよ』

『そうだよ隼人! 私だって隼人にWIREを送る時、“この人にしよう!”って決めたぐらいなんだから』


 自分を偽ってる……そうなのかな? 確かに一条先生との勝負の一件もあったしな。あながち間違っていないかもしれない。

 明日葉もそんな俺の優しい心に惹かれ……、


「ん? 前に言ってたことと違くない?」

『え?』

「だって明日葉が俺にWIREしたのって、俺が明日葉を認識したからでしょ?」


 確かに明日葉は前にこう言っていたはずだ。


『まぁそうなんだけど、始まりは違うよ。近くを通ってくれたじゃない?』

「うん。確かそう言ってたよね」

『それで、一応私としてもちゃんと返事してもらわないとダメだから、「この人なら!」っていう人を選んだつもりだよ』


 確かにそれもそうかもしれない。

 通りかかる人の誰でも良いわけではない。

 幽霊として認識してもらえる人。これが一番の条件だったはずだ。

 だから明日葉が言ったように、“この人なら”と思える人が必要なわけだ。

 あれ? だとすると、


「それが俺だった理由は?」

『それは……ねぇ?』


 一瞬だけ視線を天井にやった後、再び俺の顔を見て“察してよね”と言わんばかりに問いかける。

 いやむしろ“察しなさいよ!”と言いたげだ。


「ねぇ……って言われても」


 だがこの俺にそんなことを期待しても無駄だ。

 俺には日本人の“察し”と“思いやり”なんて持ち合わせていない。


『いや、明日葉さんの気持ちわかりますよ!』

『分かってくれる?』

『そりゃ女同士ですから!』


 しかしどうやら明日葉と五月さんは分かりあってしまったようだ。

 やはりこの辺は同世代の同性という事だろうか? それとも単に俺をからかいたいだけなのか。


「あの、二人で盛り上がるの、やめてもらって良いかな?」

『え? あ、ゴメンゴメン』

「それで五月さんは、俺にどうして欲しいの?」


 キャッキャウフフな話で盛り上がりかけていた二人に横やりを入れ、話をもとに戻す。

 こうでもしないとガールズトークは延々と続くのを俺は知っている。

 しかもガールズトークは結果を求めず、中身の無い会話が続くのだ。

 結論の出ない会話に興味を持たない男性としては、この場の空気は地獄以外の何物でもない。


『五月さんだなんて他人行儀な。美優で良いですよ!』

「いや、他人だから! 現在進行形で他人ですから! まぁとりあえず美優って呼べばいいのね」

『そうですよ! あ! そしたらあたしも隼人って呼んでいいですか?』

「勝手にしてくれ」


 どうやら“察し”と“思いやり”を持っていないのは俺だけではないらしい。

 もう完全に諦めた。

 この二人は多分似た者同士で、この娘も俺に憑りついてるってことはつまり、俺には逃げることが出来ないという事だ。

 ……面倒くせぇ。


『じゃあ隼人さんは明日葉さんとはどういう関係?』

『そりゃあ……ねぇ』


 明日葉が思わせぶりな口調でそう言ってから俺に視線を移す。

 だからさ、そう言うのはやめてくれないか。


「誤解を生むような返事するな!」

『まぁまぁ。そんなつれないこと言うとお姉ちゃん悲しいぞ』

『え? お姉ちゃん?』

『そうそう。私は隼人の一つ年上の高校三年生! だからお姉ちゃんなんだよ!』


 どうやら完全に明日葉の中での自分は、俺の姉になっているらしい。

 こんな姉貴なんていらない。

 いや、もし姉貴という存在がいたのなら、ここまで性格が捻くれることはなかったのかもしれない。

 たられば(・・・・)の話をしても仕方がないが、まれにこういう事を感じるあたり、まだまだ修行が足りないようだ。

 ……なんの修行だよ!

