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第十四話

『最初に友達になる奴を……ミスった?』


 花子さんが俺の言った言葉をなぞる様に口にする。まぁこの言い方じゃ通じないよな。


「あぁ。そいつは中二病を発症してたんだ」

『中二病って……あの、イタイ人たち?』


 この言葉、通じたんだ? でも確かに考えてみれば俺と年もそう変わらないから、知っていてもおかしくはないか。

 でも女の子で“中二病”を知ってる人ってあまりいなくないか?


「イタイ……まぁそういう連中だ。そんなのと仲良くなっちまったからな、俺も同類と見られたわけだ」

『でもその人とは今でも友達なんでしょ?』

「そいつは去年の末に転校しちまってさ、結果として俺一人残されたってことさ」

『そっかぁ……』


 友達……まぁあいつと過ごしていた日々は、そんなに悪くはなかったよな。周りから煙たがられることはあったけど。

 もしあいつが転校しなければ、俺はまだあいつと友達をやっていたのだろうか? そんな仮定に意味は無いけどな。


「しかも悪い噂ってのは広まるのが早くてさ、一週間後にはクラスだけじゃなく、学年中に広まってたからな。もう驚きだ」

『う~ん……今は?』

「え? 何が?」


 隼人の独白がトイレ内に響き同年代の女の子の声が隼人の耳に届く。隼人の声とは違い、花子の声がトイレに響くことはなかったが、隼人の心には疑問と言う形をとって残響したようだ。


『……隼人は今、辛い?』

「う~ん……」


 辛くないと言えば嘘になる。でも小学校や中学時代に比べたら、こうして女の子? と話すことが出来てるし、そこそこマシなのかもしれないな。


「確かにクラス中からは孤立してるからなぁ、とはいえ今はそんなに辛くないかな」


 だからこうして花子さんには正直に話す。それがきっと一番良いと思うから。


『それはどうして?』

「だって……」

『だって……何?』


 あれ~。花子さんってこんなに鈍い感じだっけ? そう言うのには俺たち男よりも、女の子……特にこのぐらいの年代の女子は鋭いと思ったけどなぁ……。さっき感じたのは気のせいか?


「君が……いるから」


 多分今の俺の顔は火が出る程に赤くなっているだろうな。でも本当の事だから仕方ない。今まで独りの時間が長すぎたから、独りの時間が好きじゃないと言えば嘘になる。

 でもこうして話が出来る存在は貴重だ。きっと俺の中で彼女は大切な存在になりつつあるんだろう。


『……もう何言いだすのよ? そんなこと言ってもお姉ちゃん騙されませんからね!』

「騙すって……別にメリット無いし。デメリットはあるけど……」


 軽口を行って照れ隠しをする。そうでもしないと心臓が口から出てきそうな程恥ずかしい。昔の俺じゃ絶対にこんなこと言えなかっただろうな。


『そんなメリットデメリットって……人間関係は損得じゃないと思うけど』


「いやいや、これは俺のボッチ人生で気付いたんだけどさ、人が行動を起こすには、そこに必ず損得勘定があるんだよ。損をするならやらないし、少しでも得になると思えばやる。本当に損得を関係なしに与えてくれるのは、きっと親ぐらいだよ」


『……乾いてるわね』

「そんな表情しないでよ」

『だって、私にこうして会いに来てくれるのも、損得勘定なんでしょ?』


 花子さんの質問に言葉を失う。

 気まずい空気が俺たちの間に流れる。

 どのくらい時間がたったのだろう? 一瞬のような気もするし、一時間ぐらい経過している気もする。


「ゴメン、今日はもう帰るわ。結構な時間だし」


 その空気に耐えられなくなり、今日は切り上げることにした。

 多分完全にしくじったと思う。


『……うん』

「また明日」


 返事は無かった。


 四月十一日(火)17:00


 やっぱりあんなこと言わなきゃ良かったかなぁ?

 トイレを出た俺の中に、“後悔”の二文字が浮かび上がり、重い溜め息を吐いた。


「西園寺君、さっき誰と話してたの?」

「え?」


 不意に俺の背中に声が掛けられた。

 聞いた記憶のない、女性の声だ。


「えっと……君は?」

「私はオカルト研究部部長、三井加奈惠。あなた西園寺隼人君よね? このトイレ、ほとんど誰も使って無いはずなのに、会話が聞こえた。あなたが出てきても中には誰もいない。あなた、一体誰と話してたの?」

「あ、あぁ……」


 マズイ、まさか聞いてる人がいるとは。


 そんな俺の心の中を無視して、三井と名乗った女生徒は話を続けた。


「確かここは学園七不思議の一つ、トイレの花子さんが出るって言うトイレのはずよ。もしかして……」


 あ、ヤバイ! 本当にマズイ。


 そんな感情が顔に出ていたのか、彼女は一歩踏み出して顔を覗き込み、更に言葉を続けた。


「話してたのって花子さん?」

「……いや、そんなわけないじゃない」

「……じゃ、何で話し声が聞こえたの?」

「電話だよ」

「相手は?」

「ね……」

「ね?」

「姉ちゃん」


 完全に嘘だ。俺に姉ちゃんなんていない。

 まぁそんなこと知ってるわけないから別に良いか!


