ミルティアとタチアナの喧嘩
「タチアナさん!!!」
ミルティアが慌てた顔で駆けつけていた。
「ごめーん。油断したー」
苦笑いをするタチアナ。
タチアナは戦場にはいたが、前線ではなく安全な陣のど真ん中にいた。
そこで指揮をとっていたのだが
「お兄様の子だけあるねー。お兄様そっくりだよ」
朗らかに笑うタチアナに、顔を暗くするミルティア。
お兄様。
タチアナには兄がいた。
病でずっと倒れていて、死ぬ直前に兄の仇討ちのため帝国に殴り込んで討ち死にした。
兄には子はいなかった。そういう事になっていたが、娼婦との間に出来た子供がいたのだ。
タチアナはその子を確認しだい保護をしたが、すぐに脱走した。
母から「お前の父は妹に騙されて殺された」と吹き込まれて育てられていたのだ。
誤解を解こうと何度も捕らえ話し合おうとするが、そのたびに脱走。
そのうちタチアナも面倒くさくなり
「面白い!!! それこそが! お兄様の子だ! 私もお前を殺すつもりでやってやる! 全力で来い!」
と殺し合う仲になった。
その子の名はアルバラ。
少女だが少年のような出で立ちをしており、今回は兵士に混ざってタチアナを襲撃した。
「……アルバラはどうされました?」
「さっすがにお仕置きしたよー」
それに溜め息をつくミルティア。
タチアナは余裕のように振る舞うが、実際はタチアナは死にかけたのだ。
聖女ミルティアが全能力を使い切り、ようやく一命をとりとめたというのが実情に近い。
死にかけたタチアナが飄々としているのは、このままではアルバラが殺されるから。
タチアナから見れば、尊敬する兄の一人娘なのだ。どうにか和解したい。
話し合いたい。
この状態で殺したくはない。そのために大袈裟にしまいとしているが
「タチアナさん。無理です。アルバラを速やかに殺しなさい」
それにタチアナは真顔になり
「断る」
二人は睨み合う。
「次刺されても間に合わないかもしれない。今回の件で、能力を使い果たしています。アルバラを抑え込むのは無理なのでしょう? であれば殺しなさい。これ以上かき回されたくはない。今は正念場なのです」
ミルティアの話に
タチアナは唾をはき
「ごめん被る。アルバラは身内。身内の問題は身内で片付ける」
二人は顔を近づけ
「やかましい!!! とっとぶち殺せ!!! あんなクソガキ!!! 邪魔だって言ってんだろうが!!!」
「だまれ!!! 私に指図をするな!!! この私がなんとかすると言ってるんだ!!! 従え!!!」
二人は掴み合いの喧嘩を始める。
「てめえ!!! オーディルビスの王家の呪いの事ぐらい知ってんだろーが!!! お前の一族は頭おかしいんだよ!!! 従兄弟同士で何世代殺し合いしてんだ!!! アルバラ生かしてたら!!! あんたの子供を殺しにかかるに決まってんじゃねーか!!! 話し合いとか頭御花畑かよ!!!」
「なーーーーにが王家の呪いじゃ!!! 王族が殺し合うのはどの国家にもあることだ!!! オーディルビスは元々海賊が起こした国だぞ!!! 身内の殺し合いが続いた程度でなーーにが呪いじゃ!!!」
「全世代で殺し合うクソ国家なんて他にねーーーよ!!!」
そのまま互いの衣服をひっぱり、ビンタしたりと大騒ぎになるのだが、そばに控える二人は特に反応をしない。
「……いつまでやるのかしらね」
「たまーーーーにこの二人喧嘩するけど、本当に凄いのね。普通になぐりあってるじゃない」
二人は聖女に仕える人間で、後宮の主と呼ばれる、聖女の妾を統括する立場のルピア。
もう一人は聖女信仰の教団のNo.2ビネハリス。
タチアナとミルティアの喧嘩は初めてではない。
何回かしていたのだ。
だから特にルピアとビネハリスは騒がない。
タチアナとミルティアは基本的に仲がいい。
またタチアナもミルティアをたてているために喧嘩の回数は少ない。
だが一度ぶつかると遠慮なく殴り合ったりする。
「アルバラはアラニア公国の諜報が操ってんだよ!!! 話し合ったぐらいでどうにかなるか!!! 逆に利用してやろうと生かしておいたら!!! なーんでお前が情にほだされてんだ!!! ブラコンにも程があるわ!!!」
「やかましい!!! 身内を愛してなにが悪い!!! お前も私に赤子作れとかほざく前に!!! 自分のガキ作れや!!! 子供出来れば気持ちもわかんだろ!!!」
「私は転生すんだよ!!! バーカ!!! お前の後継ぎどーすんだよ!!! 国滅ぼす気か!!!」
服がビリビリになって、お互いが半裸の状態になるが、二人の喧嘩は収まらない。
それを死んだ目でルピアとビネハリスは見続けていた。
オーディルビス王国の撤退で、反アラニア勢は立て直しを図った。
そして真っ先に行おうとしたのが皇帝の救出。
反アラニア勢は、もっとも優秀なアンジ公国の大将軍ヘレンモールに託した。
そのヘレンモールは
「占領は不可能だが、一撃加えて引き上げることはできる。全力で神都を攻め、陛下を逃がす」
そう決断し、一気に首都に急行。
そのままアラニア公国軍と攻防戦が始まっていた。
「落城はせんが、動揺してエリスを連れ出そうとする臣下はいるだろうな」
エウロバ。
オーディルビス王国の撤退と言う想定外の出来事に、首都の警備が手薄になってしまっている。
それでも撃退は可能。
「後宮からは動きません。そこさえ守ってくだされば」
皇帝は無感情に返す。
リグルドの記憶を保持している皇帝。
幼くして政治を行い帝国を立て直していると評価されている男だが
(……リグルドは、自身の記憶の欠落にはまだ気づいてないな)
クーデター前後から皇帝の様子がおかしいと噂されていた。
突然幼子のような動作をしたり、寝転んだり、エウロバに甘えたりするのだ。
クーデターにより後宮に幽閉されたのだが、城内はそれほど抵抗は起きていない。
理由は、クーデター前から皇帝の様子がおかしくなっていたから。
「毒を盛られたか、なにかのご病気か」
家臣たちはそう思っている。
この状態で下手に治世をされたほうが混乱は大きくなってしまう。
幽閉されている間に原因を探った方がいい。
そういう考えから下手な抵抗は起こっていない。
(おそらく内通者も出ないな。今の不安定なエリスを連れ出す選択肢はない)
エウロバは心配で挨拶に来たのではなく、探りに来たのだ。
今の状態に気づいているか? と
エウロバは頷き出ていこうとすると
「……まま?」
幼い口調。
エウロバはそのまま腕を広げ
「おいで、エリス」
「ままぁ♪」
笑顔で抱きつくエリス。
「ふふ、おっきくなったな。私の小柄な体じゃ支えるのも一苦労だ」
笑顔で頭を撫でるエウロバ。
(もう方針は決まった。リグルドは用済みということか)
エウロバはエリスを抱きかかえながら、今後のことを考えていた。