 と、自分に突っ込みを入れている場合じゃない。間違っていることは訂正しなければ。


「明日葉が勝手に言ってるだけだろ! 俺は一言もお姉ちゃんなんて言ってねえし」

『む~……』


 俺の反論を聞いてあからさまに明日葉が頬を膨れさせる。

 そんな事やっても可愛いとか言ってやらねぇからな。


『へぇ、明日葉さんも隼人さんもあたしより年上なんですね? 何かお姉ちゃんとお兄ちゃんがいっぺんに出来た気分かも!』


 華麗に明日葉の言葉をスルーしようとしていたのだが、どうやらそうもいかないようだ。

 まさか美優が明日葉の言葉を披露とは思わなかった。

 視線を明日葉に移すと、一瞬だけ目を丸くした後に満面の笑みで口を開いた。


『お! 良いこと言うねぇ! それじゃあ今日から美優ちゃんは私と隼人の妹だ!』

『わ~い! お姉ちゃん大好き!』


 どうやら美優の中では既に俺が兄で明日葉が姉に決定したようだ。


「もう、マジで疲れる……」


 考えただけでも先が思いやられる。

 何しろ明日葉と同じキャラの娘がもう一人増えたんだ。間違いなく面倒なことになる。


『あ! お兄ちゃん! 不束者ですが、末永く宜しくお願いします!』


 柄にもなく三つ指を付いて頭を下げる。

 そしてその口から紡がれた言葉は嫁入りの時の娘が言うべき言葉だった。

 こういう時に言う言葉じゃないよな。


「それって嫁入りのときのセリフだから! それに末永くって、どんだけ長くいるんだよ?」

『出来ればず~っと……かな』

『可愛い妹が出来たと思えば良いじゃない!』


 美優の言葉を聞いて眉間に皺が出来たのが自覚できた。

 その表情を見たのか、明日葉が肩をバシバシ叩きながら言ってきた。


「疲れるわ! えっと、それで美優は俺についてきたけど、目的は何?」

『えっと、端的に言えば、成仏させて欲しい、ってことになるのかなぁ?』


 俺の質問に思わせぶりな答えを返してきた。

 指を口元に当てる仕草とか、完全に明日葉と同じだ。

 似た者同士、類は友を呼ぶってことだろうか? いやそういう事じゃない! 今重要なのはそこじゃない。

 成仏させてほしいことになる? どういうことだ?


