エウロバ視点
【エウロバ視点】
エリスが産まれた時のことはまだ憶えている。
複雑な感情だった。
まずあのバカビッチ、兄貴とやりまくりだったから近親相姦の子だろう。そんなのバレたらどーすんだ、とか。
ところが産まれた子供は、バカビッチの旦那に似た顔をしていた。
皇帝の血筋と先帝は叫んだが、確かにそのように見える。
バカビッチにも皇族の血は若干だがある。
しかし、見れば見るほど
「本当にあの旦那の子っぽいな」
というのはわかった。
バカビッチもそれは理解したのだろう。
この子は愛しの兄の子ではない。
その結果、育児放棄をした。
「クソビッチがぁぁぁっっ!!! バカかてめぇぇぇはぁぁぁ!!!!!!」
育児放棄と言っても、元々皇族が子育てなど直接しない。
そう言うのは専門の連中が手分けしてやる。
それでは、母はなにをするか。
毎日決まった時間に三回赤子と挨拶。
その時間に来ない母など聞いたこともない。
こいつは一回も顔を出さないのである。
「……嫌です」
「嫌とかじゃねーんじゃ!!! お前の子だろうが!!! バカか!!!!!」
しかし、こいつは何度言っても行かない。
それどころか、たまたま廊下ですれ違ったら
「……気持ち悪い」
と吐き捨てるのだ。
流石にその時はその場で蹴ったが。
父は既に亡くなり、母は育児放棄。
親から放置された子供。
私もそうだった。
だからか、この子へは憐憫と同情の心が強くなっていた。
本来はこの皇帝についた幼子をおろして、私が帝位につく。
まだ赤子、幼帝のうちに引きずり下ろす。
そのつもりだったのだが。
「お前、あんなビッチのことは気にするな! お前はみんなから望まれて産まれた子なんだからな!」
応援していた。
また、言葉が出るようになってからは、信じられないぐらい可愛くなったのだ。
「……ま、まま。まま」
「ママではないが、まああのビッチがママをやろうとしないからな」
なんか凄い甘えてくるのである。
よく私の腰に座ってははしゃいだりしていた。
「子供とは本当に可愛いものだな……」
愛情。
子への愛情。そんなものすら感じていたころ。
「エウロバ様。ここしかありません」
「お覚悟されてください」
信頼している部下、ジェイロウとドクドレの二人が頭を垂れる。
帝国統一戦争。
帝国内の反アラニア勢力を滅ぼす。
それは今しかないと進言されたのだ。
「……皇帝は幼い。反アラニア勢力はオーディルビス王国の動きで足止めされているからか……」
確かに今しかない。
それは直感で分かる。
特に目の前の将軍二人。
この二人の年齢が問題になってきたのだ。
ジェイロウはともかくドクドレはもう壮年を越え老年にさしかかる年齢だ。
見た目は若々しいが最近は見るからに老いを感じるような仕草が増えており、本人もそれをかなり気にしていた。
「我等アラニアの精鋭、私以外にも猛将はおります。後継も既に決めております。しかし、私だからこそできることもまたあります」
ドクドレはそう言っていた。
ジェイロウも
「私は元々軍参謀でした。エウロバ様のお側にはこれからもおりますが、将としてはもう譲るべきかと」
当時は四将軍と呼ばれた4人のうち、2人は引退をほのめかしており、もう一人も
「王の足手まといになる気はありません。私も年齢的にも長くはない。後継のためにも軍編成をお願いしたい」と願い出ていた。
つまり、アラニアも世代交代間近。
ここで世代交代すればしばらくは大きな戦争は出来なくなる。
「これが四将軍最後の見せ場となりましょう。最大限暴れてきます」
「……そうか。頼んだ」
そして始まった帝国統一戦争。
反アラニア勢力が、オーディルビス王国の侵攻に対抗している間に、アラニアが公国本体を叩きにいった。
幼帝を担いだ帝国本国はなにも動けない。
このまま一気に決める。
そう思っていたときに、エリスにリグルドが宿った。
元々いたと言われた。
だがそうとは思えない。
赤子のエリスにはあのような存在はいなかった。そう今でも思っている。
3歳の時にエリスは変貌した。
かつての神教の英雄リグルドの記憶を持ったエリスは、立て続けに政策を打ち出し、帝国統一戦争を無理矢理収めさせた。
その時の手腕に、ボロボロになった反アラニア勢力は息を吹き返した。
今の皇帝ならば、帝国は立ち直れると。
しかし、エリスことリグルドの意見は違った。
「この帝国は限界だ」
「この体制で持つわけがない。私がもたせても、次かその次で滅ぶだけだ」
その通りだと思う。私とリグルドの認識に齟齬はなかった。
違うのは「神教」の取り扱いだけ。
リグルドは「どんな形になっても、この神教信仰は留める」
私は「そもそもこの信仰が限界だろうに」だ。
とは言え、そこは妥協できる。
私とエリスはそこまで揉めることもなくここまで来た。
アラニアが四軍体制を止め、方面軍体制にしてから7年。
「軍はいつでもいけます」
……第二次帝国統一戦争。
実際は帝国を割る形になる戦争だ。
大陸の半分を掌握すればそれで十分。
それならば、大きな戦乱にもならず民にも迷惑をかけない。
エリスはもう10になる。そうなれば後見人として皇帝のそばにいた私の意味は無くなりおろされる。
どんなに帝国本国から憎まれていても、決して私が害されなかったのは「皇帝の後見人」だからだ。
皇帝の後見人への攻撃は一族皆殺しとなる。
そんなことを誰もするわけがない。
しかし、後見人から外れたら?
そうなればありとあらゆる可能性がある。
「……ザンダガベルの動きがおかしいです。陛下に人払いを願ったそうで、もしかすると……」
「私の弾劾の話だろうな。ありとあらゆる可能性を考慮しろ」
戦争しかない。そうなる。
私とエリスの目指しているものはお互い妥協が可能だ。
だが、その取り巻きは妥協不可能。
私の部下は「7年の準備はこの時のため」と息巻いているし、帝国本国は「12年の屈辱はこの日のため」と思っている。
「……エリス」
どうもリグルドは認識していないようだが、エリスはリグルドに支配されていない時間が存在している。
リグルドが元々いた、という話に疑問を持っているのもそのせいだ。
リグルドの記憶を共有できておらず、つまり3歳の幼子の状態のまま。
「ママ、あそぼー」と無邪気に笑ったりする。
「7年前に邪魔をされたが、今回はそうは行かない。不退転の覚悟で事を為すぞ」
神教の『神』様か
「……わたしの、可愛いエリスに憑りつかせた罪、償わせてやる」




