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第十話

 四月八日(日)20:00


 学校の小火(ぼや)騒ぎを終えて花子と約束し、帰宅した。


「ただいまー」


 いつもどおり母さんに挨拶をして、自分の帰宅を知らせる。


「あら? あんた大丈夫だったの?」

「え?」


 返事を受けた母さんが、何事もなかったかどうか尋ねる旨の返事をし、その事にギクリと一瞬俺の心拍数が高鳴る。


「さっきあんたの学校から電話があって、あんたの学校で火事があったらしいわよ。学校行くって言ってたけど、大丈夫だったの?」


 やはりというべきか、先ほど学校に向かって急いで出かけて行った俺を案じてのものだ。

 なんて答えれば怪しまれないだろうか?


「あ、あぁ大丈夫。俺が行ったときにはすでに火事だったから。学校についたときには野次馬の一員だったよ」


 その母さんの問いかけに、やや挙動不審気味に答える。多分母さんでなくても俺の発言が気になり、何か別の質問をするだろう。

 それを母さんがしてきたのだ。心の奥底まで見透かしたような視線を向け、更に質問を続ける。


「あらそう? それならいいけど、何しに行ったの?」

「ん? 友達と待ち合わせ。明日提出の課題について」


 母さんの質問に、とりとめのない返事を返すが、心臓はかなり早く、強くなっているのがわかる。

 くそ、心臓がここまでうるさいと感じたのは初めてだ。

 額を冷や汗が伝い、これ以上何も質問してくることを暗に拒否する表情を作る。


「ふ~ん……ま、無事ならそれで良かったわ」


 俺の表情を読み取ったのか、母さんはそれ以上のことは何も聞かず視線を見ていたテレビに戻す。

 ふぅ。絶対に怪しまれたよな。もし会いに行った友人が誰か聞かれたらどうするか? ……花子さんにひと芝居打ってもらうしかないかな……。

 そう思って自分のスマホを取り出して操作をし、花子さんのWIREトークの画面を開く。


「花子さんにWIREするか。……でもやっぱり声聞きたいな」


 ヤバイな。まさか俺にこんな感情があるなんて。既に頭の中は花子さんと会話をすることでいっぱいだ。

 思春期の男子高校生だからそれはそれで仕方ないかもしれないけど、今の自分の状況をちゃんと把握できているのだろうか、と疑問に思えるな。

 ちゃんと冷静に、今までどおりに行動していかないといけないな。


『……あ! 花子さん?』


 数回の呼び出し音の後、スマホの相手側から応答を示す表示に切り替わり、相手の声を聞く前に花子さんの名前を呼ぶ。

 嬉しくて仕方ない。だって男だもんね。このぐらい当たり前だよね?


『待ってたわ! 大丈夫だった?』

『あぁ大丈夫。花子さんは?」

『私も大丈夫よ』


 お互いの無事を確認した後、もし母親から聞かれたらどうするかを打ち合わせ、その後今日あった出来事をお互いに話す。 

 大体二十分ほど会話をした頃である。花子さんがやや声のトーンを落とし『そういえば』と言ってから話しだした。


『それからちょっと明日から会えないかも……』

『え? なんで?』


 花子さんの突然の暗いニュースを伝える言葉に、声が大きくなる。


『んとね……今日の小火(ぼや)で、図書室が立入禁止になりそうなの』


 あぁなるほど。それは仕方ないか。そんなに大した小火じゃなかったにしても、一応火事の一つだ。警察も出動するぐらいだったしな。

 それに地震の影響で本棚も倒れてたから、危険だよな。

 ん? ってことは……。


『あれ? でも花子さんは“トイレの花子さん”でしょ?』


 最初に出会った時も今も、話している相手は『トイレの花子さん』でだ。

 そしてその花子はトイレに縛り付けられた、いわゆる「地縛霊」のはずだ。

 図書室が使用禁止になってしまっても、会って話をすることに何も問題が無いはずじゃないのか?