「それが目的じゃなくて?」

『いやぁ、こうしてお兄ちゃんとお姉ちゃんが出来たことだし、もう少しこのままでも良いかなって』


 本気かウソかは判断できないが、幽霊にふさわしくない笑顔でそういわれると断りずらくなる。

 それも同世代の美少女ときたら間違いなく断る男はいないだろう。


「なるべく早く成仏してね」


 だが目の前にいる少女は幽霊だ。

 確かに同世代の美少女ではあるが、それでも幽霊だ。そのことを忘れてはいけない。


『お兄ちゃん冷たい』

『隼人、そう言う態度はお姉ちゃん感心しないな』


 俺の答えを聞いた美優がジト目で睨み、明日葉が早速お姉ちゃん風を吹かせてきた。


「じゃ、どうしろって言うんだよ?」

『だから成仏させてもらえれば解決! お兄ちゃんの力で成仏させてもらえれば……』


 さきほどの末永く……の下りはどこに行ったのか? どうやら美優の目的は成仏することで間違いないようだ。

 そして美優の中では俺なら成仏させることが出来ると思っているようだ。

 それならこれから俺が話す言葉はもしかしたら、美優には辛いことかもしれない。


「いや悪いけどそれ、無理だわ」

『え! なんで? どうしてですか?』


 美優が目を丸くして叫ぶ。

 まぁ仕方ないよな。ちゃんと説明していなかった俺も悪い。


「俺には霊能力というものが全くない」

『え? じゃ、なんであたしが見えてるの? しかも会話までして』

「そんなのは俺は分からん。明日葉の方が詳しいんじゃないか?」


 改めて考えてみるとおかしいよな。

 何でこうして明日葉以外の幽霊の姿が見えて、話すことが出来るのか。深く考えたことはなかったけど……いや考えないようにしていたが正しいか。

 明日葉ならもしかしたら知っているかもしれない、と思って視線を向ける。


『そうだねぇ……』


 そう言うと明日葉は目を閉じ、顎に手を当てて何かを考え始めた。数秒間そのまま動かずに考え込み、次の瞬間勢いよく目を見開いた。

 何か考えがまとまったのか、俺の方に視線をやって口を開いた。


『わかんない!』

「おい! 今の素振りは分かるって言う事じゃないのかよ!」


 少しでも期待した俺がバカだった。

 ただ考え直してみれば、明日葉も幽霊になってまだ二、三ヶ月だ。わからなくても仕方ないか。


『てへ! あ、でもでも、隼人に霊能力がないのは本当だよ! 無能だから!』

「言ってること間違ってないけど、表現! 表現方法が酷くないか?」


 明日葉の言葉に反論する。

 聞く人が聞いたら、それこそ何の能力もない無能だと思われかねない。

 俺は霊に対して何の能力もないだけで、決して無能ではない。


『まぁまぁ。で、なんで隼人が美優ちゃんと話が出来るかってことだけど』


 そういえば肝心の話を忘れていた。

 明日葉と話すことが出来るのは、まぁ取り憑かれているから分からなくもない。

 だが美優のことが見えて話すことが出来るのは不思議だ。


「あぁ、なんで?」

『多分私と会話してる間に、一時的だけど霊能力が備わったんじゃないかな?』


 なるほど。

 本来なら見えるはずのない霊が見え、更にその霊と会話をし続けていると……。


「そんなことあるの?」

『そんなこと私が分かるわけないじゃない! ただの予測だよ』


 なんだよ。

 ただの予想じゃねぇか。さもありなんと言いやがって。


『でもお姉ちゃんの予測、当たってると思うな!』


 確かにその可能性は否定出来ないかもしれない。

 本来なら生まれつき備わっているはずの霊能力。それが何かをきっかけにして鍛えられ、幽霊を見たり会話をしたりすることが出来る。

 それらはもしかしたら、人間の眠っている脳の本来の力の一部なのかもしれない。

 いやもしかしたら明日葉たちが使う事が出来る“ポルターガイスト”も、人間という肉体から解放されたから使う事が出来るのかもしれない。

 だとしたら……、昔から言われる超能力とはポルターガイストを生身の身体で使う事が出来ることなのかも。

 これは少し考えてみる価値がありそうだ。


『だよね~』

『ね~。それでね……』


 腕を組みながらそんなことに考えを巡らせていた俺とは裏腹に、二人? の幽霊が繰り広げるガールズトーク。


「……頭痛い」

『風邪引いた?』


 頭を抱えていた俺に明日葉の能天気に明るい声が頭上から届く。

 見上げると明日葉が宙に浮かび、首を傾げて俺の方を見ていた。


『五月だけど今日はちょっと寒かったしね~』


 明日葉の声に美優が同町する。

 寒いとかあるのか? お前ら幽霊だろ?


『じゃ、今夜は私が添い寝してあげるね!』


 そんなことを考えていたら浮かんでいた明日葉が俺の腕にくっついてきた。


『お姉ちゃんだけズルい! あたしも!』


 その様子を見ていた美優が負けじと空いている俺の腕に絡んできた。


「お前らの所為じゃ~!」


 腕に絡んでいた二人を一気に振りほどき、たまらず声を荒げる。


『いやん。怒らないで!』


 ワザとらしく両手を胸の前で組み、身体を捩らせながら上目遣いで明日葉が言う。


『お兄ちゃん怒りっぽい人はモテないよ!』


 続けて美優が腰に手を当てながら指を一本立て、今の俺の行動を注意する。

 この仕草、明日葉にそっくりだ。


『美優ちゃんわかってる~』

『お姉ちゃんこそ~!』


 何が“分かってる”のか全く理解出来ん。

 それが男女の違いで分からないのか、住む世界が違うから分からないのかは分からない。

 そう言えばある人が言っていた気がするな。


 ――彼女という字は、“彼方の女”と書く。男女は近づくことはあっても決して交わることはない。


 つまりここで俺がやるべき行動とは……分からん。


「本格的に頭痛くなってきた……それで、美優は明日からどうするの?」


 思考を停止し、新しく一緒に住まざるを得ないだろう“新同居人”に、一番大事なことを問いかける。


『どう……って?』


 さすがに言葉足らずだったかな?

