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ヘンタイエースに汗が凍る時

「私、こんなに男の人としゃべるの、幸綱くんが初めて! だって、お父様に『男としゃべるな』ってよく言われているから・・・」

  

 ま、僕は男なんだけどね、と心中で思う。


「ユイさんこそ、よっぽどのご令嬢なんだね?」

「まっさか。アリスちゃんの家からすると全然だよ! けど・・・さっきの話は本当なの・・・? アリスちゃんと上手くいってないって・・・?」


僕は”興味がありそうな表情”でそう言った。


「うん・・・許嫁って言っても、親の取り決めだしね・・・」

「なんだか、酷い男の子に取られそうだとか?」

「酷いってか、鬼畜だよ・・・大人しい奴と思ってたのに、あんな一面があるなんて、人間って分からないよね・・・帰宅部、成績も普通、なのにあんな鬼畜な一面があるなんて・・・」


「ふうん、おかしいねえ。運動もできて、お金持ちの幸綱くんなのに、そんな帰宅部の陰キャに・・・? けど、アリスちゃんみたいな優等生こそ、そういう駄目男に惹かれてしまうのかもね」


「そ、そうなの・・・?」


「ほら、清純派の女優が、どうしようもないクズ芸人と結婚するじゃない? 宮座愛が”南国キャンドル図”のヤマヤマさんだとか。夏野三沢が、”元猿川”の亜里吉だとかそういうの。アリスちゃんみたいな美少女も、駄目なクズに惹かれちゃうのかもね・・・・」


「やっぱり・・・」


「幸綱くん、ぼやっとしてるから、アリスちゃんもこう思ってるんじゃないかな?

『私に気が無いのかな』って」


「・・・・そうだったのか」


「けど・・・・私だったら、幸綱くんみたいな素敵な人・・・! 他の馬鹿男と比べたりしないなあ」


僕は悪魔のように言っていた。

窓ガラスに映る僕は、アリスにも負けないような美貌。

 肌の白さなんかはアリス以上で、スカートの裾から見える太ももも健康的だ。


「それは、どういう・・・」

「クスっ、幸綱くんたら、本当は知ってるでしょお? 私の気持ち・・・だって、こんなにドキドキしてるの、初めて・・・」

「ユイさん・・・」

「わ、私も生まれて初めてなのよ? お父様以外の男の人と、部屋で一緒になんて・・・けど・・・幸綱くんだったら、私も勇気を出してみようかなって思ってさ。だって、みいんなアリスちゃんのことばっかり好きになるんだもの」


 僕の口からは、”男に勘違いさせるワード”がスラスラと出ていた。

 なんせ、ずっとあのアリスと一緒にいるのだから、自然に身に着く。


「ユイさんが、僕を・・・?」

 幸綱の失われた自信に、少し力が戻っているようだ。


(そう・・・男は所詮みんな、『女にモテたい』ってためだけに動いているんだ)


 僕は冷酷に考える。


「あの時・・・体育倉庫で初めて会った時から、凄く恰好いい人だなあって・・・あんなはしたない所を見られたけれど・・・けど、幸綱くんみたいな清潔感のある人だったら・・・って」


「いや、まさか」


 そうだ。しばしば目にする「女は男の清潔感に惹かれる」というワード。

 それはつまり、男は内心では「清潔に見えるかどうか」を気にしているということだ。


「ねえ・・・えっちなことした・・・? アリスちゃんと」

「え?」


いきなり「えっち」という男が大興奮のワードを囁く。

しかもひらがなで、あざとく、可愛く、計算高く。


「ま、まさか!」

「へえー、やっぱり思ってた通り! 私も、婚約前にそういうことする人って大嫌いなの!」

「も、もちろん・・・」


『俺を好きか?』と思わせておいてから、『これは嫌い』と誓約で縛る。

 

(幸綱は、今おびえている・・・)

(自分に惚れているはずの”ユイ”から嫌われるかも・・・)

(この手の男ほど、承認欲求の塊・・・)

(スポーツ選手やアイドルは、『信者』に簡単にコントロールされる・・・)

(彼らを支えているものは、『信者からの支持』。それを失えば、ただの人以下・・・)


「ねえ、私・・・そんな男らしくない人や、約束を守れない人ってイヤだなあ。幸綱くんだと、そんなことないよねえ?」

「もちろん!」


「良かった! 思っていた通りの人だわ! ねえ、幸綱くん。結婚前にえっちするなんで、最低よ!」


 さっきから、あえて奴が言って欲しい「好き」というワードを使わない。

 逆に「これは嫌い」「最低」という言葉で、行動を縛っていく。


(そう・・・鈴木幸綱。お前はもう、”私”の言いなり)

(アリスを”僕”に奪われ、粉砕されたプライド。そこに自信を与えてくれそうな”私”が出現・・・)


「僕は、ユイさんの期待に応えるよ!」


(お前はもう、”私”の制約からは逃れられない・・・)

(”ユイ”にまで捨てられれば、お前はもう立ち直れない)


「えっへへ! いい”お友達”ができて良かったわ! けど・・・アリスちゃんには悪いけど、私はそれ以上になりたいんだけどね」


「え・・・」


「ねえ、幸綱くん・・・スゴイ筋肉だね」


”私”はそっと、幸綱の腕に触れる。

健康体そのものの上半身ごと跳ねてしまって、可愛いものだ。


「スゴイ、大きい!」


”私”はあえて言う。


「あっ、これは!?」

幸綱は股間を隠そうとする。


「スゴーイ、腕の太さ! 信じられない! あれれ? どうして、そんなに前かがみになってるのお?」


「あ、腕のこと!? ユイさんがそんなこと言うはずないよね・・・バカだな、俺」


「スゴーイ、こんなの初めて!」


あえて、”いやらしいことを連想させるワード”を囁く。

「こんなの初めて」

「大きい、太い」


男は女にこういう台詞を言って欲しくてしょうがないのだ。

”私”はその時、完全に幸綱の心を支配していた。


溺れていた。

他人を支配する愉楽に。


「そんな鬼畜男に寝取られちゃうアリスちゃんがいいの?」

「いや・・・けど、許嫁だし」

「ねえ・・・私、なんだかシャクだなあ、幸綱くんみたいな立派な人が、そんな鬼畜男にいいようにやられるなんて・・・私だったら、もっとキミを大切にするよ」


「う・・・・」


奴のプライドが「不倫したい」「アリスに復讐したい」という天秤の傾きに近づく。


「そんな鬼畜男より・・・」


けど、幸綱はいきなり真顔になった。

「そうだよね・・・所詮、”Cクラス”と”Dクラス”同士がテキトーにNTRをやってるだけなのに、”Aクラス”の僕が気にするなんて、バカだったよね」


それは、路上の蟻に対して言うような冷たさ。


「え・・・・?」


驚いた。


「いや、やっぱりなるべく優しく、思いやりを持とうとしていたけど・・・”Cクラス”のアリスさんが、あそこまで僕を蔑ろにするんなら・・・”Dクラス”の譲司くんも、僕が『昔やったこと』を少し気にかけていたんだけど、お人よしすぎたよね・・・」


汗が、凍った。

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