龍姫視点
【龍姫視点】
リグルド様。
リグルド様にお会いした時の事は未だによく憶えている。
百年生きてきた。
若い頃の記憶は混濁しつつある。
それでも、あの記憶は生涯忘れないと思う。
ニコニコしながら教義を喋るハユリさん。
私はハユリさんに信仰の勧誘をされていたのだが、その時のハユリさんの立場は寄附金を集める『宣揚の部隊』にいた。
なのに寄附金の話は「鉄貨一枚でも尊い」という、集める気あるのか? というぐらいしか言われておらず、ひたすら神教の素晴らしさを教えてくださった。
そこにいたのが、たまたまハユリさんに会いに来ていたリグルド様。
『宣揚の部隊』のトップのリグルド様は、ハユリさんに「向いてないから組織を変えろ」と話に来ていたらしい。
でもハユリさんが私にお話されている間、リグルド様は一切話を止めなかった。
「神様のお話をされている以上に大事な話などありません」
と柔和に微笑まれていた。
聖女が現れ、崩壊状態になった神教。
それを一人で支えきり、亡くなる直前まで戦い続けた、神教の英雄。
初代聖女の記憶を継承した二代目聖女ミルティアは
「リグルドがいなかったら、神教は無くなってたと思いますよ。初代聖女の記憶を探っても、よくこんな状態で防衛したなーと思いますし」
実際にそうだろう。
私はドラゴンに騙され、龍にされた。
神教とドラゴンは不倶戴天の敵。
ところがリグルド様は私を最大に守り、その力を使い続けた。
後から資料を集め、当時の記録を漁ったがリグルド様のなりふり構わないやり方は、なにかが取り付いたかのようにも思える。
私もそうだったし、ハユリさんも使い潰すかのように徹底していたし、その後継のネルフラも病に倒れたのに、最後まで下ろさなかった。
そこまでやったから聖女からの勢力が帝国の大陸に入り込むのを防いだ。
そんな英雄リグルド様が転生された。
それはとても喜ばしいこと。
そしてハユリさんも戻られた。
本当に喜んだのだが
「本質はこうだったのか、やっぱり別者なのか」
今の陛下は、リグルド様との齟齬があまりない。
確かにリグルド様の記憶を継承しているというのは納得できる。
問題なのはハユリさん。
「姫様はお会いになられるべきではありません」
目の前にいるフェルライン。
龍族の最古参。
もう彼女より上の龍族は全員眠りについた。
年数的にはフェルラインも眠りにつく頃だ。
既に彼女の後輩のカレンバレーやマディアクリアも眠りについた。
それでも私は彼女に「眠り」という名の活動停止を許可していない。
それと言うのも
(もう私も長くない)
ドラゴンとして無理矢理身体を作り替えられた。
元は人間の身体だった私にとって、この身体は持て余し続けていた。
身体と心のバランスは大分前から崩れている。
私自身の活動停止の日も近い。
そうなると、それを判断できるとしたら古参の龍族。
常に私をそばに見ていた彼女が「もう限界です」と進言すれば、もう眠りにつこう。
そんなつもりで彼女に頑張ってもらっている。
私としては、この神教、帝国の平穏を見届ければいつでも眠っていい。
心の老いは隠しようもない。
休みたい気持ちは強い。
だが、年月が過ぎれば過ぎるほど、帝国も神教も崩壊状態になっていた。
そこに現れたリグルド様の記憶を保持された陛下。
リグルド様ならば帝国も神教も立て直せる。
そうなれば、私の役目も終わり。
そう思っていたのだが
「……館の事で知らぬことはない。相当ね、あの『ハユリ』さんは」
溜め息をつく。
神様の意志がよくわからない。
リグルド様を陛下に憑りつかせた。
神教と帝国を立て直すためにだ。ところが、今回現れた四神女。
彼女達はリグルド様のお役にたつために降りてきたと言っていた。
ところが、とてもそうとは思えない。
とりあえずこの館で世話して2日。館の天井をぶち抜いた。