 っていうかそこは察しろよ! 察しと思いやりはどうした? 日本人だろ? 死んでるけど。


「いや、どうやって成仏するのかな? って」

『まぁしばらくこのままで……』

「悪霊化の心配は?」


 眉根を寄せて睨むように美優を見る。いや睨む。

 この際同居人が増えること自体は仕方がない。

 だがその同居人が悪霊になって危害を及ぼしかねないとなれば話は別だ。

 一度だけ学校で遭遇したあの悪霊……。

 もし美優が悪霊化したら、あの時明日葉に起きたことが繰り返されるかもしれない。

 それだけは何としても食い止めなければならない。


『多分大丈夫だよ! 私と同じように隼人に認識してもらってるから』


 俺の疑問に答えたのは明日葉だった。

 多分俺の顔が険しくなっているのを見ての発言だろう。

 そっと俺の肩に触れて優しくそう言う。


「あぁそうか……。ん? そういえばさ!」

『ん? 隼人どうしたの?』


 確か浮遊霊は誰にも認識されないと悪霊化するんだったな。完全に忘れていた。

 その話を思い出したとき、もう一つの疑問が頭をよぎった。

 せっかくだからこれの答えも知りたい。


「いや、明日葉は花子さんやってるでしょ? そしたら美優は何になるの?」

『あ、そう言えば! 美優ちゃんは何に指名されたの?』


 これには明日葉も乗ってきた。

 同じ幽霊として気になるのかもしれない。

 俺と明日葉の質問に美優が『ちょっと待ってて』と言ってから目を瞑った。こういうのを見るといかにも“霊界と交信してる”って感じがするな。明日葉も最初はこんな感じで自分の職業? 的なものを確認したんだろうか?

 しばらくしてから美優が目を開け、俺たちの方を向いて口を開いた。


『えっと……「口裂け女」? だって! お兄ちゃん知ってる?』

「あぁ知ってるよ。結構有名な都市伝説の一つだな」

『都市伝説?』

「あぁ、昔……と言っても割と最近の話。ある女性が美容手術中に担当医のつけているポマードの匂いで何度も吐きそうになり、手術は失敗。二眼と見れぬ醜い姿になった女性は、その場にいた担当医を殺して去った。それ以降大きなマスクをして下校途中の小学生に『私綺麗?』って聞いて、綺麗と答えるとマスクを取りながら『これでもぉ?』って言う。逃げたら八つ裂きにされる。ってのが俺の知ってる都市伝説だ」


 昔マンガ本で読んだ知識を二人に話す。

 口裂け女が一番流行ったのは確か今から四十年近く前の話だ。当時の事は知らないが、かなり大々的に取り上げられ、学校などでも警戒されたらしい。

 もっと調べればそんな事にはならなかったはずなんだけどな。


『いやぁ! 恐いよお兄ちゃん!』

『今の話は私も怖いよ!』


 俺の話を聞いた美優が両手で耳を塞ぎ、明日葉が自分の体を抱きしめる。

 少しひんやりとし過ぎたか? いやそうじゃない!


「だ・か・ら! 何で幽霊のお前らが怖がってるんだよ! 幽霊が幽霊を怖がるって、シュール過ぎるだろ!」

『そんなこと言っても、怖いものは怖いよ』


 俺のもっともな反論に明日葉が意見する。

 どうやら幽霊同士でも怖いらしい。


『今日の夜、トイレ行きたくなったらお兄ちゃん付いて来て!』

「お前らは幽霊だろ! トイレとかもう行かないだろ!」

『……テヘ!』


 俺の突っ込みに美優がペロリと舌を出して頭を掻く。

 そんなことしても可愛いとは思わなくもない! あれ? 何か日本語がおかしいぞ。俺の脳みそバグったか?


「それに口裂け女の都市伝説はかなりおかしなところがあってな」

『おかしなところ?』『何がおかしいの?』


 明日葉と美優が同時に首を傾げ、キョトンとした表情で俺の顔を見てくる。

 何だよそのシンクロ率。オリンピック出れるんじゃないのか?


