『神』の語り
『しっかし、くそ生意気な女共だなー。黙って崇めることも出来ないのかー』
光の塊は少し浮かびあがりエウロバを見下ろす。
「……なんで今までマトモになにもやらなかったのに、突然暴れだした? リグルドが蘇るまでは全く放置していただろうが」
エウロバは辛うじて声が出る。
恐らくコイツが『神教の神』
感覚で理解できてしまう。
人ならぬもの。聖女ミルティアや、龍姫ともまた違うプレッシャー。
ただならぬ圧力を浴び汗をかく。
『本来お前に説明する義理はないが良いだろう。お前には引き続き私を崇めてもらうからな。なんで今まで? と言われても必要無かったからだ。なにもせずとも信仰の力は流れ込んできた。聖女が現れても信徒達は自らの努力で信仰を守った。聖女のように制限なく救いの手を差し伸べるわけにはいかない事情がこちらには元々あったのと、手を出したところで。というのもあった。現にリグルドを送り込んだところで、いきなり事態は変わったりはしなかった。帝国は守りきれない。神教という組織も解体せざるを得ない。その中で宗教を変えて生き残るという妥協案に辿り着くのが精一杯。リグルドがいなくともそうなったかも知れない。だがリグルドはよくやった。少なくとも私はリグルドを送り込んだ時点で、こいつなら上手くやるだろうと安堵に満ちていた。この安堵の心をもたらしたのが、リグルドの功績だ』
長い台詞を一息で語られる。
エウロバはその言葉を解釈しながら
「……介入は意味がないか。それは賛同するがな。だったらなんで姿を表した?」
『流石に文句も言いたくなったからだ。本当にドラゴンといい、メリュジーヌの娘といい、私の邪魔を的確にしてくる。やつらが余計なことをしなければ私の信仰は脈々と受け継がれたはずだ。そしてそんな人外に振り回される女。まあお前にもドラゴンの血は流れているから仕方ないが。本当に厄介。龍姫を殺しておけばこんなに悩む事は無かったのかもしれないが。だが、それをしたら聖女に支配されていただろし。やはり介入は無意味だったんだろう』
光の塊はピカピカ光ながら漂う。
『今この世界で聖女の影響も、龍族の血も受けていないという奴がどれほど残っているのか? 龍族の血はどんどん拡散されている。血は薄くなっていても、エウロバ。お前のような存在を生み出す。私は寛大で大らかだ。信仰心を維持するならば無礼も許そう。お前もだ。私を崇めるならば許してやる』
光の塊がエウロバに近付いてくる。
「サノバビッチ、質問はまだある。あれだけの信徒が祈って、願いを叶えて来なかった。それなのにまた祈ってもらおうなど厚顔無恥とは自分で思わんのか?」
エウロバの問いかけに、光の塊は笑うように震え出す。
『願いを叶える? 聖女のようにか? 即物的に願いを叶えることが人間の幸せか?』
光の問いかけに戸惑うエウロバ
『私は人間ではないから知らん。だが人間に必要なのは即物的な願いを叶えることではないだろう。必要なのは指針だ。生きるために、自ら道を切り開くための指針だ。それを与えたのが私だ』
胸を張る光の塊。
『お前もそうだろう? 聖女に願いを叶えてもらおうとすり寄っているのか? 違うだろう? 聖女はあくまでも友人。自ら道を切り開くと意気込んでいる。そんなお前ならば分かるはずだ。超常の存在にすり寄って、媚びへつらい生きるのが望みか? それが幸せか? それが人間の本質だと言うならば、こんな信仰が何百年も続かなかろう。私は導く教えを定めた。それ以外手出しなどしない。後は勝手に人間が闘い、祈っていく。あの四神女がそうだった。あいつらは無念を抱えてはいたが、誰一人私を信仰したことを後悔していなかった。リグルドに仕えたことを後悔していなかった。それが答えだろう。人は自分の意思で立ち上がり、自分の意思のままに生きる。だが、それを導く存在は人間では不可能だ。そのために私がいる。私が導いてやろう。だが、決めるのは人間だ』
エウロバは光の塊を睨みながら
「……自分はなにもしない。だが、祈れ。崇めろ。都合がいいな」
