第十八話
四月二十六日(水)15:30
翌日の放課後。
前日に俺と藤林さんでなんとか編集を終えた動画の試聴会が開かれていた。
視聴会が行なわれたのは教室じゃなく視聴覚室だ。視聴覚室は元々そういうものを見るための教室であるため、音響や画質が非常に良い。
暗い視聴覚室に十数人の生徒が集まり、新入生歓迎会の動画が流れる。
スクリーンにはドラマで見るような、恋愛と青春ドラマが流れている。我ながら良い出来だと思う。将来動画制作で来っていけそうなぐらいのクオリティだ。
まぁ実際はこんな青春や恋愛なんてないんだけどな。
動画のエンドロールが流れ、製作陣の面々の名前が下から上へとスクロールしていく。その最初には“監督 木下”と堂々と描かれていた。
あいつ何もしてないけどな。
最後には「君の青春は今しかない! 青春を楽しもう」と大きく表示されて終了した。
「へぇ、良く出来てるじゃん!」
「うんうん! 何か『青春、純愛』って感じが良いよね!」
実行委員のひとりの言葉を皮切りに、次々と称賛の声が飛ぶ。
その一つ一つが俺の編集を褒めているように聞こえる。悪くない気分だ。
「これも監督のおかげだよね!」
「そうでしょ! 私このまま映画監督を目指そうかな~」
「それは調子に乗りすぎでしょ!」
しかしこの言葉で思い出した。
今の目的は監督である木下に、“世界の見え方を変えさせる”ことだ。
「あ、それじゃ藤林さんに西園寺君、あとよろしくね!」
木下さんは最後の最後まで俺たちに丸投げしていった。
準備は既に整ってる。明日の委員会が楽しみだな。
四月二十七日(木)15:30
「じゃ、今日は映画のタイトルを決めるぞ」
翌日の放課後、映画のタイトルを決めるための会議が開かれた。
さて、今日が一つの山場だ。
「あ! 私、既に考えてあるよ」
そう思っていたところに委員長の木下さんが手を挙げて発言してきた。
どうやら自分なりのタイトルを考えてきたみたいだ。
マジックを手に取って木下がホワイトボードに書いたのは、
『絆~支え合って作る学園生活~』
という映画タイトルだった。
それを見た俺の反応はというと、
「うわぁ……」
これだ。
しかし反応とは裏腹に、俺の心はニヤついていた。
この後の木下さんの反応は予想がつく。
「ん? 何かな?」
思ったとおりだ。
だから俺はこう言う。
「いや……別に」
皮肉に嫌味にムカつくように、こう呟く。
「何か他に案があるんじゃないのか? 言ってみたまえ」
そんな俺の心情を察したのか、一条先生が声をかけてきた。
先生のこの行動も俺の予想通りだ。ここまで予想通りだと逆に怖くなる。
やはり俺は天才なのでは? いやいや、今はそれよりもやることがある。
「それじゃ」
木下さんからマジックをう奪うように受け取り、ホワイトボードにタイトルを書き込む。
『One For All』
「ってどうですか? 一人はみんなのために、って意味なんですけどね」
「……その心は?」
先生が俺の心の内を読むように問いかけてきた。思ったとおりだ。先生は俺のこういう挑発に乗ってくる。
「いやね、一人に責任を押し付けて使い潰し、潰れたそいつを排除して手柄を横取りすればいい。それが『一人はみんなのために』ってことでしょ? この委員会みたいにさ。それともそれが委員長の言う『支え合って作る』ってことなんですかね? 友達が一人もいないから、俺には分かりませんけどね」
今までの恨み……はあまりないが、苦労はそれなりにしてきた。
その苦労を知っている先生の前で、最大限の嫌味を込めてこのセリフを言うことに意味が有る。
「……」
俺の言葉を聞いて木下さんが沈黙する。無理もない。言われても当然のことを俺や藤林さんにしてきた。それを先生も知っている。
しばらくの沈黙が教室を埋め尽くす。
「ふふっ。木下さん、今日はもう解散にしましょう」
不意に藤林さんの笑い声とアドバイスがその静寂を切り裂く。
よし、掛かった。
「え?」
木下さんの口から間抜けな声が漏れる。
今まで殆ど意見をいったことが無い藤林さんが、初めて自分に意見を言ったことが驚きなのだろう。
「取りあえず西園寺君のは却下。各委員はそれぞれ考えて明日提出。もう当日に上映するだけだから、明日一日あれば大丈夫だと思うし」
「あ、うん。それじゃ今日は解散」
藤林さんが俺の案を却下し、タイトル決めは翌日に繰り越された。
木下さんの号令で実行委員の面々が解散していく。
教室を出る途中、
「なんだよあれ?」
「さぁ? ただ自分の苦労を労って欲しかっただけでしょ」
このような声が聞こえた。一人や二人ではなく、ほとんどの生徒が俺に聞こえるようにそう嫌味を言っていった。
木下さんが教室から出て、最後に藤林さんが一瞬俺に視線を向けてから出て行った。
残ったのは俺と先生の二人だけだ。
「ふぅ……。西園寺」
「なんすか?」
全員が教室を出たあと、先生が溜め息をついてから声をかけてきた。
呆れているな。まぁ無理もない。というよりも予想通りだ。
「なぜあんなことを言った?」
本音を探るように先生が俺の目を覗き込み、問いかけてきた。
俺から挑発したのだから当然だよな。たぶん今、ここで目を逸らしたらきっと俺の本音がバレるだろうな。
それなら今俺が取るべき行動は、真っ正面から先生の視線を受けることだ。
「間違ってないと思いますけど」