「江戸時代に作られたある文献では既に口裂け女が載っているらしい。つまり口裂け女ってのは昔から存在していたってことになる。その絵とかを見た後の人がいろいろと付け足した、いわば作り話だ」


 これも昔見たマンガの知識だ。

 マンガで読んだことが役に立つとは、何事も知っておいて損はないという事だろうな。


『へぇ知らなかった……お兄ちゃんって物知りなんだね!』

「……逆に何でお前らが知らねぇんだよ」


 これには頭を抱えずにはいられない。

 何で死んでない俺が知っていて、幽霊であるこいつらが知らないんだ?


『どうしたの隼人? なんだかすごく疲れてるみたいだけど』


 頭を抱えていた俺に明日葉が心配そうに話しかけてきた。

 優しいところもあるんだな。いやいや。そういうことじゃない。


「誰の所為だ!」


 明日葉の言葉に思わず口を荒げる。

 別に良いよね? だってなんで俺が知っててこいつら知らないんだ、ってことだもんね。


『まぁまぁ』


 俺の様子を見た明日葉が両手で態とらしく怒りを制するような仕草をする。

 はぁ……疲れるな。本当に。


「取りあえず、今日から夏休み明けまでお袋も妹も海外だからな、飯買ってくる」


 カバンから財布を取り出し、玄関に向かう。

 今日は牛丼にでもするかな。それにプラスアルファで何か買ってくれば腹も膨れるだろう。


『コンビニ弁当?』

『身体に悪いよ』


 明日葉と美優が心配そうな言葉をあげる。

 身体に悪いのは仕方がない。そんなのは百も承知だ。

 だがこれには理由がある。


「仕方ないだろ。料理できないし」


 米を炊いたりすることはもちろん出来るが、それ以外の料理的なものは一切できない。

 面倒な時はTKG――卵かけご飯という手もあるのだが、今日はコンビニで簡単に済ませたい。

 だって頭が疲れたんだもん。


『……よし! それじゃあお姉ちゃんが作ってあげよう!』

「明日葉って料理作れるの?」


 完全にイメージの話だが、明日葉って料理出来なそう。

 いや意外とそういう家庭的なところがあったりするから良いのかもしれない。

 いや、問題はそこじゃない!


『お! 馬鹿にしてるね? これでも料理に関する記憶はあるんだよ!』

『あ! あたしも手伝うよお姉ちゃん!』

『ありがと!』

「じゃなくって、二人とも物体を動かすことって出来るのか? って聞きたいんだけど」


 料理をするためには当然調理道具を動かさないと出来ない。

 現世にいない二人が料理を作ることなんて出来るのだろうか?


『それなら大丈夫! 今日使う能力はズバリ「ポルターガイスト」にするから!』

「あぁ、そういう事ね」


 そういえば完全に忘れていた。

 一日一回のポルターガイストがあるんだったな。今日はまだ使ってなかったし……。


「って! ポルターガイストで料理作るの?」

『そだよ!』


 どこの世界にポルターガイストで料理を作る幽霊がいるんだよ?

 そんな奴いたら便利な幽霊、ってことでテレビの特集が組まれるぞ。目の前にいるけど。しかも二人……いや二体。


「はは……もう訳わからん」

『疲れてるところ悪いんだけど、美優ちゃんと一緒にお買い物してきてくれる?』

『は~い!』

「どんな幽霊だよこいつら」

『それで美優ちゃんは何が食べたいかなぁ?』

『えっとね……ハンバーグ!』

『オッケー! じゃあ隼人と一緒にひき肉と玉ねぎ買ってきて!』


 俺の状況を知ってか知らずか、二人がまた話し始めた。

 もう美優が一緒に来ることはこの際気にしないでおこう。俺の思考回路がそろそろ限界だからな。


「それは良いんだけど……明日葉と美優も食べるの? ってか食べられるの?」

『だから「ポルターガイスト」だってば!』

『あまり細かいことは気にしちゃだめだよお兄ちゃん!』

「……はぁ。もう良い。とりあえず行ってくる」

『いってらっしゃ~い!』


 俺の行き先はコンビニからスーパーに変更になった。



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