限界と救済
ずっと皇帝としているのも辛いだろうし、たまには旅に出てはどうでしょう?
クミルティアからそういう提案をもらったのはどれぐらい前か。
それ以降、転生するたびに皇帝をやるのではなく、たまには旅人として世界を巡るようになっていた。
それにより世界の問題点をより知ることが出来る。やはり宮殿にいただけでは分からないことは多いのだ。
また皇族に生まれ変わることは決定しているようで、旅人と言っても身分は皇族。
金はいくらでもあるし、皇帝もそれを配慮するよう制度として認めていた。
この息抜きというか、諸国漫遊のおかげで狂わずに済んでいると思う。
常に皇帝などやっていたら恐らく100年も持たずに狂っていた。
あれから何年経ったかは年号を見れば分かる。
今は「メイル暦352年」
メイルというのは龍姫の元の名前。
帝国に多大な貢献をした龍姫に因んで名付けられた。
元々帝国はなにか大きなことが無ければ暦を変えない。
支配権が帝国本国では無くなり、公国制度が廃止されたことにより暦は変わったが、それ以降350年、暦を変える必要がなかった。
それは以前の帝国暦もそうで、400年近く年号が続いた。
つまり帝国としては700年以上続いていることになる。
驚異的に長く続く帝国だが、既に完全に形骸化していてまた戦乱が起きようとしていた。
その戦乱を収めるために今は放浪人として各国を周り様々な情報を仕入れている。
そして次の転生では皇帝として仲裁にはいる。
もうそれを何度も繰り返している。
「実質的な不死。もっと地獄を味わうと思っていたが」
死ねない苦しみはあるのだろうと思っていた。
身体は生まれ変わっても心は老いる。
聖女はそれに苦しんでいたし、龍姫もそうだった。
しかし私に関しては、「疲れたら旅に出て好きに生きる」選択肢が出来たことで心の老いを留めることが出来たように思う。
旅人としてナンパしたり、時には兵士に混じって山賊狩りもした。
そういう経験が、皇帝としての役にもたった。
名誉職ではあるが、仲裁の役目は未だに重要。
今向かっている所は久しぶりに訪れる場所。
「ぐーーーーーー」
目の前で呑気に寝ている女性。
ここは龍姫を称える目的で建てられた建築物。
初めは純粋な博物館、美術館だったのだが、いつしか目的が変わり、各国の名物料理が食べられる巨大なレストランに変貌していた。
皆は食事をしながら、龍姫達の肖像画、像、プレートを眺める。
その一角の特別室。
決められた人間しか入れない。
そこに眠っているのは龍族エールミケア。
今この世界で活動している龍族は彼女しかいない。
その彼女は基本的にはこの部屋で眠っていて、目を覚ますと食事をしまくる。
そんな生活をしていたのだが
「エールミケア」
私が呼びかけると必ず起きてくれる。
今回呼びかけたのは20年ぶりだったが
「……はにゃ?」
目覚めた。
そして目をこすり
「……あー。今のお名前は知りませんが、リグルド様ですかー?」
「ええ。お久しぶりです。クミルティアに会いに来ました」
「そーですか。どーぞどーぞ」
クミルティア。
側室にした唯一の龍族。
彼女は100年以上前に眠りについた。
それから転生の度に会いに来ていたのだ。
クミルティアは地下の寝室で眠っている。
本来人間はそこに入れないが、特例としてエールミケアの付き添いで会えるようにしてくれていた。
「もう350年経ちました。頑丈な建物ですね」
未だに最先端と呼ばれるような技術とセンスで作られているこの建物。
外観はヒビも入っていないのだ。
「まあ1000年は余裕で持つように。ってフェルラインさんが張り切ってましたからねー」
エールミケアは立ち上がり、私の手を握ると
「いきまーす」
その瞬間、冷たい空気と濃密な蜜の匂いを感じる。
瞬間移動したのだ。
ここは寝室。
エールミケアの案内でその廊下を通る。
『カリスナダ』
『ユレミツレ』
『テルネイト』
名が飾られたプレートを通り過ぎ
『クミルティア』
その扉は触る前に勝手に開いた。
「どうぞー」
エールミケアの声に、中にはいる。
クミルティアの寝室に入るのは、本人から許可をもらっていたのだ。
眠りにつくと言われた時に半狂乱になった。
