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第十九話

 五月三日(水)10:00


 ゴールデンウィークが本格的に始まった初日。俺の計画も佳境に入ってきた。でもここまで我慢したんだから、少しくらい自分に甘くしても良いよね。

 そんなことを思ってWIREの一番上に表示されている名前をタップする。


「あ、もしもし花子さん? 今周りに誰かいる?」


 通話相手はもちろん花子さんだ。


『はいは~い。今は誰もいないよ。どうして?』


 久しぶりにきいた花子さんの声は、前と変わらず明るかった。

 最近精神的に辛いことが多かったからな。何となく救われた気分になる。


「じゃ、今から会いに行くね!」


 だからとりあえず今は花子さんの顔が見たい。そう思う俺を責める奴は誰もいないはずだ。


『え! でも今日は休みだから鍵掛かってるよ』


 そんな俺に待ったをかけたのは通話相手の花子さんだった。

 鍵が掛かっている。当然だ。何しろ祝日なのだ。

 しかしそんなことは今の俺には関係ない。方法ならある。


「だから、花子さんがトイレのカギを開けといてくれれば……」

『それは不法侵入でしょ!』


 言われてみれば確かに不法侵入だ。いや知ってたけどさ。

 でもまさかその言葉が花子さんから出るとは思わなかった。


『それに隼人は試験勉強があるんだからダメ!』

「……まぁそれもそうなんだけどさ」

『今は勉強に集中して! 私はこうして通話くれるだけで大丈夫だから』

「……分かった」


 ここまで言われたらさすがに引き下がるしかないか。

 花子さんと会えなくなってから、もうすぐ一ヶ月が経過しようとしているが一条先生との勝負はまだついていない。

 ここで油断したら全てが無駄になる。まさか花子さんの言葉で気付かされるとは思わなかったけど、気合が入った。


 ゴールデンウイークが過ぎ一週間後、勝負の中間テストが終わり、結果が出た。


 五月十二日(金)9:00


 中間テストが終わり、成績順位が学年の廊下に貼り出された。

 最近では個人の成績を他人に見せるのは何かと問題になるため、こういう事をする学校は少なくなっているが、うちの学校では未だにこういう発表方法を取っている。

 なんでも、「自分の成績がどの程度なのかを把握することが重要で、今後の精進の指標になる」そうだ。

 確かに個人の成績によってイジメの原因にもなり得るため、公表しないというのも一理あるが、この世界は競争社会だ。俺も公表されることに嫌悪感は抱かないし、何より今回はこの方が都合が良い。


『中間テスト順位表 第一位 西園寺隼人 四九七点、第二位 如月 桜 四七一点、第三位 佐藤 志保 四六九点……』


 貼り出された成績を見て独りで胸を撫でおろす。

 ぶっちゃけたところ、学年一位を取るのはなかなか厳しいと思ってた。二位と三位の女生徒は常に学年でトップを争っていた。

 二人とも安定して九十点以上を取ってくるのは分かっていた。だから学年一位を取るためには、九割の正解率ではちょっと辛い。ならば俺がとるべき点数は、全科目百点が安全だ。

 全科目満点。言うのは簡単だが高い壁だ。どんなケアレスミスでも満点を取れない。満点を取れないという事は俺の計画が崩れるという事だ。

 しかし何とかその難題もクリアすることが出来た。

 表面上の顔では冷静さを繕っていたと思うが、心の中ではかなり冷や汗をかいていた。

 ともあれ、これで計画も最終段階に移すことが出来る。


「すげぇ」

「五科目五〇〇点満点で四九七点って……」

「どうやったらあんな点数取れるんだよ」


 今回の点数を見た同学年の生徒が驚きの声を次々に上げる。

 その間を縫うようにして教室に入り自分の席に向かう。


「あ、西園寺君が来たよ!」

「ねぇねぇ西園寺君って、頭良かったんだね! 見直しちゃった」


 席に向かっている途中、同じクラスの女生徒二人が話しかけてきた。

 一人は悔しそうに、もう一人は尊敬に似た眼差しをしながら。

 この二人が今回の二位と三位、如月さんと佐藤さんだ。髪を長く伸ばした如月さんに対し、肩口で切りそろえられた茶髪の佐藤さん。二人ともかなり派手な見た目で、傍から見ればギャルに絡まれる冴えない男子生徒の構図に見える。

 しかし女子から積極的に話しかけられるのはなかなか気分が良いもんだな。

 じゃなくて! ここで気分良くなるわけにいかない。

 この場所に長くいて煽てられたらボロが出そうだな。


「ん? あぁ。まぁ今回はちょっとだけ頑張ったからね。実行委員だから勉強時間がなかった、ってのは格好悪いし。でも、俺より時間があったのに点数低いって……みんな何やってたんだろうね?」