 

『えっとね、実は図書室から動けなくって……』


 俺の疑問のの答えは花子さんから直接話された。

 どうやら今現在、花子さんは図書室から動けない状態のようだ。

 その事に心当たりがある、というよりも先ほどまで現場にいたんだから知ってると言ったほうが正しいか?

 その原因となるのは……、


『それってもしかして……あの本?』

『……たぶん。あ、でも大丈夫! 私の身体に異常があるわけじゃなくて、単純に図書室から出られないだけだから!』


 まぁやっぱりそうだよなぁ。でも一先(ひとま)ず何も心配する必要がないってわかっただけでも良しとしよう。


『それなら良かった。えっとでも、そしたら……明日から“トイレの花子さん”じゃなくて“図書室の花子さん”ってこと?』

『うん……簡単に言うと』


 俺の質問を聞いた花子さんが、何故か未だに暗いトーンのまま答える。

 理由は分かる。

 何しろ今現在俺がその状態だからだ。


『笑って良いかな?』

『出来たらやめて欲しいんだけど……』


 学校の怪談で『トイレの花子』といえば、当然のことながらトイレに出没する幽霊だ。

 それが様々な経緯を経て、トイレではなく図書室に出没するとなったら、それはもはや笑い話にもならない。

 その事を危惧して言葉を発したんだろうけど、もう笑いを堪えるのが限界だ。


『プッハハハハハハハ!』


 遠慮も容赦もなく、お腹を抱えて盛大に笑い声を上げて笑い転げる。

 こんなに笑ったのはひさしぶりだ。


『もう! だから笑わないでって言ったのに!』


 それは無理! 多分俺じゃなくても笑う。

 さっきまでの緊張感から解放された影響もあるんだろうけど、たまらねぇ。


『それ以上笑うなら切るよ』


 あ、ヤバイ。これ本当に怒ってるやつだ。


『いや、悪い悪い。でも明日からどうしようか? 図書室から出られないんでしょ?』

『う~ん……会って話すことは出来ないけど、こうして電話越しに話してくれるだけでも十分だよ!』


 俺としては直接会って話をしたいんだけどな……。でもそれは俺たちにはどうすることも出来ないし、我慢するしかないかな。


『そしたらしばらく……たぶん図書室が復旧するまでこんな感じだけど良いかな?』

『私はそれでも全然良いよ!』

『……わかった』


 花子さんの返事を聞き、少しの沈黙の後に了解の意を伝える。


『ん~~何かな~? お姉ちゃんに会えなくて寂しいかな?』


 俺の沈黙が何を示しているのかは、勘の良い人なら誰でも気付いたかもしれない。

 そして花子さんもまた、勘の良い人ならぬ勘の良い幽霊だったみたいだ。

 やっぱり少し油断してたか。

 言葉と声色から、スマホの向こう側で花子さんのニヤニヤした顔が見えるようだ。


『自意識過剰だっつーの!』

『ヒドイ! お姉ちゃん悲しい!』


 花子さんの表情を直接見たわけではないが、言葉から花子さんの意地悪そうな顔想像出来る。

 やや辛辣な返事を花子さんに返してみるけど、当の本人は更にあざとく、嘘泣きをしながら訴えかけてきた。


『誰がお姉ちゃんだ! 俺は妹はいても姉貴はいないぞ! もともといない姉貴に会えないからって、別に寂しくなるわけないだろ!』


 その花子さんの反応に、溜め息を交えて訴え返してみる。


『……私は寂しいけど……』

『……そういうのってズルくね?』


 おっと、この反応は予想外だ。

 そういうことは思春期の男子にいっちゃダメだよ。


『トキメいちゃった?』

『……性格悪!』


 花子さんって絶対にいじめっ子タイプだ! 俺の長いぼっち人生がそう告げている。


『んん~? トキメいちゃったんでしょ?』

『……』


 いやまぁ、一瞬ドキッとしましたよ。今まで俺が出会ってきた中で、一番可愛い女子ですから。その娘にあんな反応をされたら、大体トキメクでしょ? でも残念。俺はそう言うのには引っかからないんだ。


『んん~?』

『はぁ……』


 さて、どうしたものか。ん? 待てよ。さっき花子さんも俺の心を揺さぶったんだから、俺も同じようなことをしても良いよな? 良いはずだ!


