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第十五話

 四月十三日(木)18:00


「今日は危なかったよ。ありがとう花子さん」


家に到着し、花子さんに電話を掛ける。

 今日あまり一緒に居られなかったからな。


『……』


 しかし、向こう側からいつもの明るい声が聞こえない。


「ん? どうしたの?」


 沈黙に耐え切れなくなったわけじゃないが、それでもなんとなく気まずさを覚え、聞いてみる。

 とはいえ、多分原因は昼間の工藤と三井さんしかありえないけどな。


『ううん……考えすぎかもしれないけど、あの子たちまだ怪しんでそうな気がするの』

「そうかな? いや、そうだろうな」


 やっぱりだ。

 俺も同じことを考えていたし、事実まだ疑われてるだろう。


『うん。隼人が帰った後も、なんかこっちのほう見てたし……明日以降、あの子たちの動向に注意した方が良いかもしれないよ』

「……わかった」


 そこから他愛もない話をするが、どうにも話が弾まなかった。

 お互いに無言の瞬間があったし、その無言の時間を埋めようと言葉を発したら被る。


「今日はもう切ろうか?」

『そう……だね』


 お互いに空気を読み、今日は通話を終えることにした。

 明日以降の二人の動きに注意することを念押しされ、今日はそれで通話を終えた。


 四月十四日(金)8:00


 昨日のことを頭の隅に抱えながら、登校する。

 授業まではまだ少し時間がある。

 何か時間を潰せることないかな。

 まぁ俺が向かうのなんて一つしかないんだけどな。

 そんなことを思いながら花子さんのいるトイレに向かうと、


「……なんだこりゃ!」


 目の前に信じられない光景が広がっていた。


「ここに本当にいるのかな?」

「おい、誰か試してみろよ!」

「嫌だよ! お前が試してみろよ!」


 トイレの前には十人程の人だかりが出来ていた。


「こいつは一体……」


 聞こえてくる話し声から、間違いなく目的は花子さんだ。

 そういえば昨日花子さんが言ってたな。

 ってことは、あのオカ研と新聞部の奴らか……。

 ここは一度通り過ぎて様子を見たほうが良いだろう。


 軽く視線を人だかりに向け、その後興味の無い様に視線を前に戻してその場を通り過ぎる。


 しかし心配だな。

 まだ時間はあるし、花子さんに電話してみるか。


「花子さん、無事?」

『うん、大丈夫。隼人以外の人には繋がないから!』


 何度目かのコール音の後、花子さんの声が聞こえた。

 しかしその声がいつもの明るい声ではなく、何かに怯えているように聞こえるのは気のせいじゃないだろう。

 花子さんの答えを聞いて少し安心はするが、別のことが気になる。


『でもどうしよう? 依代の本が見つかるのも時間の問題だと思う』

「その可能性は高いな……」


 どうやら花子さんもそのことを気にしているみたいだ。

 あの依代になっている本をなんとかしないといけないよな。


「確か以前は、本の持ち主が学校だったから、連れ出せなかったんだよね?」

『うん……』

「ってことは、あの本の所有権を俺にしないと連れ出すのは無理ってことだよね?」

『そうなると思う』


 学校が所有者で所有権を俺にする方法……。

 あの本は元々図書室にあったものだから、


「図書室の本は……文芸部のものだったな。よし!」

『何するの?』

「文芸部に入部して、先生から許可をもらえば大丈夫だと思う」

『なるほど! 隼人、頭いい!』

「気づくの遅いよ!」


 とはいえ、どうやって許可を取り付けて俺のモノにするか……。

 ん? 何か表現に無理があるな。

 これだと花子さんを俺のモノにするみたいだな。


「とりあえず放課後はその件で先生のところ行くから、寄れないと思う。でも連絡するね!」

『うん! 待ってるよ』


 通話を終え、ひとまずは教室に戻る。

 何をするにしても、授業が終わった後だ。


 四月十四日(金)15:30


 今日の授業を終えた俺は、西日が差し込む廊下を目的地に向かって歩いていた。

 向かうのは職員室だ。

 職員室のドアをノックし、中に入る。

 向かったのは職員室だが、目的地では無い。

 俺の目的地は職員室の中の、更にその左奥だ。

 その場所に目的の人物がいるのを確認し、その人物の前にたどり着く。

 見ると新聞を広げ、耳に昔ながらの短い赤ペンを掛けている。

 たまに「これとこれか?」や、「違うコイツじゃない」という声とともに、頭を掻いている。

 どうやら一心不乱に新聞を読んでいるようだ。


 中央競馬新聞……。

 おいおい、ここは学校だぞ。そんなの堂々と読んでいていいのか?

