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第十七話

 四月十七日(月)18:00


「ま、そんなわけで新入生歓迎会をやるんだけど、何か良いアイディアないかな?」


 家に帰ってから、今日会えなかった花子さんに通話を掛ける。

 俺が藤林さんと連絡先を交換したことを話したら、たいそう不機嫌な声になったものだが、事情を知っているから怒ったりはしなかった。

 声のトーンがいつもより暗いから、不機嫌なのは現在進行形なのだが……。

 ともあれ俺は新入生歓迎会のことを花子さんに相談した。

 こういうのは男の意見だけでなく、女の子の意見も聞いたほうが良いものが出来上がる。


『う~ん……そうは言ってもなぁ、去年はどんな感じだったの?』

「去年? あぁ俺たちは歓迎される側だったけど、確か演劇だったと思うよ」


 おや? 声のトーンが元に戻った。機嫌が直ったのかな?

 確か学園生活を過ごす二人の男女の、恋愛と青春物語だったような。

 実際にはそんな甘酸っぱいことなんて起きるはずもない。高校生にもなれば恋愛の一つや二つは皆経験済みだ。

 憧れはあるかもしれないが、現実はもっとドロドロしたものになる。


『そしたら映画とかどうかな?』

「映画?」


 俺が顔をしかめながら高校生の青春と恋愛について考えていると、花子さんが一つの提案をしてきた。


『そう。自分達で撮影する青春映画とか、面白くない?』


 青春映画……。

 実際に青い春なんてものはない。

 俺なりの解釈だけど、「青い」というのは「若い」とか「甘い」という事だろう。

 漫画やアニメでよくある「まだまだ青いな」が示す「青い」と同じ意味だ。

 もともと中国の陰陽五行思想から来ているらしい。

「春」には「青」が当てられ、ここから「青春」と呼ばれるようになったのだとか。

 同様に「夏」には朱(赤)、「秋」には白、「冬」には玄(黒)が当てられる。

 しかし不思議なもので、青春時代が終わっても朱夏時代とは言わない。

 年齢としては一般的に、誕生から二十代前半までを青春というらしい。

 つまり俺の年齢も青春真っ只中のはずだ。

 ん? 青春なんてあったか?

 それどころか後悔の夏があっという間に過ぎ、何も実らない秋も超えて今は厳しすぎる冬の時代な気がする。

 玄冬時代というのか? いや厳冬時代だな。ダジャレかよ!

 そんな冬真っ只中な俺が青春映画なんて撮れるわけもない。

 いやそうじゃなくて、今は花子さんが新入生歓迎会についてのアイディアについて答えないと。


「良いかも知れない! でもそうなると何をテーマにすれば良いかな?」


 俺の春は終わっていたとしても、世の中の高校生は青春したい奴ばかりだろう。

 新入生歓迎会なのだから、俺の経験談はこの際どうでも良い。

 問題は青春なんてしていない俺が思いつくテーマが無いという事だ。

 世の高校生が思い描く「青春」が表すものって何だ?


『それは委員会で決めたほうが良いと思うよ』

「確かにそれもそうか!」


 全部俺が一人で決める必要もない。

 それにこの新入生歓迎会というのは、利用するためのものだ。


「それにその方が都合が良いしな」

『どういうこと?』


 実行委員会で提案した方が、いろいろと利用しやすい

 でも花子さんに俺の考えを話したら、きっと反対するだろう。

 だから花子さんの疑問には答えない方向でいこう。


「気にしなくて良いよ! えっと、前にも言ったけど、これからは多分会いに行くのそんなに出来ないけど、良いかな?」

『大丈夫! 隼人の言葉信じてるから』

「えっと……どゆこと?」


 何か言ったっけ? そういえば何か言ったような気がする。


『「連れ出して見せる」って言ってくれたじゃない?』

「あ、あぁ! あれの事ね! もちろん花子さんをそこから連れ出して見せる。けど、そのためにはいろいろ準備が必要だからさ」

『準備?』

「そ! 花子さんの依代になってる本を、俺のものにするために、先生と勝負してるんだ。その勝負に勝たないといけないからさ」


 先生との勝負に集中したい。

 普通の教師なら負ける気はしないが、今回はあの一条先生だ。

 少しの綻びから瓦解する恐れがある。

 だからしばらくの間、花子さんとの楽しい時間はお預けだ。


『そうだったね。隼人、あの……さ』

「ん? どうしたの?」


 急に声のトーンが落ちた。

 何か言葉選びが間違ったか?