「もしかして、私との勝負に関係あるのか?」
やはり感付いてきたか。先生なら当然かもしれないな。
というよりも、ここまで分かりやすい挑発をしたのだから、大人なら先生でなくても気付くだろうな。
「……いえ」
「ふむ、そうか。だが、今ので悪目立ちしたことは事実だ」
むしろそれが狙いだから問題はない。存分に俺を嫌ってくれ。皆の敵になれば万事うまくいく。
最後まで気を抜かなければ、この勝負は俺の勝ちだ。
「別に良いんじゃないですか。今まで独りだったから、今更どうなろうと構いませんよ。それじゃさようなら」
これ以上探りを入れられると困るからな。ここは一度退却するに限る。
普通の教師なら負けることはないだろうが、相手が一条先生だからな。万に一つも油断したらダメだ。
四月二十八日(金)15:30
「それじゃ映画のタイトルは『青春学園~今しかない青春を楽しもう』に決定ね」
翌日、新入生歓迎会の映画タイトルが決定された。ごく普通のタイトルだ。
取り仕切ったのは藤林さんだった。
そしてそのまま二日が過ぎ去り、新入生歓迎会の日となった。
五月一日(月)10:00
『これから、新入生歓迎委員会による映画「青春学園~今しかない青春を楽しもう」を上映します』
ゴールデンウィークが始まる直前、新入生歓迎会が開かれた。結果としては大盛況に終わった。
明日は新入生歓迎委員会の総括が一条先生からされ、それで委員会は解散となる。
つまり、まだ気が抜けないということになる。
五月二日(火)15:00
新入生歓迎会が終わった翌日の放課後、実行委員が集まる教室に来た。
席はまだ埋まっておらず、俺が四番目の到着だった。
後ろの窓際の席が空いてるのを見つけ、そこに腰を掛ける。ここなら全員の様子が見れる。
俺が席に着いたのと同時に木下さんが入ってきた。「やっぱり私って凄くない?」とか言ってる。いつもどおり賑やかな声だ。木下さんは教室の中央に陣取った。
それから一分ほどして藤林さんが入ってきた。こちらもいつもどおり静かだ。そのまま入口に一番近い席に着いた。
その後続々と実行委員が集まり、先生が来るのを待つ。
しばらくしてから、廊下から先生の足音が聞こえた。足音で人を判断できるような特殊能力がある訳じゃないが、先生の足音は非常に特徴的だ。
ヒールを履いているわけではないのに、カツカツと乾いた音を響かせて来る。
どうやったらそんな音出るんだよ?
足音が教室の前で止まり、先生が中に入ってきて教壇に立ってから口を開く。
「さて、まずはみんなご苦労様。委員長を始め、みんなが協力してくれたおかげで、良い歓迎会になった。それで明日からゴールデンウイークだが、それが開けると中間テストだ。撮影していたから勉強できませんでした、は理由にならないからな」
おや? 先生にしては珍しく油断したな。
一条先生はこの委員会で決着を付けようと思っているだろうが、その発言は俺に攻撃してくれと言っているようなもんだ。
それともワザとか? ここは一つ、挑発してみるとするか。
「そいつは大丈夫じゃないっすか。俺以外は」
「ん? どうしてそう思う?」
やはり先生の油断だったようだな。
だが残念ながらこの場で決着は付かない。何しろこの実行委員会は俺にとって、前哨戦でしかないのだから。
俺の発言に教室が凍りつき、視線が俺に集まったのを確認してから再び口を開く。
「だってですね、藤林さんも含めて今回の撮影って、ほとんど木下さんたちは参加しなかったじゃないっすか。それで編集作業は俺と藤林さんだけ。藤林さんも最終的にはダウン。結局のところ、編集作業やなんや、ほとんど俺一人で終わらせたようなもんですからね」
俺から先生へ向けての悪意のある、最大限の攻撃、いや、口撃だ。
「西園寺!」
先生の激しい反撃が繰り出される。でもそんなものは俺には通用しない。
平然とした様子で再び口を開く。
「え? 何か間違ってますか?」
嫌味と悪意を込めて、全力で口撃する。
「藤林は過労だと言っただろう」
まぁそう言いますよね。この場で俺にこう言われたら、藤林さんを庇うことを言いますよね。
でもね、先生。俺にとってそれは悪手ですよ。
「それはそうかもしれませんがね。でも、過労だったら結果を出さなくても良い、という理由にはなりませんよ」
先生の目から視線をそらさずにそう言い、次に藤林さんに視線を移す。
「……」
俺の視線に気づいた藤林さんは視線を逸らし、次いで足元に目をやった。
さすがにこれは、普通の女子高生には大ダメージだったようだ。しかしこれで同情なんてしていたら俺が負ける。口撃の手を止めるな。
「ま、それでも……それを理由に成績が下がったら格好悪いですしね。でも俺より勉強時間があったわけですから、大丈夫なんじゃないっすか」
「いい加減にしろ西園寺!」
たまらず先生が怒鳴り声を上げた。当然だろう。
誰だろうとこんな悪意を向けられた人を目の前にし、それに追撃を加えた奴には非難の声や叱責がある。
「……では俺はこれで。帰って試験勉強しますから」
そう捨て台詞を言ってから教室をあとにする。今回は退却するわけじゃない。
この行動も必要なことだ。
教室を出る寸前、藤林さんと視線が合った。
「西園寺君って優しいと思ってた。昨日の事もきっと優しさからの発言だと思ってた。でも……最低」
そしてすれ違いざまにボソリと言った。
その視線は軽蔑の色を濃く映し出していた。