 だから早く切り上げるため、嫌味たっぷりにそう言って自分の席に向かう。


「……何あれ?」

「感じ悪い」


 背中に非難の声と視線が刺さる。

 そんな事ぐらいで俺の心は壊れないさ。


 五月十二日(金)12:30


 昼休み。早めに弁当を食べ終えた俺が向かっているのは職員室だ。目的の人物はもちろん一人しかいない。

 職員室のドアを開け、視界に目的の人物を納めてから近づき声を掛ける。


「失礼します。一条先生」


 俺が職員室に来た目的は一つだけだ。


「……来たか」


 その目的を読んでいたのか、一条先生が腕を組んで反応する。


「藤林さんは……」


 俺がそこまで発言した時、先生が立ち上がってからその先を言わせまいと手で制する。

 俺が口を開かないのを確認した後、席に座ってから再び腕を組んで話し始めた。


「イジメは無くなった。と言うよりも……移行した。君にな」


 目を瞑り、眉間に皺を寄せて俺の問いに先生は答えた。

 その先生の言葉を聞き、自分の手を握りしめた。

 これで確定した。


「勝負は俺の勝ち……ですよね?」


 努めて無表情に、冷静に、無感情に確認をする。

 俺の言葉に先生が大きく溜め息を吐き、閉じていた目を開いて俺の目を見ながら答えた。


「君は、手段を選ぶという事を知らないのか?」


 そう言いながら俺の目を射抜く先生の目が少し寂しそうに見えた。


「……勝負は俺の勝ちですね? 先生のクラス(・・・)からイジメは解消したんですから」


 もう一度同じ言葉を言う。

 俺と先生との間に生じた勝負は、俺の勝ちだと。

 そう勝利宣言をした。


「解決はしてないぞ」


 しかし先生は最後の抵抗をしてきた。寂しそうな瞳をそのままに。今度は多少の怒りを含んだ視線で射抜いてきた。

 それが恐らく無駄なことだと分かっているはずなのに。


「俺は言いましたよ。先生のクラスからイジメを解消する(・・・・)って。一言も解決する(・・・・)、とは言ってませんよ」

「……西園寺」


 俺の言葉を聞いた先生が深い溜め息を吐いてから俺の名前を呼ぶ。

 呆れたような口調で、悲しそうな瞳をした先生がそこにいた。


「何ですか?」

「……分かった。放課後にはあの本は君のものだ」


 その先生の言葉で俺の勝利が確定した。


 五月十二日(金)15:30


 久しぶりに来たけど、やっぱりまだ張り込みは続いてるみたいだな。さてと……本は俺のものになったわけだから、あとは見つからずに持ち出すだけだな。

 階下に降りてからトイレを挟んで反対側の廊下に到着し、火事の爪痕が残る図書室に忍び込む。

 幸い図書室には誰もいなかったから本を持ち出すのは簡単だった。

 まだ張り込みしている奴らは無視し、本を鞄にしまってから階段を下りる。

 多分花子さんの方にも俺が本を手に入れたことはもう分かっているだろう。

 WIREを使って花子さんに外に出れることを伝えると、すぐに俺の横に花子さんが現れた。さすが幽霊。神出鬼没という文字通りだ。

 本当ならここで花子さんと少し会話でもしたいところだが、それは家に到着するまで待った方が良いだろう。慎重し過ぎても安全が第一だ。

 そのことを花子さんにWIREで伝えると、頬を膨らませて拗ねているようだ。

 慰めようと視線を花子さんに移して口を開こうとした瞬間、俺の視界に人影が映り込み咄嗟に口を閉じる。


「西園寺君」

「何か用?」


 藤林さんだ。

 突然のことでちょっと驚いたが、うまく表情には出さずに過ごせただろう。


「どうして今回のテスト、一位を取ったの? 西園寺君がいつも成績上位なのは知ってた。多分狙えばずっと一位も狙えたはずなのに、ずっと一位を取らなかった。でも今回は一位を取った。何か理由があるんじゃないの?」

