天井崩壊~スカイクラッシャー!
~天上崩壊、スカイクラッシャーの間~
奇妙な名前の最上階ホールだ。
「馬鹿な中二病の人が作ったフロアでさあ」
アリスはそう言う。
「けど・・・物凄い広くて・・・なんだか夕方が落ちてくるみたいだね」
もう、夕焼けの落下が始まっている。
壁も天井も全てが鏡張り!
まるで屋外のようで、本当に夕焼けが落下していくようだ。「スカイクラッシャーの間」とはよく言ったものだ。
「さあ、譲司くんは来賓客だから、ここね」
僕は”ユイ”の衣装を着替えて譲司に戻っていた。
「僕なんかがいてもいいの?」
「ええ、もちろん。そもそも、もう知っているでしょうけど、譲司くんも”御四家”なのよ」
僕の母は、幸綱の父親の妾だったという。
こんな大きな家系の生まれというのも信じられないが、すると妹はどうなるんだろうか・・・?
「一つだけ忠告するわ、譲司くん・・・”鏑木家”にだけは、逆らわないでね」
「鏑木家・・・確か、幸綱がいうにはBクラスだという・・・」
人をABCDで階級に分けるのが、この家だ。
「けれど、実際には鈴木家でも鏑木家にはあまり逆らわないわ・・・!」
「え? Bクラスなのに、あの鈴木家でも・・・?」
「あ・・・そろそろ迎賓パーティだわ! さあ、私は準備しないと・・・!」
「アリス?」
アリスは行ってしまった。
アリスでも恐れる鏑木家とは、どんな家なんだろうか?
”スカイクラッシャーの間”は本当に、今にも夕焼けが落下してきそうで、美しいけれどなんだか怖い。
コツン、コツン、コツン
靴音が鳴り響く。
(これは・・・?)
いかにも高そうなヒールの足音。
けれどそれだけじゃない、どこか懐かしく美しく・・・そして何故か恐ろしい程の気品に溢れた・・・
(どこからの靴音だ?)
周囲を見回しても、全面鏡張りで廊下も丸見えなのに誰もいない。
「譲司・・・久しいな」
見えないはずだ。
その声も、気品の溢れた一定のリズムの靴音も、全て天井から聞こえてくるのだから。
「君・・・あ、あなたは・・・?」
「ん? どうしたんだ、譲司・・・まさか、聞いてはいたが・・・」
ヴイイイインと駆動音が鳴った。
彼女は沈みゆく太陽の中から現れた。
いや、この『天上崩壊、スカイクラッシャーの間」がそういう風に見えるように作られているのだ。
「そっか、よく考えたら夕日は西に沈むはずなのに、東に沈んでいる・・・」
僕は考えた。
「マジックミラー重ねて、本物の夕日が反対側に沈むように見せかけている。そして、”本物の夕日”は夕日と同時に動く普通の鏡に隠されている・・・?」
「見事な推理力だ、流石・・・と言いたい所だが・・・」
それは燃えるような赤い髪の少女。
その瞳も、恐らく心も。
「本当に記憶喪失になってしまったのか・・・半分は私のせいで・・・残念だよ」
「あっ、あなたは・・・?」
その気高い少女は、聖フェランリス女学院の衣服を着ていた。
「覚えているよ・・・君を」
「うん? 私だけは覚えていてくれたか!?」
少女はぱっと顔を輝かせた。17,8くらいの年相応の女子のように。
「あ、いいえ・・・その記憶喪失とかじゃなく・・・ごめんなさい、僕は君の名前も分からないんだけど・・・」
「うん? なんだ、違うのか・・・?」
途端に顔を曇らせる。
「けど・・・僕は君から生きる勇気を貰ったんです。僕は病院のベッドで起き上がった後、自分がほとんどの記憶を失っていることが分かった。そして、とにかく学校に行ってみると、ネジちゃんっていう幼なじみの子だけは覚えていたけど、他の子の名前はみんな分からない。それに気づいたクラスメイトは・・・」
赤毛の少女の瞳が曇る。
「何故か、僕をボコボコに殴って蹴り始めたんです。要は”いじめ”です。記憶がないのにいきなりいじめられるって、僕は前に何をやっていたんだろう・・・人でも殺してしまったのかな、とか思ってた・・・”自殺”も少し考えましたが、妹の存在で踏みとどまりました」