館から逃げ出そうとしたのだ。
すぐに龍族が気付いて取り押さえたのだが、再生能力が高く、すぐに身体が癒える龍族以外ならば何人も死んでいるぐらいの大立ち回りをしたのだ。
リグルド様から
「祈れ、考えろ」と言われたのに祈りもしない。考えもしない。
「あのハユリさんが祈りもしないなんて有り得ない。あの人は常に祈っていたのよ? 祈れと言わなくても祈るような人が、こっちに来てから一度も祈りの儀式をしていない? リライも記録を見る限り、信仰心の高さを褒め称えられていた。あの二人は別物。そう思って対処しましょう」
私は溜め息をつき
「逃げようと暴れているのでしょう? 拘束しなさい。チャズビリスのいる地下牢にぶち込みなさい」
それに安心したように微笑むフェルライン。
「姫様、それを願いに参りました。あの二人を抑えられるのはチャズビリスしかおりません」
チャズビリス。
『皆殺しのチャズビリス』と呼ばれた殺人鬼。
人間だったころに百人単位で殺しまくった。
龍族にスカウトしてから、地下牢でスパイなどを拷問する仕事をしていたのだが
「チャズビリスには特別なにかを伝える必要はありません。あの二人は恐らく死なないでしょう。彼女に伝える言葉は『絶対に逃がすな』だけでいい」
「かしこまりました。私もフォローに入ります」
龍族の館。ここで起こる全ての事は監視している。
フェルラインはそのままチャズビリスのところに行き、打ち合わせをしたあとに、龍族達を全員集め
「あの二人を地下牢にぶち込む」
と宣言した。
それに驚く龍族達。だが
「あんな光弾やら、光柱やらを気軽に出すような連中、姫様の生活エリアに入れるわけにはいかない」
で皆が納得していた。
そしてそこから龍族30人が一斉に二人に襲いかかった。
あくまで客人として招かれ、どんなに暴れて傷つけても抵抗しなかった龍族達の攻勢に驚き、なにも出来ないまま拘束。
縄でグルグル巻きにされ、地下牢に送られた。
「……ハユリさんはともかく、過去にそういう経験のあるリライまでが無防備というのは、やっぱり有り得ないわね」
リライはかつて、支援者に襲われたことがある。そのトラウマで体調を崩したのだ。
そんな彼女が油断するとは思えない。
「なんで、あんなものが送られてきたのか。神様はなにを考えられているのか」
なんとなく。なんとなく思ったこと。
この神教の教義。
そして私の存在。
聖女の存在。
歴史を紐解いても、ここまで一つの宗教が長く君臨した時代はない。
神教が崩壊状態にあると言うが、そもそも続き過ぎなのだ。
時代と共に宗教も変遷していた。それが歴史。
400年も時代の頂点に居続けているなど例がない。
元は南方の小さな信仰でしかなかったのだから。
「小さな宗教に実在の神がいた。なぜその神は何年も小さいままで放置していたのか」
神教の成立は700年前と聞く。
伝承ではもっと前だが、実際はそのあたり。
そこから約300年は地方の一宗教に過ぎなかった。
神教が力を付けたのは、神教を擁護する帝国が発展したからだ。
そこを考えれば出てくる答えは
「聖女の存在は、本来は神教の代替わりとして産まれたものではないか」
時代により宗教は移り変わる。
聖女が産まれたタイミングは神教が広まって300年程度
大体300年で代替わりするものなのだ。歴史を紐解けば。
つまり
「この百年は無理矢理引き伸ばしているにすぎない」
だからもう限界にある。
そう思っている。
そこに遣わされたリグルド様。
神教を守るため。そう聞いてはいるが
「……逆ではないか」
神教の英雄リグルド。
神教を守るためにありとあらゆることを行ったリグルド様。
そして現れた、リグルド様の努力をぶち壊すように暴れる四神女。
ここから導き出されることは
「リグルド様は、神教を看取るために遣わされたのでは……?」