ティルディア神聖帝国最後の日
「遠距離会話装置でエウロバと話し合います」
「分かりました。すぐにご準備致します」
扉の向うに話しかけると、エールミケアがすぐに反応する。
ラウレスと侍女達との乱交で少しスッキリした。このタイミングで色々決めないといけない。
「性欲の加減が凄かったからな」
あれは今夜もああなりそうな予感がする。
先に色々片付けておかないといけない。
「失礼します。陛下」
エールミケアは装置一式を持ってきてくれる。
「エウロバにはこれから通告しますか?」
遠距離会話装置は魔法で会話するものだが、制限も多い。
こちらが会話を望んでも、相手が気付かなければ会話ができない。
「もう大丈夫です。いつでも始められてください」
「エウロバ、聞こえますか?」
『ああ。よく聞こえる。先に聞きたいんだが、サノバビッチがそっちに行ったろう?』
サノバビッチ。
なんの話しだ? と思ったが
「……ああ。まさか、神の話をしています?」
『ああ。そのサノバビッチだ。私のところにも来た。引き続き崇めろと脅しに来たよ。別にそれでいいとミルティアも認めた』
エウロバの元に行った。
なにか意外な感じもする。
「神も不安になるのですね。もっと大らかで適当だと思っていたのですが」
必要なこと以外はやらないと思っていた。
エウロバの信仰はそんな念押しをしなくてもなんとかなったと思う。
そもそも今の信仰心からしてほぼ無い訳だし。
『文句の一つも言いたくなったそうだ』
ああ、そっちか。
『それで? 退位の話か?』
「ええ。ヘレンモールが捕らえられ、私が逃げている状況では反アラニア派はなにも出来ない。速やかに物事を進めましょう。新しき宗教の話は後回しです。混乱を収めるために私は退位する。ただし、ここで皇帝の地位を完全に剥奪すれば混乱は当然起こる。まずは皇帝の地位の形骸化です。なんと呼ぶかは議論がありますが、現公国の王が選ぶ者に執権を委ねる。現公国の王は、王の立場は失うが、この選挙権は引き続き保持する」
『ああ、それでいこう。新宗教の話は必ず協力すると誓おう。まずはこの歪な帝国を一つにする』
ティルディア神聖帝国。
元は南国の小さな国。
周辺にある小さな国達は困っていた。
小さい国では大国に対抗出来ない。
大国からの武力の圧力に、際限なく従うしかない。
そんな最中、一つの国が「我々はまとまろう」と呼びかけた。
例え国は小さくとも、皆でまとまれば大国にも対抗できる兵士になるんだと。
それに賛同した五つの国。
そのうちの一つが、後の帝国を作り上げるティルディア王国。
連合国は五年に一回王達のみで選挙を行い、多数決でリーダーを決めていた。
そしてその三回目の選挙の時に決まったリーダー。
ティルディア王国の王。当時はまだ13歳。
だがそのカリスマ性は抜群だった。
この小国の連合国のトップ。
この王から全てが始まった。
何故帝国は巨大なのに、その本国は小さいのか?
それは侵略戦争などしなかったから。
「連合国に入れ」
そう言って周りの国々を巻き込んだ。
連合国に入る気も無かった大国に対しては、その一人娘をメロメロにして連合国に組み込んだ。
そしてその連合国を「帝国」に呼び換え、勢力はどんどん広がっていった。
交渉だけで一大帝国を作り上げてしまった天才。
そんな天才が残した帝国。
それは四百年近く残った。
だが
「帝国を終わらせます。龍姫、ついてきてください」
帝国の最後。形あるものはいつか終わる。
この歪な帝国は限界を迎えた。
まさか初代皇帝も、この状態で何百年も続くとは夢にも思っていなかったはずだ。
何度か帝国統一の気運はあったはず。
だがそれは為せなかった。
その結果が今。
「いつか、私も消える」
既に一度死んだ。二度目の死はいつか。
それが来るまでは、生き足掻く。
ティルディア神聖帝国は無くなることは規定事実となっていた。
エウロバのクーデターにより皇帝は首都の神都から逃亡。
反アラニア公国派の主柱であるヘレンモールは捕らえられた。
この状態では帝国としての治世は不可能。
エウロバは各公国の王達を遠距離会話装置で繋ぎ、会議を開くことにした。
目的は帝国統一の宣言。
帝国はアラニア公国により乗っ取る。
ただし、単純な乗っ取りではない。まず現皇帝はこのまま生かし、残す。
権限はなくあくまでもお飾りとなるが、帝国としては存続となる。
ただエウロバの目的はあくまでも統一。
公国制度の廃止が目的となるので、そこで大きく揉める事になった。
「公国の制度廃止となれば、王や臣下はどうするのか?」
当然の疑問。
それにエウロバは
「私は不老不死でも、すべての人間に好かれる存在でもない。今ここにいる王達に選挙権は引き続き与える。投票の結果には従う。まあそれは次に選ばれたやつもそうなるがな」
それに一斉に不満の声があがる。
本当にそれが為されるのか。
そもそも帝国はこの選挙制度を約束を守らず途中で廃止したりしていたのだ。