「ふぅ~ん……西園寺君ってお姉ちゃんいたっけ?」


 あれ? 何で突っ込んでくるの?


「いや、ちょっと……」

「私の記憶が確かなら、妹さんはいても、お姉さんはいなかったと思うけど」


 何で俺の家庭事情なんて知ってるんだよ。

 もしかしてこの娘、面倒な娘なの?


「えっと、その辺はちょっと複雑で……悪い、姉ちゃんに買い物頼まれてるから行くわ」


 そういって隼人がその場を足早に立ち去っていく。


「……怪しい」


 その後姿を見て、呟く少女の声を隼人は聞き逃していなかった。


 四月十一日(火)19:30


 はぁ……やっぱり謝った方が良いよなぁ……でも何て謝れば良いんだろう?

 う~ん……悩むより行動だよな! あとはなる様になるさ!


 そう思って花子さんのWIREの通話ボタンをタップする。


 呼び出し音がやけに大きく聞こえる。

 俺の部屋が静かだからだろうか? それとも今の俺の心境が、通常の音より大きく聞こえさせているのかもしれない。

 呼び出し音が十秒ほどなった後、


『もしも~し!』


 明るい声が聞こえた。


「あ、花子さん?」

『ハロー! お姉ちゃんを三〇分も待たせるなんて悪い子だな! お姉ちゃんオコだよ!』


 悩んでた俺がバカみたいだな。


「……はぁ」

『ん? どったの?』

「いや、何でもない」


 俺の悩んでいた時間は一体なんだったんだ?

 何かあったといえば、何かはあったんだけどな。


『でも何か用があったから掛けてきたんでしょ?』


 あ、バレてる。

 まぁ隠す必要もないし、ここは素直にならんといかんよな。


「え~と……その」

『ん?』


 スマホから聞こえる声で、花子さんが小首を傾げている様子が分かるな。

 きっと今目の前にいたら、あの指を口元に当てるあざといポーズをしているだろうな。


「えっと、今日の事、ちゃんと謝ろうと思って……」


 俺は緊張しているのか?

 緊張しているんだろうなぁ。

 何で緊張してるのかわからないけど。


『今日の事? あぁ、損得勘定云々って奴ね! 私もちょっと言い過ぎたかなぁって思っててさ、隼人ゴメン! だからまた明日も会いに来てくれる?』

「あ、あぁ……」


 あれ? なんで花子さんから謝られて、お願いまでされてるの?

 悪いのは俺なのに。


「じゃなくて! 俺の方こそゴメン! 明日も会ってくれる?」

『んもう! お願いしてるのはコッチ! 返事は?』


 スマホの向こう側から聞こえてくる声が若干呆れている。


「……会いに行くよ!」

『ん、待ってる!』


 やっぱり悩む必要なんてなかったのかもしれないな。

 っていうか、単純に花子さんが優しいだけなのかな?


 四月十二日(水)17:45


 昨日した、花子さんとの約束通り、いつものトイレの場所に向かうと、


「……何だこれ? 何でこの時間にこんなに人がいるんだよ?」


 通常ではありえない人だかりがそこにあった。

 普段は誰も使わないトイレの前ということもあり、その光景が異様に見える。


「あ! 君が西園寺君だね? 僕は新聞部の工藤。トイレの花子さんと話してたって言うのは本当かい?」


 その人だかりの中から一人の男子生徒が俺に駆け寄ってきた。


 新聞部? そんなのあったんだ?


「え? 何でそれ……いや、何を変なこと言ってるんだよ?」


 とりあえず今はごまかすしかないよな。

 花子さん自体は他の人には見えないんだろうけど、それでも万が一ということもあるし。


「いやぁ、昨日オカ研の三井さんから連絡があってさ、スクープだ! って。それで話を聞いてみると、学園七不思議のトイレの花子さんと話をしてる人がいるって聞いてさ、場所と名前を聞いてこうして来たんだ。それで、今日もやっぱり花子さんと会話するの?」


 やっぱり三井さんか。

 マズイな。


「いや……そいつから聞いてないか? 俺が話してたのは、その……妹だって」

「妹? 三井さんから聞いた話では、お姉さんと話してたって……」


 あ、ヤベ。

 そういえば三井さんに話したのは、姉ちゃんって言ったんだっけ。


「あ、あぁそうそう、姉ちゃんだった! 姉ちゃんと話してたんだよ。聞いてないか?」


 さすがにわざとらしいか?


「ふぅ~ん……で、西園寺君はここに何しに来たの?」

「別に……通りがかっただけだよ」


 こんなところに通りがかるだけでも結構変だけどな。

 まぁ仕方ないよな。


「その割にはウキウキしながら走ってきたよね?」

「そんなことないよ! あ、ヤベ! ちょっと用事を思い出した! 悪い」


 今はこれ以上突っ込まれるとさすがにボロが出るな。

 戦略的撤退だ。


「……怪しい」

「でしょ? 明日からマークしたほうが良いよね?」

「スクープの匂いがする」


 三井さんと工藤の声が聞こえた。

 やっぱり怪しまれてるよなぁ。

 どうするか……。


 四月十二日(水)19:00


 家に到着し、ご飯を食べ終わってから花子さんに電話する。


 怒ってるかなぁ? 怒ってるよなぁ?

