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第十六話

 四月十四日(金)18:00


「あ、花子さん? 今日ゴメンね行けなくて」


 帰宅してまっ先にしたのは花子さんへの連絡だ。

 本をもらう為に先生から出された条件――というより勝負だが――は帰宅途中のWIREで既に伝えてある。

 そのことを大分心配していたようだったからな。


『ううん。気にしなくていいよ。でもどうするの? その先生との勝負。作戦あるの?』

「ん? あぁ。今までずっとイジメられっ子だったからな。その辺は任せておけって!」


 作戦らしい作戦はないけど、何をどうすれば良いのか程度の事は頭の中にある。

 問題は何か舞台がないとな。


「それに……」


 花子さんを助けるという目標があるから、簡単には投げ出せない。


『それに?』

「花子さんを……」

『私を?』


 おっと、どうやら俺の考えが少し口から漏れていたようだ。

 無意識とは言え、気をつけないとな。


「あ、いや……自分のためだから」

『そう?』


 自分のためという部分に嘘はない。

 花子さんを助けることが、今の俺のためになる。

 多分……。


「だから、後は俺に任せてくれよ! 花子さんを絶対にそこから連れ出してみせる」

『……わかった!』


 花子さんの何か声が小さくなったな。

 何か変なことでも言ったかな?


「ん? どうしたの?」

『いや、なんかさ』


 何だ? 声が余計に小さくなってるな。


「うん?」

『その「連れ出してみせる」って言われて、その……』

「どしたの?」

『……嬉しかった』


 あ! ヤベー。

 そういえばそんなこと言ったな。

 凄え恥ずい。

 顔がチョー熱い。


「……そうか」

『頑張ってね!』

「あぁ。任せてくれ!」


 今のやり取りで完全に頭の中が飛んだな。

 まぁとりあえず、だ。舞台を整えないといけないよな。

 舞台が無いなら作れば良い。

 うん、俺、頭良い!


 四月十五日(土)7:30


 さて、まずは先生が言う、イジメられてる生徒ってどんな奴か把握しておかないとな……。

 学校に行ってみるか。先生いればいいけど。

 あ! 別にいなかったら花子さんに会いに行けば良いか!

 ……昼過ぎにしよう。


 四月十五日(土)12:30


 一条先生に連絡をするため、学校に電話をかけたら運良く(悪く?)一条先生が出てくれた。

 今日の昼過ぎに学校に行くと伝えたところ、構わないとのことだった。

 ついでに昼食も一緒にということだった。


「あの、すいません」


 学校に到着して職員室に入室したら、一条先生が不敵な笑みを浮かべて向かってきた。


「お! 来たな! それで、何か妙案は思いついたかね?」

「いや、そういうわけじゃなくて、そのイジメを受けてる生徒って、誰ですか?」

「……付いてきたまえ」


 俺の言葉を聞いた先生は眉間に皺を寄せ、俺の左腕を掴んで職員室から連れ出した。

 職員室の扉を閉めて俺の方に向き直ると、先生が軽く溜め息を吐いて口を開いた。


「……君な……そういうことは職員室では言わないでくれたまえ」

「どうしてですか?」


 俺が首を傾げて先生の言葉に問いかける。

 すると再び深い溜息をしながら片手でこめかみを押さえ、「あのな」と続けた。


「私のクラスでイジメがあって、それを私が放置していると思われると、私の立場が危うい」

「あぁ……そういえばそうですね。すいません」


 言われて気づいたが、当たり前といえば当たり前だ。

 職員室でする発言ではなかったな。

 まぁ先生のことだ。仮にほかの教師に何か言われたとしても、何とかするだろう。

 多分、俺を使って調査している、とか言うんだろうなぁ。


「それで、どんな生徒なんですか?」

「端的に言えば暗い印象だ。それと引っ込み思案でな、自分の意見を言えない女生徒だ」


 あぁ、良い標的だ。

 ということは、面倒な委員とか役割とかを押し付けられる生徒だな。


「見た目は……どうなんですか?」

「どうとは? はは~ん……そういうのは先生感心しないぞ」


 先生の目がイタズラを企む子供のそれになった。

 俺がそういう意味で言ったのではないことぐらい、先生ならわかるだろうに。

 答え合わせでもしたいのか?