『隼人の気持ちは嬉しいんだけど、その……危険なことはしないでね』


 花子さんが心配そうな声色で話しかけてくる。

 危険なことはするつもりはない。

 無茶で無謀なことはするかもしれないけどな。


「分かってるよ! 大丈夫。俺に任せておいて」

『うん……でもお姉ちゃんちょっと心配だよ』


 おや? 声色から何か読まれたか?


「何が?」

『う~ん……私の所為で無理させちゃってるかなぁって』

「気にしなくて良いよ! それじゃこれから宿題するから! また明日ね」

『うん! バイバイ』


 どうやら余計な心配をさせてしまったみたいだな。

 これからは花子さんの対応方法も考えないと、反対されるかもしれないな。


 四月十八日(火)15:00


 翌日の委員会にて、今回行う新入生歓迎会の催し物について、各々のアイディアを話していた。

 しかしどれもこれも微妙なアイディアだったようで、イマイチ乗り気にならないみたいだ。

 と、そんなことを考えていると、俺の発表の番になった。


「それで自主制作の映画なんてどうだろう?」

「お! それいいじゃん! 日にちが一週間ちょっとしかないから、駆け足になるな」


 昨日花子さんから出たアイディアを翌日の実行委員会で早速取り上げてみた。

 思いのほか反応が良くて拍子抜けだな。

 こういうときは少なくても一人か二人は反対したり、懸念事項を述べる奴がいるものだ。

 それが無かったのは良かった。


「配役や役割は今日一日で決めて、明日また集まろう。一番のネックは脚本だよな」

「どんな内容にするかによるけど」


 おっと、ここに来て意見らしい意見が出たな。

 まぁこの事も俺の想定内だ。


「学園生活を題材に三十分ぐらいの短編なら問題ないと思うな」


 用意していた言葉を口にする。

 その言葉に皆納得したのか、うんうんと頷いている。

 そしたら次の意見が出る前に、これから発言があるだろう懸念事項を解決しておくとするか。 


「それじゃ映画研究会の協力を得てカメラとかを用意しよう」


 四月十八日(火)15:30


「それじゃ監督は私で助監督は藤林さん。脚本は西園寺君ね! 台本が出来たらみんなに見せてね」


 脚本になってしまったか。

 まぁ、別に良いか。

 将来的にも良い経験になるだろうしな。


「分かった。でもテーマが欲しいな」


 何かしら縛り――この場合テーマだが――がないと、困るものだ。

 母親に「今夜何食べたい?」と聞かれた時、「何でも良い」と答えると大体は困るものだ。

 理屈はそれと同じだろう。

 あ、母さんゴメンなさい。今度からはせめて肉か魚かぐらいは言うようにします。


「テーマかぁ……確かにねぇ」

「新入生歓迎会だから、これからの学園生活を描くってのはどう?」


 俺の言葉を聞いて木下さんがありきたりな答えを出す。

 そんなのは分かってるんだよ。

 これからの新入生歓迎会なんだから、大人の恋愛映画とかアニメ映画を撮っても仕方ないだろ。


「いやもちろんそれはそうなんだけど、俺がテーマにしたいのはもっと別なこと」

「っていうと?」

「つまり、部活なのか勉強なのか、恋愛とか友情とかっていう、そう言うもんだ」


 ここまで言わないと理解出来ないのか?

 木下さんはそんなに頭が良くないのか?