「信用出来ないなら仕方ない。別に武力でひねり潰してもいい。だが全面的な戦争は避けたいと私も様々な努力をしてきた。だがもう良いだろう。帝国はあの名帝に率いられても崩壊は止められなかった。それが答えだ」
『陛下はまだ幼少だ! その幼少な陛下がこれだけの政治をされた! お前が邪魔をしなければ、帝国はまだ滅ぶことはない!』
一人の王の叫びをエウロバはつまらなそうに聞き
「無理をさせすぎた。私も今の陛下があの状態で治世を続けられれば、とも考えてはいたが。陛下の病の事は伝えられているだろう? あれは嘘でもハッタリでもない。証言通りだ。突然幼くなり、この私に抱きついて甘えられたりもすることがある。あの年齢に、この崩壊状態の帝国を背負わす事は無理がありすぎたんだ。少し休めば良くなるかもしれない。だが現状ではとても政治が出来る状態ではない。龍姫がすぐに陛下を移動させて匿っているのはそういう理由だ。また龍姫からも、今の陛下はとても政治に携われるような状態でないと連絡を受けた。証言もしてくれるそうだ」
『ざわっ、ざわっ』
遠距離会話装置から響く戸惑いの声。
公国制度廃止は各国の王にとっては簡単に呑める話ではない。
だが皇帝は幼く跡継ぎは当然いない。
その皇帝が治世できる状態ではないとなると、簡単に反対もできない。
「だが、陛下は陛下としていてもらう。政治からは遠ざけ名誉職にするのはそういう理由だ。病が治れば選べばいい」
エウロバの言葉に
『それには反対をしない。今までもエウロバが幼少の陛下を支えて政治をしていた。今回問題になるのは公国制度の廃止だ』
王の意見にエウロバは薄く笑い。
「そうだ。今、皇帝が政治が出来ないどさくさに紛れて悲願を為そうとしているわけだ。別に陛下が政治が出来ないから公国を廃止しましょう、という提案ではない。陛下が政治出来ない状況でお前ら逆らうのか? というのが近い」
それに黙る王達。
エウロバの提案は横暴。
そのまま受け入れる謂われもない。
しかし
『我々は元々アラニア公国とは敵対していたから当然反対する。だが親しかった国々よ。この内容でそれでもアラニアに従うのか?』
一人の王の問いかけに
『メタ公国のアイクロウです。その問いかけに答えます』
メタ公国。
かつての強国。
だがアラニア公国に敗れ、その後アラニアの友好国として様々動いていた。
アイクロウは今の王の母親。
まだ子は幼く実権は母であるアイクロウが握っていた。
『公国制度は廃止になる。つまり王としての治世はなくなる。私の子も王では無くなります。しかしそれ以外は大きく変わらない。私兵は持てるし、貴族として領地も確保できる。また皇帝を選ぶ選挙への参加権もある。正直公王としてあった実権の半分程度を返すイメージです。メタは特にそれで困ることもありません。混乱も無いでしょう』
アラニア公国が帝国内で支配的な勢力になった理由がこのアイクロウ。
彼女が一貫してアラニア公国につき、様々な助言を行っていたため、アラニア公国の味方は増えていた。
(……この女もくせ者だが)
エウロバは黙ってアイクロウの話を聞く。
口を挟む意味もない。
アイクロウはエウロバの父であるテディネスに犯された事がある。
テディネスは生前
「再婚するならばアイクロウ」と言うほど気に入っていた。
聡明で誇り高く、それでいながら無様なぐらいにテディネスに媚びへつらう女。
そんなアイクロウをテディネスは気に入っていて、多くの贈り物や物資を送り込んでいた。
それによりメタ公国は蘇り、かつての強国を取り戻していた。
それはテディネスが亡き後もその支援は続いている。
アイクロウは代わったばかりで幼いエウロバにも丁寧に接し、決して無礼は行わなかった。
だが、それとなく駆け引きはしてくる。
テディネスがまだ監禁状態の時は解放させることを匂わせたり、テディネスが亡き後は、その隠し子を匂わせたり。
そうやってアラニアから支援を引き出していた。
エウロバから見れば頼もしい味方ではあるが、いつ裏切るか分からないくせ者でもある。
「そういう事だ。あなた達はいきなり平民になるわけでもない。名前の呼び換えに近い。だが、これだけは言っておく。今までも貴族は私兵を抱えていた。同じような規模の私兵は許すが、今の規模の兵は無い。兵権は基本的に無くなると思ってほしい」
遠距離会話装置からざわめきが収まらない。
そしてそこに
「龍姫と陛下が来られた。言葉をもらう」
エウロバの発言に皆が黙った。
「エウロバの言うとおりです。今の陛下の状態は政治に関われるような状態ではない。情緒不安定になる回数が増えています」
龍姫の言葉に
「しばらく祈りだけさせて欲しい」
という皇帝の言葉。
それに各国からの反対の声は上がらなかった。
皇帝を名誉職にする。そして公国制度を廃止にする。
その2つは龍姫と皇帝が立ち会いの元、正式に決められた。
実質的に、ティルディア神聖帝国はこの日崩壊した。




