エウロバ拘束の相談
アンリ。
以前の姿は清楚でお淑やかに見える顔立ちだったが、今の姿は豊満な身体に、やや天然そうな顔立ち。
彼女の内心を考えれば今の姿の方がしっくりくる。
そんな彼女は
「水浴びしてなくて汗臭い」と逃げそうになったので、そのまま押し倒した。
少し怯えた顔をしている。
「アンリ、あなたはもう側室。つまり妾です。私がセックスをさせろ、と命じたら自身がどんな状態でも従わないといけません」
「……も、もちろん、そうなんでしょうけどぉ……。こんな臭いんじゃ、いくらなんでもぉ……」
臭い。確かに臭うが
「臭いは興奮する材料にすぎません」
そう言って、彼女の服を脱がしていった。
翌朝。
アンリともそのままでき、大分スッキリしていた。
「ラウレスと出来たそうだな」
エウロバ。
「ええ。侍女達がよくやってくれました」
「……まあ、聞き流してくれていいんだが。あの侍女達があそこまでラウレスに肩入れしている理由について」
私はそのままエウロバの話に耳を傾ける。
「リュハとサザリィの二人なんだが、あの二人は徹底的に『お前らと関わる気はない』と侍女達を遠ざけている。それが原因なんだろうと少し探った。実際にそうだった。幸いなことに一人の侍女が色々喋ってくれたんだがな。なんでも、侍女は伝統的に側室、妾のサポートをする。その際に陛下から寵愛をもらうことがあるそうだ」
寵愛。
「そういうのを望んで侍女になる人間も多いそうだ。んで、あの3人は全然そういうの無いから辞めようとした。ところが、ラウレスだけはその後反省して侍女達にサポートを申し出た。それでラウレスにだけ良くしてやっているらしい」
なるほど。
確かにラウレスとのサポートでも、誘ってるのか? と思うぐらいには際どいことをしていた。
「それで、サザリィには全力で言い付けておいた。今日はサザリィだ。出来る限りでいいから侍女達にも配慮してもらえると助かる」
私とエウロバが大怪我をした。
その事は私もエウロバも、誰にも伝えてはいなかったが、警備関係の相談はしていた。
なにしろまだ、宮殿内にはハユリとネルフラはいるし、後宮にもアンリがいる。
その中で
「やつら、人を削る光弾を放つ」
という話をエウロバがしたらしく、そこから
「と言うことは、誰かやられたんですか?」
になり
「……ファック」
苦虫を噛み締めたような顔のエウロバ。
私とエウロバのいる政務室には15人の兵士がいた。
「エウロバ、多過ぎです」
政務室はそんなに広くない。
家臣達も常に10人はいるのだ。そこに兵士15人はいすぎである。
「……私も、心の底からそう思う。今まで私が直接皇帝の執務室にいて政治の指示をしても、そこまで乱れなかったのは、兵士を必要最低限に抑えて、臣下に対する威圧感を与えなかったからだ。だが、ここにきての執務室に大勢の兵士を入れるような所行は、どう考えても後見人から下ろされるのを防ぐための威圧行為にしか見えん……」
後見人。
エウロバはそういう名目で私と一緒に政治を行っていた。
そして、その後見人は10で外れるのが伝統。
この後見人の問題は今帝国を揺るがす問題になっていた。
そこに、突然増やした兵士となればそれら関連づけられる。
私から見れば、エウロバがそんな早急で稚拙なことをするとは思えない。
となれば
「護衛が大騒ぎしているのだ。本当にあいつは融通がきかぬ。ジェイロウを少しは見習え」
ジェイロウ。
かつてアラニア四将軍として活躍した武将。
今は引退して、この神都でエウロバのサポートをしている。
アラニアは既に四軍体制を取りやめており、方面軍制にしていた。
ここ神都は南部中央軍。
その大将はカリィウェルド。
真面目一徹な男で、ジェイロウの推薦で将軍となったが、とにかく融通がきかない。
それは私に対してもそうで
「エウロバ様のご許可なく動くことはありません」
と突っぱねる。
単にトイレに行くからドアを開けろと言っただけなのにである(暗殺を防ぐため、基本的に執務室の扉の開閉は兵士が合図を送りあい、確認してから開ける)
流石にそれは直してはくれたが。
そんな真面目で融通がきかない男だからこそ、エウロバが怪我をしたと聞いたら護衛人数を増やしたのはある意味当たり前。