普段は冷酷と呼ばれるような男なのに、数百年共にした同士と離れ離れになるのは耐えきれなかったのだ。
だから
「エールミケアさんにお願いしておきますから。眠ってますが、会いにきてもいいですよ」
と言われ、その言葉に甘えて来ている。
クミルティアはなにも変わらない姿。
少年のような出で立ちに、仄かな色気。
こうやって見るだけで心が安らいでいく。
「本当に好きだったんですね」
何気なくエールミケアが言う。
好き。そうなのだろうか。本当に人を好きになれたかどうかも分からない。
だが、迷惑をかけても会いにくる程度には執着がある。
「本人からは迷惑だから控えろと怒られそうですが」
クミルティアの寝顔をずっと見ている。
ようやく心が落ち着き
「ありがとうございました」
「はいはい。それでは帰りましょうか」
エールミケアが部屋から出る。
思わず
「あなたは、あとどれぐらい地上にいれますか?」
私が呼びかけないとずっと眠っているようだ。そのために無理に地上にいてくれる。
「もうそろそろですね」
その言葉に胸がつまる。
エールミケアが眠りにつけば、クミルティアには会いにいけなくなる。
「流石に私がいなくなったら勝手に入るのは無しなので」
それはそうだろう。
なにをされるかも分からないと判断するのは当たり前。
「正直もう神様に赦してもらったらどうですか?」
赦してもらう。
「そんな生き地獄、いつまで続ければいいんですか? 守ろうとした物はとっくに失いました。リグルドだった頃の神教は崩壊した。皇帝として生まれ変わっても帝国を守りきれなかった。神から『代わりにこれを守れ』と押し付けられ、何百年も生きている。愛する人にも会えなくなる。もう生きている意味ってなんですか? 私から見たら相当キツい状況ですよ? なんでこの人狂わないんだろーなーみたいな」
生き地獄か。
端から見たらそうなのだろうが。
「これが私の生き方なので」
押し付けられたと言ったが、帝国崩壊を提案したのは私だ。最悪の中の最善を探し続けた。
そういう生き方しか出来ない。
エールミケアはつまらなそうな顔で
「化け物ですね」
化け物。
龍族という、人間からしてみたら化け物のような存在に言われ、少しおかしくなる。
「死にたかったら責任もって殺してあげようと思いました。転生体候補皆殺しにすれば流石に神も諦めるでしょう。でもそれを望まないならば別にいいです。私はこのまま眠りにつきます。おやすみなさい。リグルド様。もうお会いすることも無いでしょう」
これが最後。
真っ先に思い浮かんだのは
「……なら、最後にもう一度クミルティアに会わせてください」
「……ええ。存分に」
そのままクミルティアの部屋に戻り迷う事無くクミルティアの唇に口づけをした。
口づけでなにか反応は、という期待もあったが、クミルティアは全く動かない。
ただ体温は暖かい。
そのままクミルティアを抱きしめ
「……帰ります」
「はい。送りますね。それではご機嫌よう。リグルド様」
クミルティアを抱きしめていた姿勢のまま、地上に送りだされた。
そこから動く気力もなくなり、街の中の宿屋にしばらく泊まる事にした。
クミルティアのいる場所から動きたくない。
そんな気持ちだった。
(……どうせ仲裁は次の転生だ。今回の身体ではこのままこの地で共にいよう……)
こういう「なにもしない」時があったから心の老いを止めて来られた気がする。
強い脱力感と共に、深い眠りについた。
『もういいか』
光の塊。
恐らくは神。350年ぶりに見た。
それに答える気力もない。
『お前はよくやった』
神に褒められたのになんの感情も湧かない。
ああ、その時にやっと気付いた。
クミルティアから離されて、心が折れたと。
心の老いはとっくに浸食されつくしていた。
辛うじてクミルティアの存在と言葉で、生き残っていただけなのだ。
『神の眷族は不老不死だ。だが人間は弱い。それに耐えきれない。だがお前は本当によくやった。350年信仰を守り通した。リグルドの頃からすれば500年だ。この500年の信仰の力、必ずや役にたてて見せよう。それでだ。ここまで努力したお前に一つだけ褒美をやる。なにがいい?』
褒美。
それに、なんの迷いもなく。
「クミルティアと共に、真っ白に、眠りたいです」