吐き捨てたエウロバの台詞に
『そうだ。その仕組みを作り上げたから私は偉大なのだ』
光の塊は段々と小さくなっていく。
エウロバは既に剣を下ろした。
「サノバビッチ。言いたい事は理解した。これからも手は出さず、ただ見守るだけ。決めるのは私達だと。ならば従おう」
『そうするといい。別に聖女との絶縁も求めぬ。今まで通り好き勝手に生きればいい。だが、神教の信徒は新しき教えをそのまま崇めるようにはしろ。それだけだ。信仰心が変わらないならば、私は極めて寛大だ。元々信仰心の無かったお前にも多くは求めぬ』
光が揺らいでいく。
『ついでだ。リグルドに会ってくる。じゃあな、【ビッチ】』
光はかき消えた。
「……ビッチの発音が違う……」
エウロバはそのまま座り込む。
「エウロバ様! 大丈夫ですか!?」
座り込んだエウロバに将軍が駆け寄るが
「大丈夫な訳ないだろう。『神』と会話したんだぞ。というか、妖精か。元大妖精の化け物と対話したんだ。そら疲れるわ」
そして手を振り
「ミルティアと会話をする。部屋から出ろ」
「しかし! またあの光弾が来ましたら……」
将軍の言葉に苦笑いし
「もう来ないだろ。何度も来るほど余裕があるようには見えなかったしな」
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なんとなく予感はしていた。
『リグルド、よくやった』
光の塊。
私を天から蹴り落とした者と同一。
リュハと抱き合って寝ていたら突然現れたのだ。
リュハはそのまま寝ているのだが
「……裸で……申し訳ありません」
『別にいい。私は人間の裸体が嫌いな訳ではない』
光の塊。
しかし、天で会った時はもっと幼い感じがしていたのだが。
今は落ち着いた話し方をしている。
『こっちの方が、神っぽいのか? と思ってな』
口に出すことなく読まれていた。
「……お好きなように語りください。口調程度で信仰心は変わりません」
目の前の光は瞬き
『信仰心ねー。お前はどこまでも頑なだねー。誰にもお前の本心は分からない。神など信じていないのに、必死に神に祈っていた。そういう人間もかつていたが、お前ほど徹底していた人間はいない。そういうお前だから頼める。新しい信仰の頭となれ。また導け』
「かしこまりました」
それを伝えにきた。
だが違和感もある。その程度のこと言われなくてもやるのは分かっているはずだ。
『その通りだ。お前には伝えないといけない事がある。もうお前に語りかけることは二度と無い。夢で繰り返すこともない。その魂に刻め。まあ、忘れる心配などはしていないが』
光の塊は顔の間近に来て
『新たな教義は、全てお前が考えろ』
光が頬を触る。
想像していたのとは全く違う、生暖かい感触が顔を包み込む。
『神の口付けだ。光栄に思え』
光に包まれる。
そしてそのまま消え去った。
『新たな教義は全てお前が考えろ』
「……本気か」
わざわざ伝えに来たことはそれなのか。
いや、確かに伝えて貰わないと勝手に判断して作り上げるものでは無かったんだが。
「……どこから予想されていたのか。全ては計画通りとかか?」
それはない。
なんとなく思う。
本来は帝国を守りきること。次点は信仰をそのまま守りきる事だったはずだ。
だがそのどちらも不可能。
どちらも限界。なれば新しく興すしかない。同じ神を崇める教えを。
そんな妥協案。それならば私以外にもたどり着けたはずだ。
しかし、新たな教えと言っても教義をどうするか?
それは並みの人間には不可能。
「神を信じていないのに、必死に祈る私だから出来ること、か」
確かにお似合いだ。
ならば考えよう。
新しき教えを。
そのためにも
「茶番劇を終わらせますか」
もう帝国は終わりでいい。
問題はその後だ。
元皇帝が新しい宗教をやるという不自然さ。
それをやらないといけない。
そのための茶番劇。
「なに、やろうとしたことは大して変わらない」
そのまま横で寝続けているリュハを抱きかかえた。