「・・・そう・・・か。できれば聞きたくなかった・・・あの”七人調教”の譲司がそんな眼に・・・」
「けど、僕はある時・・・君を見かけたんだ。確か公園で・・・三日位登校拒否になっちゃってね。君はただ一人で優雅にサンドイッチと紅茶を飲んでいた」
「ああ、学校は別に意味がないからな。私の家は東大やハーバードに入れるまでの学問を10歳までで覚える習わしだ」
「そう、明らかに僕と違って、学校に居場所がないんじゃない! むしろ学校なんてどうでもいい、という雰囲気だった! 僕はそれを見て・・・」
「いじめに打ち勝った?」
「ううん、実は前から女装をしてみたかったから、やってみたんだ!」
プ、といきなり笑いだした。
「なんだい、それ。どうしてそうなるんだよ?」
炎の少女は、笑顔も気品がある。
「そもそもなんで男は女みたいにすね毛だらけで歩いてるんだろうって疑問があって、女装願望があったんだけど、君のおかげで決意が固まったんだ! まずすね毛とワキ毛を剃って・・・妹の通っている聖フェランリス学園の服を着てみて・・・少し窮屈だけど・・・一気に僕は僕じゃなくなった! 生まれ変わったんだよ!」
「・・・それで?」
炎の少女は聞く。
「・・・だんだん、なんで無抵抗で殴られなきゃいけないんだって・・・で、それよりさ・・・赤毛の憧れの人」
僕はそう言った。
「なんだね?」
「君の名は? いい加減で教えてよ・・・僕は君のせいで、君のおかげですっかり女装好きになっちゃったんだよ?」
少女はにこりと笑い。
「ユリアス。鏑木・ユリアス・ブリアンナだ」
「ユリアス・・・燃えるような君にぴったりだ・・・・」
ユリアスはつと前に出て、僕の頬を触った。
労わるようだが、少し哀れむように、
「三年前も、似たようなことをお前は言った・・・全く違う性格と言動だったがな・・・何も・・・覚えていてくれてないのか? 私たちはあれだけ激しく・・・物凄い夜を・・・」
「ユリアス!?」
「すまなかった・・・私は・・・いや、やはり私たちは間違ったことをしたんだ」
僕は信じられなかった。ユリアスの目に雫があった。
(この少女が、泣く・・・?)
まるで覚えてないが、滅多に泣くような人じゃないことは分かる。
「これでお詫びになればいいが・・・」
ユリウスは薔薇の花を摘むようにしぜんに、唇を寄せてきた。
「ん・・・あ・・・」
僕の口から女のような甘い声がする。
(キスって・・・こんなに気持ちいいのか)
今までアリスにほっぺたにキスされたり、下着越しに撫で合ったりはしてきた。ディープキスもした。
(けれど、ユリウスの本気で舌を絡め合うキスは、セックスに匹敵する・・・)
舌が絡むたびに電流が走るようで、身動きも取れない。
気持ちいいのか、辛いのかさえよく分からない程濃厚な口づけだった。
「あ・・・もう・・・ユリウス」
「相変わらず、可愛さは残っているな。嬉しいぞ」
「こ、こんな所をアリスに見られたら、ほんとに殺されちゃう! あ・・・ん、んんん。ふぁ・・・」
「フフ、あの時とは違い美少女のような声で・・・それに、そんな古典のライトノベルみたいなことが・・・」
どどっどどどどどどっどどどどどどどど、
凄まじい足音が廊下からした。
「じょーうじくーん!? ユリウスうう!? こ、これはどういうことをををををををおおおおオオオオオオ乎雄雄雄雄雄雄雄!!!!」
アリスが人を殺した後で、もう2,3人殺しそうな形相で突進してきた。調理用の包丁を持っている。
「ちゃああああんと説明しないと、ディナーの具に変えるわよおおおお!? 私は鈴木のカスを寝取って恥をかかせろとは言ったわ・・・けど、私を寝取りながら他にまで寝取られるなんて許さないとも初めの初めに言ったわよねえええええええ得得餌餌!? どおおおいうことオオオオオオ!?」
説明を間違えると、殺される。
僕は本気で思った。
死の恐怖!? 譲司の運命は!?