エウロバがどんなに怒ってもそういうところは妥協しないのがカリィウェルド。
だが
(……この状況でこれはマズい)
エウロバと私は沈鬱な表情で執務をしていた。
吹き飛んだ火山。
その影響は恐らくこの後出る。
山のおかげで、あの肥沃帯が出現できていた要素もあるはずだ。山からは豊富な水が流れていたのだから。
そうなると、すぐにでも水源を確保しないといけない。
その工事の決済が多く、遅くまでやっていた。
エウロバはいつも同じ時間にいなくなる。
ちゃんと自分で時間を決めていて、「エウロバがおらず、皇帝と直接話をする時間」も用意しているのだ。
そうすることによって、エウロバへの不満などをちゃんと聞けるようにしていた。
そういうことが出来るのも、私とエウロバの関係が悪くないからだ。
臣下達も当然私への直言がある程度エウロバに流れるのも理解した上で話をしてくる。
しかし、今回は
「陛下、これより先は人払いを」
執務が終わり、溜め息をつくと、目の前にいたのは重臣のザンダガベル。
先帝の頃から長く仕える男で、既に老年の域になって引退間近。
今は皇帝の世話役として様々なサポートをしてくれている。
同じような役割をしているジェイロウとは仲がよく、互いを讃え合っている。
だが基本的には
「アラニアをこの神都から追放すべき」という態度を崩していない。
「分かった。ザンダガベル以外は去れ」
そのまま去っていくが、扉の前にいた護衛は一人だけ出ない。
「皇帝命令だ。それともお前もエウロバに聞かねば動けないのか?」
「……失礼します」
兵士が出ると
「近くに寄れ。扉の近くは聞かれても知らんぞ」
「……お言葉に甘えさせて頂きます……」
机の近くにくるなり、曲がっていた背筋をピンと伸ばし
「恐れながら、皇帝陛下に直言させて頂きます。今、この帝国は瓦解の危機にございます。それを幼帝と呼ばれながらも、陛下の神的なご活躍により、奇跡的にその命運を繋いでおります。ですが、事は最早戻れません。アラニアがこの帝国を割るのは間違いのないことです。帝国は陛下のご活躍により、乗っ取られる心配は無くなったと言っていい。ですが、次に起こるのはアラニアの独立です。そうなれば、この帝国は、大陸を半分に割る大戦争が起こります」
その言葉に頷く。
「続けろ」
「なればこそ、今やるべきことはエウロバの監禁です。ここにきて突然の兵士の増員は、我々への誇示というよりも警戒の方かと思われます。皇帝の後見人に対する拘束などは帝国法により死罪です。ですが、後見人を外れればすぐにでも拘束が可能。アラニアはエウロバでまとまっています。エウロバがいなくなれば誰も後継がいない。また、エウロバの野心を引き継ぐ同士もいない。我々、陛下の忠臣がエウロバ拘束に動くことを警戒しておるのでしょう」
「……警戒しているのに、拘束に動けと言うのか?」
「その通りです。今こそ最大の好機。エウロバの警戒は当然ですが、流石にあの人数は多すぎる。それを伝えれば多少はエウロバも緩めましょう。そこを襲いかかればいい」
「その案を採用する気は今のところ無いが、話は続けて聞こう。エウロバはまだ後見人のままだ」
ザンダガベルは少し息を吐き
「簡単な話です。今、ここに皇帝陛下のサインを頂ければ即日解任となります」
そう言って紙を差し出す。
そこには全ての書式をクリアした解任書があった。
「誰に作らせた? 漏れれば死罪だぞ?」
「全て私一人です。私は以前このような決裁書を作成する人間でしたから」
ああ、そう言えばそうだった。
「……持っておけ。ここにあれば見られる恐れがある。隠し通せるか?」
それに目を見開くザンダガベル。
「お主の覚悟は伝わった。死罪覚悟でこのような書類を差し出した事を軽く見る気はない。また、このままではアラニアと大陸を割る大戦争になるのもまた私の懸念通りだ。その紙は常に持っておけ。必要な時にその場で裁こう」
跪くザンダガベル。
「……陛下。わたくしは決裁書作成の役を命じられた若い頃、不満ばかりでした。なぜ自分がこのような閑職をせねばならぬのか? と。それがこの年になり全て理解できました。私はこの為に生きていたのです。この決裁書は肌身離さず保管します。いつでも、どのような時でも御命令ください」