 いや、先生のことだから俺の力量を測っているんだろうな。


「いや、そういうわけじゃないですよ」


 ここは先生の挑発に乗るとするか。

 そういう意味で言ったのではないと、わざとらしく顔の前で手を左右に振る。

 しかし眼は冷ややかに。

 俺が言いたいことは分かっているだろう? だから人物像を教えろ。

 そう視線に意味を込める。


「そうだろうな……」


 そう言うと先生は俺の瞳をジッと見つめた。

 見た目が悪いというのは、それだけでハンデだ。

 まぁ俺も見た目が悪い人とは関わり合いたくはない。


 十数秒も先生と視線を交わし、やがて溜息を一つ吐いてから先生が口を開いた。


「まぁ見た目は……悪くない。というよりも可愛い方だぞ。多分それも原因の一つかもしれないが」

「そういうことですか……」


 なるほど、逆のパターンか。

 聞いた情報だけを整理すると、大人しくて可愛い。そして自分の意見をはっきりとは言えない。

 うむ、派手なクラスメートとは対局に位置するな。

 そう言う大人しい女の子が好きな男子は多い。

 それが派手なグループには気に食わない。

 と言ったところか。


「わかりました」


 先生がまた深い溜息を吐いて下を向いた。


 俺の返事を聞いて、どうやら先生の中では俺がどうするかという、大体の予想が着いたのだろう。


「話は変わるが、君のクラスでは誰なんだ?」

「誰? というのは?」

「おや、聞いていないのか?」


 先生が俺の顔を見つめる。若干驚いているような表情だ。


 こうしてみてみると先生って美人だよなぁ。

 ん? 聞いていないって何をだ? 何かクラス行事かあっただろうか?


 俺が首を傾げていると、その答えは


「新入生歓迎会の委員だ」

「あぁ、そういえば。確か、来週のホームルームで決めると思いますけど……」

「そうか……私が取りまとめる役になっている。誰か決まったら教えてくれたまえ」

「はぁ……わかりました」


 新入生歓迎会か……。

 これを利用しない手はないだろうな。

 と言うよりも、今これを言う意味は、利用しろと言っているわけだ。

 先生自身もこの行事で何とかさせようと、きっとそう思っていたはずだ。

 そこに俺という存在が現れた。

 小手調べといったところか。

 先生の手の平の上ってのはちょっと良い気はしないが、その小手調べで全て終わらせてみせますよ。


 四月十七日(月)9:00


「というわけで、委員を決める。誰かやりたい奴はいるか?」


 担任の先生の発言に、答える者は誰もいなかった。

 まぁ、誰もやりたくないわな。当然だけど。


「ん? どうだ? 西園寺! やってみるか?」

「は? 何で俺が?」

「一条先生から聞いているぞ」


 あの先生、俺のことを推しやがったな。


「ま、誰もやらないって言うなら……俺がやっても良いっすよ」

「そうか! では頼むぞ。今日の放課後、集会があるから出てくれ」

「わかりました」


 委員にならなくてもサポート的な役割で事は足りたんだが、まぁ良いだろう。

 あまり目立ちたくはないんだけどな。


 四月十七日(月)15:30


 放課後、先週の約束通り新入生歓迎会の委員を伝えるため、職員室の一条先生のところに向かった。

 窓の外が薄暗いのはこれから雨でも降るからだろうか。

 どんよりとしているのは、俺の心の模様だったりしてな。


「……というわけで、俺が委員になりました」

「そうか。よろしく頼むぞ」


 一条先生の表情が変化しないということは、やはりこの人が黒幕だったわけだ。


「あの、俺のこと推薦したの、先生ですよね?」

「ん? 証拠でもあるのか?」

「その発言が証拠ですよ! そういう風に勝手に人のこと推すから、未だに独り身なんで……ぐぼ!」


 俺の言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 鳩尾に強烈な衝撃が走り、何かが俺の呼吸と言葉を奪ったからだ。