 それとも俺が通常の高校生の思考回路からずれているのか? 多分こっちだろうな。

 特に最近は一般常識ともかけ離れることが多い。いや多すぎる。

 誰の所為とは言うまい。


 そう思ってから先生に視線を移すと、一つ頷いてから口を開いた。


「我が校は女生徒の方が多いからな、恋愛ものの方が良いと思うぞ」

「はぁ……。でも恋愛って言っても先生って独し……ぐは!」


 俺の言葉は最後まで紡がれる事はなかった。

 先生の渾身のボディーブローが鳩尾に突き刺さったからなのは言うまでもない。


「では学園恋愛ドラマという事で、台本が出来たら私にも見せてくれ」

「……あい」


 赤く鋭い眼光に射抜かれた俺は、教室の床にうずくまってそう答えるしかなかった。


 四月十八日(火)19:00


 家に帰ってから通話アプリを開き、一番上に表示されている名前をタップする。


「花子さんただいま」

『お帰り! どうだった?』

「あぁ、学園恋愛ドラマってことで、俺が脚本を書くことになった」


 今日の委員会で決定したことを一通り花子さんに話す。

 木下という女子生徒が監督、いじめられている藤林さんが助監督、俺が脚本になったこと。テーマが恋愛になったことを話した。


『ふ~ん……それで、どういう物語にするの?』

「う~ん……さすがに思い浮かばないかなぁ」


 何しろそんなに恋愛経験があるわけじゃない。

 そもそも十代の高校生でたくさん恋愛経験がある奴は、相当な遊び人だ。

 

『そうだよねぇ。隼人は恋愛経験ないもんねぇ』


 そんな俺の心境など知らない花子さんの口から、痛恨の一撃が繰り出される。

 これについては何も言えない。何しろ本当のことだからな。

 ん? いや待てよ、


「そういう花子さんだってそんなに恋愛経験豊富じゃないでしょ!」


 これならどうだ?

 俺も恋愛経験が無いが、花子さんだってそんなに多くないはずだ。


『失礼ね! 私は隼人と違って恋愛経験ぐらいある……と思う』

「と思う? あぁそうか」


 失言だった。

 そういえば花子さんには生前の記憶がなかったんだ。

 これは、謝ったほうが良いよな。さすがに。


『あの……さ』


 そう思っていた俺に、花子さんの口から不安そうな声が聞こえた。


「ん? どうしたの?」


 何だ? やっぱり失言だったからだよな。とりあえず謝ろう。


『隼人は今……好きな人とか、いないの?』

「え? あぁ……」


 まさかそんな言葉が出てくるとは思わなかった。

 どうしたら良いんだ? 好きな人?

 女の子とお付き合いはしたことないけど、好きな人が出来たことぐらいは当然ある。

 それで今は……いや、違うよな? きっとそうじゃない。


「……分からない」

『そっか……』


 最後はいつもの花子さんの声だったけど、やっぱりどこか寂しそうな声だった。

 そこから今日の出来事を話し、脚本を作るからと適当な理由をつけて通話を終了した。

 いや、本当に作らないといけないからな。どうやって作ろうか……。

 まぁこういう時はパクるに限る。


 四月十九日(水)15:00


「取りあえずこんな感じで作りましたよ」


 翌日、出来上がった脚本を木下さんと藤林さんに見せる。


「へぇ、良く出来てるじゃん! これってもしかして実話から来てるの?」

「残念ながら俺は恋愛経験ないんでね。昔読んだ漫画を少しパクッてる」


 木下さんが妙に熱心に読んでからそう感想を漏らす。

 思いのほか高評価のようだ。


「恋愛経験がないって……今まで好きな人とかいなかったの?」


 藤林さんが痛いところを突いてきた。

 いや、いなかったわけじゃないんだけどね。

 でもここでそれを言うと、昨日の花子さんとの会話の二の舞だからやめておこう。


「……たぶんね」


 そう言ってその場をあとにする。


 四月十九日(水)19:00


『ねぇ隼人』

「ん? どうしたの花子さん」


 日課になっている花子さんとの通話の中で、突然花子さんの声色が変化した。

 何か不安を抱いてるような、そんな声だ。


『昨日好きな人がいないって言ってたじゃない?』

「あ、あぁ。そうだね」


 確かに昨日そんなこと話したな。

 それがどうしたんだ?