『んん~~?』

『…………ちょっとだけ……な』


 そう言うとスマホの終了ボタンをタップし、会話を強制的に終わらせる。


『あ! もう……可愛いんだから』


 既に通話が終了したスマホを見つめてそう呟いて微笑む花子さんを、俺が知ることはなかった。


 四月九日(月)8:30


「と、いうわけで今日から図書室は立入禁止。取り壊して新しい図書室を作ることになる」


 な! なんだってぇ!

 翌日、昨夜の小火(ぼや)騒ぎを受けて当面の間、図書室への立ち入りが禁止されたことが担任教師から生徒たちに伝わり、その事に思わず椅子を鳴らして立ち上がる。


「危険だから近づくなよ! ん? どうした西園寺?」


 俺が立ち上がったことに何かを感じたのか、担任が顔を向けて話しかける。


「え? あ、いや」


 突然名前を呼ばれ、冷静になって再び席に着く。


「火事になるのを未然に防いだ英雄は、図書室に思い入れでもあるのかな?」


 突然担任が聞いたことのない単語で俺のことを呼ぶ。曰く『英雄』と。


「……そういうわけじゃ」


 英雄って、別に特に何か元々あの小火の原因も俺が……ま、それは今は良いか。


「西園寺君、何かしたんですか~?」


 担任の『英雄』という言葉に食いついた生徒が声を上げる。

 くそ、余計なことを言ってくれる。


「ん? あぁいや、大火事になるのを未然に防いだのが西園寺だ」

「へえ~。なんで西園寺くんはその場所にいたんですか?」


 その生徒が俺に視線を移し、首を傾げて訪ねてくる。


「偶々(たまたま)、偶然だよ」


 実際は偶然じゃないんだけどな。

 それに未然に防いだと言っても、やったことはかなり強引だったし、今朝職員室にも呼び出されたしな。

 正直なところこれ以上はあまり聞いて欲しくない。


「ま、いずれにしても今日から図書室は立入禁止だ」


 やや複雑な表情をしていると、それを読み取ったわけではないだろうが、担任が総話してから締めくくる。


 四月九日(月)19:00


『花子さん、まずいぞ!』


 学校から帰宅し、夕食を済ませたあとに最初にとった行動はといえば当然、花子さんへの報告だ。

 図書室の使用が禁止されるだけでなく、取り壊されるとなれば花子さんと会って話をすることが今後一切出来なくなる。


『ん? 何が?』


 鈍いな。少しは俺のこの気持ちを汲んでくれても良いんじゃないか?

 まぁ昨日の今日のことだから、さすがに花子さんは知らないか。


『そこ取り壊されるらしい』

『え?』


 続く俺の言葉でさすがに重大さに気づいたようだ。

 花子さんから驚きの声が漏れる。


『明後日から工事が始まるらしい』

『そんな……どうしよう?』


 どうしようと言われても、俺に出来ることは限られてる。

 多分少し前の俺なら、関係ないと切り捨てていたかもしれない。

 でも、今はこうして花子さんと出会って話をして、この一週間の出来事はそう簡単に切り捨てられるものじゃない。

 なら、俺が取る行動は一つだ。


『……花子さんを助け出す』

『え! でもどうやって?』


 俺の言葉に驚きの声を上げ、そんな方法があるのかどうかを聞き返す。しかし当然のことながら工事を中止させることが出来るわけはない。

 花子さんを助け出すために俺が出来ることと言えば、現実的には一つだけである


『あの本をなんとか持ち出せれば……』

『う~ん……』


 俺の提案に、花子さんがはっきりしない返答をする。

 その事を疑問に思ったのか、首を傾げて聞き返す。


『どうしたの?』

『何でなんだろう? って思ってさ』


 何で? ってそりゃもしかしたらもう会えなくなるかも知れないんだから当然だろ!