「あの、先生。今、思いっきり俺にボディーブローを入れましたね」


 胃の中のものが逆流してくるような不快感を押し戻し、先生に抗議を入れる。


「トドメのゴッドブローも喰らいたくなければ、今後そのことを口にするな!」


 ヤバイ。先生の目がマジだ。

 これは命に関わるレベルの危険レベルだ。

 絶対に先生には言わないでおこう。


「さて、ちなみにうちのクラスからはこの子だ」


 そう言うと先生が自分の隣に立つ女子生徒を指さす。

 先生の指さす先には、肩ぐらいまである黒髪をポニーテールにし、メガネを掛けた女の子がいた。


「……西園寺隼人だ。宜しく」

藤林(ふじばやし)(ひかり)です。その……宜しくお願いします」


 控えめな自己紹介が消えそうな声でされた。

 かなり小さい声だったけど、可愛い声をしているな。

 俺が声フェチだったら危なかったかもしれない。


「この子が例のイジメられっ子だ。ほとんど強制的にやらされた感じだがな」


 先生がボソリと俺に耳打ちしてきた。


「まぁ、そうでしょうね。予想は出来ました」

「さすがだな」


 先週の先生とのやり取りとり。

 今ここに一人の少女がいて、更に先生が紹介した。

 それらのパズルを解けば、俺でなくても必然的に出てくる答えだ。


「分かっていたくせに」

「まぁな」


 俺と先生がヒソヒソと話していると、その藤林さんが俺たちに近寄ってきて控えめな声で話しかけてきた。


「えっと……三年生の皆さんは忙しいので、私たち二年生が中心になると思います」


 さっき話した時よりも若干大きめの声でそう言うと、顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。

 人と話すことに慣れていないんだろうな。

 まだブツブツ何か言っているけど、さすがに声が小さすぎて聞き取れない。


「そうだろうな。んで、委員長とかも決めないといけないだろうな」

「それはこれから決める。それじゃ委員会を始める教室に向かうぞ」


 藤林さんの言葉に反応した俺を見て先生がそう言い、俺たちを連れて教室に向かっていった。


 四月十七日(月)16:00


「集まったな。席に着きたまえ。始めるぞ」


 授業を終えた生徒たちが一つの教室に集まり、全クラスが集まったところで一条先生が声を上げた。


「さて、委員長を決めなければならない。誰か立候補するものはいるか?」


 先生が凛とした声で教室中に響き渡るような声を上げた。

 しかし、誰ひとりとして立候補する人はいなかった。


「うむ、まぁやはりこうなるよな」


 正面を向いたまま、既に予想していたように先生が言う。

 そりゃ誰だって面倒なことはやりたくないでしょ。

 それになるべく目立ちたくない。日本人というのは協調性が高いことで知られている。

 こういうところは日本人っぽいよな。


「あの……そしたら私がやっても良いですよ」


 そう言って挙手したのは、二年生の別クラスの女子生徒だ。

 見た目から判断すれば、他人(ひと)受けが良い印象だ。この女子生徒ならば任せても良いのかもしれない。


「そうか? 他に誰か立候補する者はいるか?」


 女子生徒の方に一度視線を移すと、何故か先生は一瞬だけ眉間にシワを寄せ、また元の凛々しい表情に戻った。

 何か不安なことでもあるのか?

 しかし、こういうところで立候補するってことは、それなりに自信があるのか、それともただの目立ちたがり屋なのか。


「誰もいないようだな? そしたら実行委員長は木下に決定する。昨年の委員長は神田だったから、アドバイスをもらうと良い。次回は委員それぞれのアイディアを出してもらおうと思うからな! それでは解散」


 今日はこれで終わりか。思ったよりも早く終わったな。

 う~ん……藤林さんの連絡先とか聞いておいた方が良いのかな?

 いや、それはこの俺にはレベルが高すぎる。でも聞いておいた方が、後々の事を考えると良いはずだが。

 どうする? ここで俺のキャラに合わないことに手を出すべきか?


「あ、そうだ。西園寺!」


 葛藤していた俺に先生が話しかけてきた。

 腰に手を当て、悪戯な笑みを湛えている。

 これは、何か嫌な予感がするな。


「……なんすか?」


 顔をしかめて聞き返す。自分でも恐ろしいくらい冷たい声が出た。


「藤林の件でいろいろ話すこともあるだろう? 連絡先を交換しておけ」


 どうやら俺は無理矢理にでもレベルを上げないといけないみたいだ。



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