『それは今までも?』

「う~ん……さすがにそんなことはないし、告白したこともあるよ」


 もっとも、その告白が成就されることはなかったけどね。

 昔の記憶を辿ると眉間に皺が寄る。出来れば思い出したくないんだけどな。


『それなら分からないってことは無いんじゃない?』

「いや、あれを恋愛とは言わないさ」

『どうして?』

「う~ん……」


 あの時の事を花子さんに話すべきか?

 花子さんの質問に少し考える。別に話すのが嫌なわけじゃない。


『どうしたの?』

「いや……ちょっとね。どこから話したら良いのか考えてた」

『話したくないなら別に良いよ』

「いや、そういうわけじゃないんだ」


 話したくないわけじゃないんだ。

 花子さんとの会話は楽しいし、出来ればこの時間がずっと続けば良いと思ってる。

 でもそれを言うと間違いなく変な空気になる。それで会話が途切れてしまうことに直結する。

 だから、どう言えば花子さんに伝わるのか?

 いや、そもそもこの時間が心地よいと考えるのが間違ってるんじゃないのか?

 そんな葛藤を抱いたまま一分ほど経過し、結論を出した。


「そうだな……当時の俺の考えは、あの娘はこうに違いない、あの娘だったらこうするだろう、って感じで、自分の勝手な理想を押し付けてたんだ。あれを恋愛とは呼ばない。端的に言うとそういうことさ」

『ふ~ん……隼人って冷めてるね』


 考えた末に俺が出した結論は、そのまま伝える、だった。

 案の定、通話口の向こうから聞こえる声は、いつもの明るい声ではなかった。


「……そうかな? そうかもね」


 この何とも言えない状況から逃げ出したかった俺は、そう言って通話を終える。


 四月二十日(木)15:00


「カット! それじゃ次のシーンだね!」


 授業終わりの委員会にて、早速俺が作った脚本を元に映画の撮影をしていた。

 時間がないからすごい駆け足で撮影する。

 この弾丸スケジュールでも間に合うかどうかは微妙なところだ。


「あ、ごめーん。私これから予定あって、悪いんだけど藤林さん、あとよろしくね」

「あ! はい」


 しかしそんな状況を把握しているのかいないのか、委員長である木下さんが帰ってしまった。

 監督の自覚あるのか? それを許しちゃう藤林さんも藤林さんだけどさ。


「それで、藤ばや……助監督。次はどうしますか?」


 今回の脚本を担当している身としては、徐々に映画が出来上がっていくことに喜びを感じていた。

 その反面、撮影の途中で帰ってしまった木下さんには怒りを感じるが。

 この映画が完成しなかったらどうするんだよ? 監督としての責任取れるのか?


「えっと、今日で全部撮り切りたいから、みんなもう少し付き合って下さい。明日撮ったのを見返してみてから編集作業に入ります」


 そんなことを思っていた俺だが、助監督の藤林さんは反対に素直に責任を果たそうとしているようで安心した。

 ……何か不協和音のようなものを感じるけど、何だろうか?


 四月二十一日(金)15:00


「お疲れさまでした。それじゃ、これから編集作業に入ります」

「お疲れ様、藤林さん」

「西園寺くんもお疲れ様」


 今日で一応全シーンの撮影を終えることが出来た。

 まぁ藤林さんが頑張ってくれたお陰なんだけどな。

 それでこれから編集作業か……。苦手なんだよな。動画編集ソフトは部室にあるから良いとして、俺のセンスが問われるからな。

 隣であれこれと口を出してくれる人がいてくれた方が安心するんだけどな。

 まぁこういうのは男の俺じゃなく、女の子に意見を聞いたほうが良いだろうな。

 となると、やっぱり監督だろうな。

 そう思って視線を木下さんに移すと、


「ごっめ~ん。私ちょっとこの後予定入ってて。悪いんだけど藤林さん、あとよろしくね」


 無責任にも昨日と同じようにそう言って帰ってしまった。

 この人の予定って委員会活動よりも大切なことなのか?