「単純に勉強を頑張ったからだ。一生に一度くらいは表彰台の一番上に立ちたい、って思うのは変なことかな?」


 嘘は言っていない。

 だが俺が一位を取る理由にまで言及されても、それに答える義理は無い。

 だからそれらしい答えも用意していた。先生対策ではあったが、思わぬところで使う事になったな。


「……本当にそれだけが理由?」


 どうやら藤林さんは彼女なりに何かを感づいているようだ。

 こういう時の女の勘ってのは面倒だ。


「あとは……実行委員になって時間が無いから成績が下がりました、は格好悪いだろ? 時間が無い中でも成績はトップ。って言うのが格好良いだろ? って言わなかった?」


 過去の発言と矛盾しないよう気を付けながらそう言う。


「私……どうしてもそれだけが理由って思えないんだ」


 しかしまだ藤林さんは食いついてきた。

 本当にこういう時の女の勘は面倒だ。その点、一条先生はこういうことが無いからある意味戦いやすかったかな。


「それ以外の理由ってあるかな?」

「……花子さん?」


 ボソリと藤林さんがそう呟き、その言葉に一瞬心臓が高鳴る。

 落ち着け。彼女と花子さんの話題はしたことが無い。今彼女はただ闇雲にカマ(・・)を掛けているだけに過ぎない。

 しかしこれ以上突っ込んで聞かれるのは都合が悪い。

 ならば、


「考え過ぎだよ。それじゃね」


 ここは一度打ち切ってしまった方が良い。


 五月十二日(金)21:00


 昼の一件もあり、家に到着した俺は心を落ち着かせてから花子さんに今まで何があったのかを掻い摘んで話した。

 家に到着したのが16時くらいで夜ご飯を食べた時間を除けば、4時間ほど花子さんと話していたことになる。

 この一ヶ月程で何があったのかを話したらそれぐらいになってしまったのだ。


『そっか……。ねぇ隼人』


 一通り話を聞き終わってから花子さんが俺の名前を呼んだ。


「ん? どうしたの花子さん」

『その……ありがとう』


 なんだか申し訳なさそうなトーンだな。

 ここは少し男らしさを見せるとするか。


「約束したでしょ! 花子さんを連れ出して見せるって」

『そうなんだけど……』

「どうしたの?」


 あれ? 何でそんなに浮かない顔をしてるの?


『あのね、隼人』

「うん?」

『あの藤林さんって言う女の子の事もそうだけど、私を助けるために色々と……ありがとう』


 あぁそういう事ね。

 花子さんは花子さんなりに思うところがあったわけだ。でも花子さんを助けることは俺がやりたくてやったことだから、別にお礼なんていらないんだけどな。


「気にしなくても良いさ」

『でもね、隼人。一つだけ約束して』

「約束?」


 何だろう?

 女の子が約束をお願いするときは、大概何かのペナルティに対することが多い。

 今回俺は何も悪いことはしていない……はずだ。


『他人を助けるっていうのは、自分を傷つけても良いって言う事にはならないんだよ! だから隼人はこれ以上、自分を犠牲にしないで!』

「いや、俺は傷つくってほど犠牲になんて……」

『隼人が痛みに慣れていても、私は嫌なの! だからお願い! 約束して』


 俺の言葉を遮って花子さんが感情を露にする。

 別に俺の言葉に嘘はない。確かに今回は自分を犠牲に、正確に言うなら俺自身を悪者にすることによって藤林さんのイジメを俺へ移行させた。

 多分俺はイジメられることに鈍感なんだと思う。普通の人間なら嫌がることも何とも思わないことが多々ある。

 もちろん殴られたりして痛いのは嫌だが、それ以外の嫌がらせなどについては何とも思っていない。それをした奴の評価が自分の中で確定するだけだ。

 嫌いとか好きなのではなく、そういう事に無関心なのだ。それは、昔からの積み上げでそうなったと思う。

 だから俺はその程度では傷つくことは無いし、痛みなど感じていない。

 でも俺がそういう行動をして、痛ましいと思っている人がいたんだと、それに気付かされた。


「……分かった」


 俺が自分を犠牲にすると花子さんは嫌がる。もしかすると一条先生もそうなのかもしれない。

 俺の捻くれた根性は魂に刻まれているからそう簡単には治らないだろう。

 だから少しずつにはなるが、花子さんを悲しませないように努力しよう。


『分かればよろしい!』


 どうやらこれでこの話は終わりらしい。これ以上花子さんに悲しい顔をさせているのは俺も気分が悪い。

 話を切り上げてくれて助かった。

 そしたら何か別の話題……って一つしかないよな。


「そういえば、どうしてこの本が花子さんの依代になってるんだろ?」


 本を手で持ち上げてから花子さんに尋ねてみる。

 まぁ答えは大体予想できるが。


『う~ん……それは分からないかなぁ』


 だよなぁ。予想通り過ぎて怖い。

 ただ何かのカギになっているのは間違いないはずだ。


「ちょっと調べてみるか」

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