皇帝の死
皇帝から実権が無くなり、帝国がアラニア公国の王だったエウロバに引き継がれてから五年。
皇帝は15になり、成人扱いとなった。
この事により皇帝に改めて実権を渡そうと考える勢力も現れたのだが、大きなうねりにはならなかった。
理由は皇帝そのものが信仰の旗印になってしまい、ただ祈るだけの存在になったから。
今では公務に出るのは年に数えるほど。
帝国民からは人気が高いが、元公国の王達からは
「陛下のご病気は中々良くならないそうな。また御無理をさせる訳にもいくまい」
と慎重な意見が強く出ていた。
既に公国の解体は始まっている。
元々アラニア公国と仲の良かった国から順次公国制度の廃止を進めていたのだが、大きな混乱は起きていない。
親アラニア公国勢力からやっているので大きな反発もなく、公国制度を廃止したところで、王や貴族達は引き続き尊敬される立場を維持される。
これを見て、反アラニア勢力も段々と受け入れるようになっていた。
とは言え、女性であるエウロバに従うことに反発する人間も多い。
元々は皇帝が15になれば動くとしていたのだが
「……地位はしっかり保証されるのだ。陛下のお子様でも構うまい」
と子供の成長を待つことになった。
皇帝の子供は既に50人を超えている。
側室は全員孕み、既に何人も産んでいる者もいる。
その中で男子の数も多いし、聡明な子が多い。
何人かの人々は
「……先帝がもしこれだけの子を残されていたのなら、こんな事にはならなかったのにな」と嘆息した。
先帝は身体が弱く、子に恵まれなかった。
そのため弟の子を跡継ぎにしたのだが、帝国の滅亡はこの先帝の時代に決定的になっていたのだ。
皇帝は身体が弱く実務は途切れ途切れ。
子がいないので後継者問題は紛糾し、治世は荒れた。
またエウロバの父テディネスが帝国の一員でありながら、同じ帝国内の国を攻撃して荒らし回っていても有効な対策を打てなかった。
帝国本国はなにもしない。ならば単に無駄に金を収めているだけではないか?
と公国達の反発をかってしまい、崩壊に歯止めがかからなくなった。
もし若い頃にこれだけの子が先帝にいれば、体調を崩した段階で子に譲るという選択肢もあった。
現に弟達に譲ろうとしていたのだ。
その弟達が全員断ったので、仕方なくやっていたのに過ぎない。
しかし今は違う。これだけ子がいればいずれ引き継げる子もいるだろう。
また多すぎるために起こるであろう後継者問題に関しても、正妻であるサザリィの子、側室内で一番初めに産まれた子である長男アリムレイバが飛び抜けて優秀。
将来が期待されており、今実権を握っているエウロバもアリムレイバを甘やかして接していた。
そのエウロバは後継者を
「公国制度を廃止するのだ。その公国の名残で後継者指名するのはおかしい」
と自国からではなく、隣国の王子セルデァを指名した。
セルデァの聡明さは他国に響いているし、アラニアと隣国は仲がいい。
その指名も納得はされた。
アラニアだけで後継者をまわすだけではない。という宣言も反アラニア勢力が戦いを躊躇う理由。
そのままにしておけば、次は自分達が指名されるかもしれないのだ。
「アラニアは気に入らないが、今立ち上がっても」そんな空気のまま流れる平穏。
そんな中、一部の貴族達に流れた噂話。
「陛下が重病らしい。起き上がれないそうな」
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帝国が実質崩壊して五年経った。
五年も経ったのか、というのが実際の感想。
もう記憶は連続しないのは当たり前。
こうやって目覚める事に大きな安堵をする。
「……あ、エリス。おはよ……あ。リグルド様か」
クミルティアが側にいてくれる。
「あれから何日経ちました?」
最後に目覚めた日から何日経った? と聞いたのだが。
「20日でーす」
20日か。今までで一番長い。
そしてそのダルい身体。
「酷い有り様ですね」
「そーですね。やっぱりやり過ぎって良くないんですよ」
その言葉に頷く。
性病にもかかったらしいが、それ以上に身体の異常が酷いらしい。
リグルドの時もエリスの時も女を求めすぎ、こうやって病気になった。
それでも痛みはないだけ良いのだが。
「……このままだと死にそうですね。エリスは?」
もう彼は8つぐらいの精神年齢。今の状況も理解出来そうだが
「いえ、もうダメですねー。快感しっちゃった猿状態。歯止めなんてありませんよ」
こんな体調でまだしているのか。
「……側室達は? 怯えていませんか?」
「いえ、もう全然。だって正式な側室は40人。それに侍女達もいるんですよ。毎日一人とやったとしても一月は間が空くんです。側室達は『元気ですね』と喜んでいますよ」
それもそうか。四十人を一人で相手にしているのがおかしい。
しかし歴代皇帝はそれぐらいの人数の側室がいたのは当たり前だが。
「性交のし過ぎで死ぬ。まあ、リグルド時代の禁欲の反動かも知れませんね」
「極端すぎますねー。しかしエリスはともかく、リグルド様は怖くないですか? 死ぬの?」
死ぬのが恐くないか?
「怖くはないわけがない。リグルドが死ぬときも泣き叫びたい気持ちでした。それでも死ぬときは死ぬのです。当たり前の話です」
自分の身体だ。状態はよくわかる。
そのため遺書をしたためた。
後継者は正妻の子アリムレイバ。
皇帝はあくまで名誉職として、アリムレイバも同じようにすること。
既に新教団は軌道に乗っている。
元神教の信徒達は軒並み乗り換えた。
あくまでも腐った組織を解体した程度にすぎない。そんな形になったから乗り換えやすかったらしい。
遺書を書き終えた段階で酷い脱力感に襲われる。
「……陛下」
クミルティアが支えてくれるが
「……お別れ、ですね」
どんどん意識が去っていく。
エリスに身体を取られる時とはまた別種。
ああ、死ぬんだ。今度こそ本当の死。
生まれ変われば、また天に返るのか。
また全ては無になるのか。
そう言えば『神』に呼び出されるまでの死んでからの100年の記憶は全くなかった。
恐らく基本的には『無』になるのだろう。
転生してなにを為したのか?
曖昧な結果しか残せなかった気がする。
だが、『神』は満足してくれたようだ。
何回も語りかけてくれたしな。
暗い。
気がつけば、暗いところにいる。
ここはなんだろう。『天』ではないだろう。
無になったのか。
だがなにかが変だ。
動きが不自由。
動かそうとするが思ったように動かない。
まるで何かに繋がれたように……
目も開かない。
呼吸をしている自覚もない。
だが意識はある。
そして、突然。
眩しい光が目の前を照らした。
あまりの眩しさにクラクラする。
そして
『あれ? 泣かない』
『大丈夫ですよ。たまにあることです』
音が反響する。
そして突然お尻に
『バシンッッッ!!!』
強烈な痛みが起こり
「アンギャャァァァアアアアア!!!!」
自分が泣き叫ぶ声でやっと気付いた。
赤子に転生した。