 これはさすがに仕事を振られた藤林さんも怒った方が良い。


「え? そんな、さすがに一人じゃ出来ませんよ」


 そうだそうだ! この量の動画編集はとてもじゃないけど一人で出来るもんじゃない!

 藤林さん、今こそ立ち上がるんだ! 横暴な監督に一矢報いるんだ!


「そしたら西園寺君にも手伝ってもらえば良いじゃない! 今回の脚本家なんだから!」


 俺が向けた視線を別の意味に取ったのか、木下さんは微笑みながらそう言いやがった。

 それで藤林さんはどう出る?

 視線を反対側に居る藤林さんに移す。


「えっと……西園寺君、お願いしてもいい?」

「……ま、別に良いけど」


 まぁ予想はしていたけどね。

 気弱な藤林さんが木下さんに意見出来る筈がないよな。


「それじゃ後はよろしくね! 代わりに今日の分は私が編集しとくね!」


 ここまで無責任だと本当に今日の分の編集をやってくれるか怪しいものだ。


 四月二十一日(金)19:00


「ふわぁ~」


 編集作業を初めて早くも四時間が経過した。

 たまに休憩を入れたりもしていたが、さすがに疲れたな。


「あの、西園寺君」

「ん? どうした?」


 あくびをした俺に藤林さんが話しかけてきた。

 なんだか不安そうな表情だけど、どうしたんだ?


「無理しなくて良いからね」

「そりゃこっちのセリフだ。藤林さん、大分無理してるだろ?」

「え? そんなことは」

「無い……とは言わせないよ」


 目の下にクマが出来てる。

 普段なら健康的な顔をしているのに、今は徹夜明けの漫画家のような目をしている。

 いや漫画家がどうなのかはしらんけど、間違いなく不健康な表情だ。


「……」


 俺の言葉で黙ってしまった。

 やはり図星だったか。

 これはさすがにマズイな。

 藤林さんはどう見ても体力があるような人じゃない。

 いずれ限界が来るだろう。しかも遠くない未来に。


「ふぅ……キリの良いところまでやったら今日は帰ろう。明日また続きをすればいい」

「え? でも明日って土曜日」

「でも藤林さんはやるんだろ?」

「……うん」

「そしたら俺も付き合うよ。一人でやるより二人の方が効率は良くなるからな」


 この俺の言葉は嘘だ。

 彼女が心配だから、というよりも……今彼女に限界が来てしまったら、花子さんを助けられないからな。

 だから倒れさせるわけには行かない。


「……ありがとう」


 藤林さんは心から感謝を伝えてるんだろう。良心が痛むけど、そこは割り切らないとな。

 ……さすがに今日は花子さんと会話できないな。WIREを送っておくか。


『今日はちょっと電話出来そうにない。ゴメンね』


 よし、それじゃとりあえず……。


「それじゃ帰ろっか!」


 妙に藤林さんの表情が明るく見えたけど、何だろう?

 俺が手伝うってことで少し気楽になったのかな?


「……そうだね」


 四月二十二日(土)10:00


「ゴメンね。土曜日なのに」

「それはお互い様」


 昨日の約束通り、今俺は藤林さんと二人で撮影した動画の編集をしている。

 土曜日だから本来なら休みなんだけど、藤林さんが微妙に嬉しそうなのはなんだろうか?


「ねぇ、西園寺君」

「ん? どうしたの?」


 そんなことを考えていたとき、藤林さんが編集していた手を止めて俺を呼んだ。

 話しながらでも編集は出来るはずなのに、どうしたんだろう?

 重要な話でもあるのかな?