 いやいや、そんなことを聞いてるんじゃないよな。となるとこの質問が示すのは……。 


『……あの本か?』

『そう。今までこんなことなかった。トイレから出られないことはあっても、誰もいない部屋から出られないことはなかったから』


 俺の予想はどうやら的中していたようだ。今までは聖域の影響もあり、トイレから出られないことはあっただろう。

 しかし、誰もいなくなったあとであればある程度自由に行動が出来た。それなのに何故か今は、図書室から外には出られないことに花子さんが疑問を持つ。


『……あのさ、どうしてあの本を手に取ったの?』


 それならあの本に何か原因があると思ってした質問であるが、


『……わかんない』

『は?』


 どうやら花子さん自身、例の本を手に取った理由が思い当たらないようだ。

 その返事を聞き、間抜けな声を上げてしまった俺に『いや』と言ってから花子さんが再び話し始める。


『何か惹かれるものがあって、それで』


 惹かれるもの? もしかして幽霊になった原因がわかるかな? それなら


『えっと、あの本の中身は?』


『物語だよ。英語で書かれたものを和訳したやつ』

『う~~ん……』

『どうしたの?』

『いや、何か引っかかるんだ』


 花子さんの答えに何かモヤモヤしたものを感じる。

 喉の奥に小骨が刺さって取れないような、気にしなければなんの影響もないのだが、それでも気になるものだ。


『引っかかる?』


 俺の言葉に花子が質問する。

 何が引っかかるのかと、そう聞いてみる。

 だけど、俺の中でもその答えは出ていない。


『とりあえず俺ならあの本を持ち出せるから、あとはどうやって持ち出すか……だな』

『そうだよ! 立入禁止なんでしょ?』


 そうなんだよ。

 今現在図書室は立入禁止なんだよ。

 図書室に入ることが出来なかったら本を持ち出すとか以前の問題だ。


『う~ん……花子さん』


 少し考え込んでから花子さんに質問する。


『ん?』

『今そこに誰かいる?』

『え? ううん。夕方に少し警察の人が来てたけど、今は誰もいないよ』

『ってことは現場検証は終わったってことか。それなら明日もこの時間なら誰もいないってわけだ……』


 そうか。それならなんとかなるかも知れない。


『……隼人、危ないこと考えてない?』


 俺の言葉に不穏なことを感じたのか、花子さんが声色を厳しくして問いかけてくる。


『……考えてる』


 って言っても、危険度で言ったら昨日の出来事の方が全然危険なんだけどね。


『ダメだよ! お姉ちゃん許しませんからね! 隼人が危険な目にあったら、お姉ちゃんどんな顔してお母さんに会えばいいの?』

『いや、会わせるって言ってないし。って言うか会う気があるなら、そこから出ないとダメだろ!』

『あ、そうか! てへ!』


 あざとい。てへ! って何だよ? それに俺は花子さんのこと姉貴だなんて思ってねぇよ!

 そもそもお袋とは会わせるつもりもないよ。


『可愛くないから!』

『ハハ……ねぇ隼人』


 俺のやや辛辣な返事を聞き、乾いた笑い声を上げてから声のトーンを少し落として俺の名前を呼ぶ。


『ん? どうした?』


 何だ? 何かあったのか?


『あのね。私は別に良いんだよ。こうして私と話してくれたこと嬉しかったし、隼人に危険な目に遭って欲しくないし……あ、でも消滅する前にもう一度くらい隼人に会いたいかな! って私何言ってるんだ? あ、でもでも隼人に無理してほしくないし……だからその……えっと』


 拙くまだ整理しきれていない言葉の数々が、花子さんの口からあたふたと紡がれる。

 何をして欲しいのか、何をしたいのか? 多分俺以外、何一つ聞いている人には伝わらないだろう。

 まったく。素直じゃないんだから。


『……はぁ、明日の夜七時、図書室のカギを開けておいてくれ。花子さんをそこから連れ出す。絶対に!』


 俺にはその言葉だけで、花子さんが何を言いたいのか十分伝わった。


『……うん』


 勝負は明日。何があっても花子さんを助け出す。



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