 っていうか、女性なんだからもう少し色気のあるものを読めばいいのに。

 しかもここまで近づいてるのに俺に気づかないとか、どれだけ夢中なんだよ。


「あの、先生。俺、文芸部に入りたいんですけど」


 軽く溜め息をしてからボソリと口を開く。

 声が小さいのは、俺がこの先生を苦手としているからだ。

 いや、苦手というのはちょっと違うかも知れない。

 何と言うか、手に余るというか、勝てる気がしないからだろう。

 この一条先生には。

 俺の声に気づいた先生が、新聞の向こうから俺の顔を睨むように俺の顔を見た。


「構わないが、今は図書室があのような状況だから、ほとんど休みだぞ? それに今は二年生だ。今から私の部活に入る理由はなんだ?」

「理由ですか? いや、特に(・・)理由は……」

「特に(・・)ということは、別に(・・)理由はあるということかな?」


 こういうところだ。

 俺が先生に勝てそうにない、と思うのは。

 二、三言の会話を交わしただけだと言うのに、全てを見透かされているような感覚。

 他の教師からは感じられない感覚だ。


「……」


 先生の視線を受け、言葉を失う。


「どうやらそのようだな?」


 今回もどうやら白旗を上げることになるな。

 先生の口角が不敵に上がる。


「……はい」


 そう思った俺は素直に返事をする。

 肝心のところだけは否定するが、今は目的を達成することを第一に考えるべきだ。


「ふむ……もしかしてトイレの花子さんの事かな?」

「え? いや、そういうわけじゃ」


 今のやり取りだけでどうしてそこまで分かるんだ?

 とりあえず否定はするが……。

 この先生、どこまで俺の事見透かしてるんだ?

 いや、実は何も分かってないんじゃないか?


「目が泳いでいるぞ」


 やっぱり分かるよな。

 目が嘘を見破った時の女子のそれだ。

 実に愉快そうに笑っている。


「ふむ……言ってみたまえ」


 俺が何も言えずに固まっていると、今度は表情を教師に戻して語りかける。

 この先生、どっちが本当の顔なんだか……。


「実は、ある本を頂きたくて……」

「本をか? それと花子さんと何か関係があるのかな?」

「そういうわけじゃなくてですね……」


 だから、花子さんと結びつけようとするの、やめてもらえますかね。


「何か深い事情があるようだな?」


 この人……絶対に花子さんとのこと何か勘付いてるよな。

 いやいや、肝心なところは否定しているし、元々この先生は俺以上のリアリストだから、幽霊なんて信じないはずだ。


「ちなみにどんな本だ?」

「『ある女生徒の日記』……だったと思います」

「……あれか」


 ん? 表情が若干曇った。

 でもどうやら俺が求めている本を先生は知っているようだな。

 

「知ってるんですか?」

「まぁな。しかし一応あの本は学校の備品だからな、そう簡単に(・・・)譲渡するわけにはいかない」


 そう言って腕を組み、俺のことをイタズラ混じりの上目遣いで見てきた。

 こういう表情をした時の先生はわかりやすい。

 いや分かりやすくしているのか? 