 昨日約束したのに、結果的にはすっぽかしたんだもんなぁ。

 でもそれよりもあの二人に何かされなかったかの方が心配だしな。


「はいは~い」


 スマホの向こう側から明るい声が聞こえる。


 良かった。特に何もなかったみたいだ。

 いや、安心するのはまだ早い。


「あ! 花子さん?」

『今日どうして来てくれなかったの? お姉ちゃん待ってたんだよ! 寂しかったなぁ』


「あ、いや、それはゴメン」


 どうやら何もなかったようだな。

 とりあえず一安心だ。

 そしたら今日あったことは伝えておくべきだろうな。


「いやいやそうじゃなくって……昨日の夕方、花子さんと話してた会話あるでしょ。あれが他の人に聞かれてたんだ」

『そうなの? でも別に良いんじゃない! みんなに認識されれば私の存在が安定するし!』


 なんでそんなに楽観的に考えられるんだ?

 自分の存在を少し客観視してよ、本当に。


「良い方向に傾けばね。でも場合によっては、イタズラで本を燃やされるぞ」

『え! それはさすがに困る』

「多分まだ大丈夫だから、しばらくそっちにはいかないで電話だけにするね」

『うん……ちょっと寂しいけど仕方ないよね』

「ゴメンね。ほとぼりが冷めるまでだから」

『うん……』


 寂しいのは花子さんだけじゃなくて、俺も寂しいんだ。

 でも今は我慢するしかない。


 四月十三日(木)8:15


 いつも通り登校し、いつもの教室に入る。

 休憩時間を普通に過ごし、授業を終えて廊下を歩いていると、背中に妙な視線を感じた。


 これはきっと間違いないだろうな。


 ポケットからスマホを取り出して花子さんに掛ける。


『花子さん、たぶん俺見張られてる。今日は行けそうにないけど、夜電話するね』

『オッケー! 待ってるよ!』


 四月十三日(木)15:00


 う~ん……やっぱり少しだけでも会いたいな。

 どうやれば怪しまれないで行けるかな?

 って言っても、トイレに行く方法なんて一つしかないよな。


 お腹を押さえるフリをしてトイレに駆け込み、花子さんのいる部屋の前に来る。

 そしていつも通りドアを三回ノックして、花子さんを呼び出す言葉を口にする。


「花子さん、遊びましょ」


 声は出来る限り抑え、外に聞こえないように。


『あ! 隼人! ちょっと待っててね……ん?』

「あ、はな……んぐ!」


 話しかけようとした俺の口を花子さんが手で押さえ、指を自分の口に当てる。


『静かにして! 外に誰か知らない人が居る』

「え? 知らない人?」


 花子さんがヒソヒソ声で話しかけてくる。


『男の子と女の子なんだけど……どうも隼人を待ってる、って感じじゃないみたい』

「ってことは……あいつらか」


 三井さんと工藤か。

 完全にマークされてるな。どうするか……。


『昨日話してた?』


 花子さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「多分……早めに出たほうが良いな。もう行くよ。夜電話するね!」

『オッケー!』


 口調は明るいけど、花子さんの声が暗く沈んでるのが分かる。

 本当はもっと一緒に居たかったんだけどな。こればっかりは仕方ない。

 俺の気持ちを優先して、花子さんのことが他人にバレるのは防がないといけないしな。


 そんなことを考えつつトイレの扉に手を掛ける。

 この向こう側には間違いなく二人がいるはずだ。わざとらしく見えないよう、演技が必要だな。


「おわ! 君たち何してるんだ?」


 トイレのドアを開けたら、予想通り二人がいた。

 ご丁寧に耳をドアに当てていたらしく、引き戸になっているドアを開けたら漫画のようにトイレに転がり入ってきた。


「え、あ、いやぁ」


 工藤が頭をかきながらバツの悪そうな表情を作る。


「西園寺君がこのトイレに来たから、もしかして! って思って……」


 工藤はともかく三井さんの行動はどうなんだ? 完全に変態な行動だぞ。

 いや、工藤もかなり怪しいやつだけどな。


「俺はゆっくりトイレの大きい方も出来ないのか?」

「へ?」


 俺の返答に工藤が頓狂な声を上げる。

 理解出来なかったのか?


「だから、やっぱり恥ずかしいだろ? それであまり人のいないこのトイレを使ってたんだ。何か不思議なことはあるか?」

「……」

「……」


 俺の説明を聞いて工藤がぽかんと口を開け、三井さんが顔を赤くして明後日の方角を向く。


「じゃあ、済んだから行くわ」

「……はい」


 三井さんはどうやら納得したようだ。


「……怪しい」


 工藤はどうやら納得してないようだ。

 まったく、面倒くさい。



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