「昨日帰る直前にWIREしてたのって……誰?」


 あぁ、そういうことね。

 別に作業を止めて聴くことじゃない気がするけど、まぁ良いか。

 さて、なんて答えようかな? さすがにバカ正直に「トイレの花子さんだよ」とは言えないしな……。

 

「う~ん……」

「女の人?」

「ん? あぁそうだよ」


 こういう時って女性は勘が良いよな。

 まぁ別に嘘をつく必要は無いんだけどね。


「年上の人?」

「……うん」

「……そっか」


 俺の答えを聞いた時、藤林さんの表情に微妙な影が落ちた気がした。

 何かまずいこと言っただろうか?

 こういうところ、女心って奴は分からん。


 四月二十二日(土)17:00


「花子さん、昨日はゴメンね」


 家に到着した俺は昨日一方的に連絡したことを謝るため、花子さんに通話をしていた。


『本当だよ! WIRE送ってそれで放置って、お姉ちゃんオコだよ!』


 予想通り、花子さんはご立腹のようだ。

 とはいえ、本気で怒っているわけではなく、ちょっと拗ねているという感じだ。

 これなら少し宥めれば問題ない、はずだ。


「まぁまぁ、でもまだおかげで編集が楽になったから」

『……ねぇ隼人』


 さっきまでは明るい声だったのに、突然その声色が暗くなる。

 宥め方を間違えたか?


「ん? どうしたの」

『今日の女の子って……誰?』


 今日の女の子? って誰だ?

 俺には女の子の知り合いなんて、片手で数えられるぞ。

 それで俺と花子さんの共通の、ってなると……いるはずないよな。

 今日は誰と何してたんだっけ?

 確か朝起きて母さんに挨拶して、学校に行って編集作業……あ!


「あぁそう言えば、編集作業をやる教室はすぐ近くだったね。あの娘は助監督だよ」

『ふ~~~~~ん』


 何だろう? 花子さんの機嫌が凄く悪くなった気がする。

 声が冷たい。

 まぁ予定通り、大きな問題にはならないだろう。


「なんで? どうしたの?」

『別に! なんでもないよ』


 別に大きな問題が生じるわけではない、と高をくくっていたが、思ったよりも重症のようだ。

 なるべく早く花子さんの機嫌を取らないといけないな。

 ん? 何で花子さんの機嫌を取るんだ?


 四月二十三日(日)9:00


『隼人!』


 朝早くにスマホがなり、驚い通話受信すると花子さんだった。


「どしたの?」

『今日も学校に行くの?』

「あ、あぁ。まだ編集作業が終わってないから」


 まぁ本当は行きたくないんだけどな。

 でも編集作業がまだ終わっていないし、さすがに家では出来ない。

 そうなるとやはり学校でやらざるを得ないだろう。


『なんで誰も手伝ってくれないの?』


 心情が口調に現れていたのだろうか? 花子さんの声のトーンが落ちる。

 若干怒っているようにも感じられる。


「面倒なことはみんなやりたくないんだろ?」

『でも隼人はやってるじゃない。どうして?』


 花子さんになら話しても良いかな?

 いや、ここで気を抜いたらダメだ。

 一人に話すと緊張感がなくなって誰にでも話してしまう。

 少しの油断で俺の計画が崩れることになる。

 だからここは、花子さんにも話せない。


「終わった時に分かるよ」

『そう……でも無理はしないでね』

「リョーカイ!」


 心配する花子さんには悪いけど“無理しない”という選択肢は既に無い。


 四月二十四日(月)6:00


 翌日の早朝、陽がまだ登りきる前に着信を告げる音がスマホから鳴った。充電器を差しっぱなしのスマホを手に取り、感覚で通話と表示された画面を二度、三度タップする。

 また花子さんかな?


「……もしもし? 今何時だと思って……」

「西園寺君!」

「ん? 藤林さん? どうしたのこんな朝早くに」


 機嫌悪そうな寝ぼけた声で出たら、通話先は花子さんじゃなくて藤林さんだった。

 何だろう? 声が凄く焦ってるな。


「金曜日に撮影した分の編集が終わってないって」


 金曜日に撮影した分? 金曜って確か最終日だったよな?