 ただ、先生のこの言葉に返す言葉は一つしかない。

 何しろ先生の言葉にヒントが隠されているんだからな。


「そう簡単に(・・・)ということは、方法自体はあるということですね?」

「君は言葉の裏を読むのが得意なのかな?」


 フッ、と笑ってからそう言う。


「先生には言われたくないですけどね。ただあの本はどうしても必要なものなんです」


 言葉を強く言ってみる。

 俺の真剣さが伝わるか? いやまだイタズラを含んだ笑みが消えないな。

 つまりまだあるということか。


「理由は?」


 なるほどな。

 これが先生が“俺に聞きたいこと”か……。


「それは……言えません」

「……あの本はやめた方が良いぞ」


 俺の言葉に先生が笑みを消し、組んでいた腕を解いてからデスクに両肘に立て、両手の指を絡ませて口元を隠しながら真面目な顔で答える。

 先ほどまでとは先生が纏う空気が確実に重くなった。


「あの、何か問題が?」

「あの本はな……ある家庭から我が校に寄付されたものだ」

「寄付? あのどういった経緯で?」

「……聞きたいか? 聞かない方が良いと思うぞ」


 ここまで聞いておいて、聞かないという選択肢はない。

 それに、


「もしかしたらそれが必要な情報かも知れないんです」


 あの本が何で花子さんの依代になっているのか。

 その理由が少しでもわかるかも知れない。


「……数ヶ月前、隣町の高校に通う女子生徒がイジメを苦に自殺したらしい」


 俺の覚悟を確認したのか、それとも諦めたのか。

 先生が訥々と語りだした。


「らしいというのは両親から聞いた話だからだ。あの本はその女子生徒の持ちもので、御両親から全国の学校に寄付されたもの一部だ」

「……なるほど。イジメを苦にか……」


 イジメか……今の花子さんからは想像もつかないな。

 実は隠キャであの性格が作りものとか?

 いやいや、花子さんがそんな計算高いなんて、もっとそんなの想像できないな。


「そんな顔をするな」


 先生が人差し指で自分の眉間を抑えて言う。

 どうやら無意識のうちに険しい顔をしてしまっていたようだ。

 ハッとして顔を上げ、表情を戻して先生の視線を再び受け止める。


「イジメなど無ければよいのだが……そういえば、君もイジメにあっていたな?」

「別にイジメられているわけじゃ……ただ、周りが俺に興味ないだけです」

「それは立派なイジメだと思うぞ」


 先生がこめかみを抑え、溜め息混じりにそう言う。


「それは価値観の違いじゃないですか? それに先ほど先生は、イジメなんて無い方が良いと言ってましたけど、イジメはなくなりませんよ」

「……何故だ?」


 先生が険しい表情をして俺の目を睨みつける。


 イジメが無くならない理由なんて、そんなの先生だってわかってるだろうに。

 そんなことで怒るなんて、やはり先生も教師だということか。


「人は自分より下のものをイジメる生き物です。それがなくなったら社会は回りません」

「不愉快な解答だが正解だ。君の言うとおり人間社会、いや生物界からはイジメは絶対に無くならないだろう。しかしそれをなくさなければならないのが、我々教師の仕事だ」


 そう言って視線を背けた先生の横顔は、やはり諦念が読み取れる。

 何でこの人は教師になろうと思ったのだろうか。


「そうだ! あの本を君にあげても良い」

「本当ですか?」

「あぁ」


 考え込んでいた俺に、思いがけない先生の言葉が掛かる。

 だが、先程と同じようにイタズラを含んだ笑みをしている。

 こりゃ面倒なことを提案するな、きっと。


「しかし条件がある」

「そうでしょうね」


 やはりか。

 やはりこの先生、転んでもただでは起きない。


「まぁそう言うな。実は私の担任しているクラスでイジメにあっている生徒がいてな。そのイジメを無くすことが出来たら、あの本をやろう」

「いや、ですからイジメはなくなりませんよ」


 イジメはこの世から無くならないというさっきの問答はなんだったのか、と言わんばかりの先生の条件。

 かなりの無理難題だ。

 さっき不可能という結論に達したというのに、一体どうしろというのだ。


「しかし教師という手前、そういうわけにはいかんだろう。それにこういうのは教師である私より、生徒同士に解決させたほうが良いと思ってな」

「ま、一理ある……か」


 生徒同士で解決……か。

 今度は俺が腕を組んで考える。と言うよりも考えるポーズだ。

 方法はもう既に頭の中にある。

 問題は次の俺の言葉を、先生が肯定するかどうか、だ。

 

「先生のクラスから、イジメを解消(・・)すれば良いということですか?」

「……端的に言えばそういうことだ」


 僅かな沈黙。

 やはり気づいたか。

 でも否定しないということは、全てお見通しというわけではない、ということだ。

 でも布石は打っておいた方が良いだろう。


「……方法は俺に一任してもらえるんですか?」

「誰かをケガさせたり、危害を加えたりしなければ良い。あ! あと私のクラスから新たなイジメを発生させてもダメだぞ」

「……わかりました。その勝負、受けますよ」


 これで全部誤魔化せたとは思わない方が良いだろう。

 あの一条先生だ。

 もしかしたら俺の真意に気づいたかも知れない。

 とは言え、ある程度目を瞑ってくれるという、暗黙の了解が取られたわけだ。


 俺は軽く頭を下げて職員室を出る。

 いつの間にかかなりの時間が経過していたようだ。

 陽は色を赤く変化させ、西の校舎の裏へと移動していた。



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