 それって確か……。


「金曜日に撮影した分って……木下さんが編集するんでしょ?」


 木下さん自身がそう言っていた。

 委員長なんだからそれぐらいはやると思っていたんだけど、どうやらそうでもないらしい。


「それが、何もやってないまま旅行に行っちゃったみたいで……どうしよう?」

「まぁ、今いる人で何とかするしかないよな。データはあるの?」


 まぁこれは想定の範囲内だ。

 木下さんの性格上、面倒なことは他人に押し付け、手柄だけ自分がもらう。

 そんな正確なのは感じ取っていた。

 撮影のデータだけあれば何とかなるけど、最悪の事態も考慮しないといけないかもしれないな。


「えっと……うん。それはメールでもらってる」


 自宅のパソコンでメールを開いたのだろう。俺の質問に藤林さんが答える。

 どうやら最悪の事態は避けられたようだ。

 しかし、


「……あのさ、藤林さん」

「え、何?」


 ここで問題にすべきは編集を間に合わせる方法ではなく、木下さんの行動についてだ。

 それはきっと藤林さんもわかっているはずだ。でもこの子の性格から考えると、言ことは出来ないだろう。

 それなら少し背中を押してあげるのも、こうして通話をしている俺の役目だろう。


「はっきり言った方が良いんじゃないかな?」

「……うん。でもそれで今の雰囲気を壊しちゃうのは、なんか悪いし」


 たしかに女の子はそういうところがある。

 一条先生みたいなのは稀だが、ほとんどの女性は“協和性”を重要視する。

 今の雰囲気を壊したくない、というのは恐らく本音だろう。

 しかし、根本的な解決にはなっていない。


「それでもこのままだと、いずれ壊れるよ」


 ちょっと厳しめの口調で伝える。

 別に藤林さんがどうなろうと知ったことではないが、それでも一緒に仕事をしている仲だ。

 壊れるのがわかっているなら、さすがに見過ごすことは出来ない。

 壊れたら俺が大変になるからな。


「見方が変われば……」

「え? 何?」


 不意に藤林さんが通話口で呟いた。


「見方が変われば世界が変わる。私のお父さんが言ってくれた言葉。だから、私の見方を変えれば大丈夫だと思う」

「……良い言葉だね」


 なるほどね。

 それが君が縛り付けられている“呪縛”ということか。

 悪くない答えだ。


 四月二十四日(月)17:00


「編集作業終わったー?」


 放課後から藤林さんと二人、ぶっ通しで編集作業を行っていると、部屋の扉が激しく開かれて明るい声が入ってきた。

 今回の原因を作った超本人の木下委員長だ。


「いや、まだだ」


 視線を画面に固定したまま恨みのこもった声を出す。


「もぅ! 試写会、間に合うの?」

「あぁ、間に合わせるさ」


 まったく、誰の所為だと思ってるんだ?

 無責任にもほどがあるだろ? まぁもう少し“委員長”という肩書きのまま踊っていてくれた方が、俺としては都合がいいんだが。

 問題は使える駒のもう一つが保つだろうか?


「そう? それじゃよろしくね。藤林さんも」


 無責任にもまた帰ろうとする木下委員長が視線を藤林さんに移し、声を掛ける。

 木下さんの視線を追ったわけじゃないが、俺も視線を藤林さんに移す。

 藤林さんは無言のままパソコンを見つめていた。

 ジッと集中しているようだ……ん? キーボードが動いてないぞ。マウスも。

 パソコン越しに彼女の頭が大きく揺れ、そして……。


「藤林さん! おい!」


 激しい音とともに机から崩れ落ちた。


 四月二十四日(月)17:30


「過労だな……相当に無理をしてきたんだろう……」


 倒れた藤林さんを抱え、保健室のベッドに寝かせてから一条先生に報告に行き、今に至る。

 木下さんは思ったとおり途中で帰宅した。予定通りだ。

 過労か……無理もないよな。しかしまさか駒の一つがここで潰れるとは……予定を修正しないといけないな。


「それで、この状況で君はどうするのかね?」


 先生が責めるような目つきを向けて聞いてくる。

 いや、俺が悪いんじゃないだからね。


「藤林さんが編集を頑張ってくれたから、あとは俺一人でも何とかできます」

「……やはり私の方からちゃんと注意すれば良かったかな」


 目を瞑って先生が呟く。

 俺との勝負を後悔してるのか、ギリギリまで口を出さないようにしていたことがこの事態を生み出したとも言える。

 まぁその気持ちがわからなくは無いが、その状況を作り出したのは俺だということをわかっているのか?


「大丈夫ですよ」


 慰めるつもりは無いが、ここで手を引かれて困る。

 まだもう少し踊ってもらいますよ。


「……君も無理はするなよ」


 少しの無言の後、俺に忠告してきた。その視線が俺の心の中を探るようで居心地が悪い。

 やはりこの先生を相手にするときに油断は出来ないな。


「……はい」


 そう言ってから保健室を出て、編集作業をするために陽の落ちた暗い廊下を進む。向かうのは花子さんが居るトイレの前の教室だ。


 四月二十五日(火)19:00


『もう帰らない?』


 暗い教室で一人編集作業をしている俺に花子さんが話しかけてきた。

 編集作業をしている教室は、花子さんがいるトイレのすぐ目の前だ。

 聖域と呼ばれる人間の意識が薄い今なら、こうしてトイレからも出てこれるということだ。

 陽は既に落ちこの教室を始め、廊下も各教室も暗闇に包まれている。その暗闇は俺の気持ちも何もかもを飲み込むように、暗く、静かだ。

 その中で幽霊と教室に二人……何それ? めっちゃ怖いシチュエーションじゃない?

 花子さんじゃなかったらマジで怖い。


「もうすぐ終わる」


 花子さんのいるトイレの前にある教室で、もくもくと編集作業を続けながら、花子さんと会話をする。

 今の俺を見たら独り言が激しい、イタイ人と思われるだろうなぁ。


『ねぇ、なんで隼人はそんなに頑張るの?』


 編集作業をしている俺に、頑張る理由は何かと花子さんが尋ねてきた。花子さんに視線をやり、再び編集画面に顔を戻してから口を開く。


「藤林さんの言葉」

『え? あぁ、助監督の女の子が言ってた言葉? そう言えばあの娘大丈夫だったの?』


 花子さんには藤林さんが編集作業中に倒れたことを既に話してある。最初は驚いていたけど、俺がここにいることを見て大事に至っていないことを悟ったのだろう。言葉だけの心配を口にする。


「あぁ、大丈夫だ」

『だよね。隼人がここにいるんだし! それで、その娘の言ってた言葉がどうしたの?』


 花子さんの質問に編集する手を止め、視線を花子さんに固定させてからゆっくりと息を吸い、諭すように話しかける。


「見方が変われば世界が変わる」

『へぇ。良い言葉だね』


 花子さんはきっと表面的にしかこの言葉を受け止めていないのだろう。感心したような言葉を口にする。


「……あぁ。確かにな」


 そう呟いた俺の脳裏には、一つの考えが浮かんでいた。

 見方が変われば世界が変わる。

 確かに表面的に見れば素晴らしい言葉だ。でもそんなのは嘘だ。

 どんなことをしても、世界は変わらない。どんなに見方を変えてみても、醜いものは醜いし、綺麗なものは綺麗だ。

 さてここで問題です。世界は不変です。見方をどう変えますか? ここで俺が変えるべきことは何でしょう?

 答えは……見え(・・・)を変えさせることです。

 俺に見え方を変えさせた事、後悔させてやるよ。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

ここまでで10万字になりましたので一区切りします。

残りは明日登校する予定です。


感想頂けたら励みになりますのでぜひお願いします。

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