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アンリという少女

 ハユリ。

 リメイ。

 ネルフラ。

 アンリ。


 彼女達4人は、リグルドとして生きていた中で、利用し尽くした4人の女性。


 ハユリは『神女』と呼ばれる神教のNo.2にして、崩壊しつつあった神教の立て直しに利用した。


 彼女はとてもそういう器ではない。そんなことは本人よりも知り尽くしてはいたが、当時現れた初代聖女と対抗するためにはどうしても旗頭が必要だったのだ。


 当時の龍姫からは財力をもらい、そして神女を前面に出して、どうにか凌いだ。

 しかしその間にハユリのメンタルはボロボロになり、就任から数年で亡くなってしまった。


 その時の感情は憶えている。

 悲しいし、申し訳もなかったが、それ以上に

「なんとかここまでもったか」だった。

 ハユリが死ぬ直前あたりで、聖女との勢力争いは区切りがつき、大陸への防衛に成功したのだ。それへの安堵が先だった。


 自分が如何に打算で冷淡で、人として間違っているかはそこで思い知った。


 しかし、リグルドはハユリにだけそのような事をお願いしていたわけではない。


 アンリ。

 彼女はハユリよりも10年早い生まれだった。

 なんというか、純真無垢だが信仰熱心なハユリと違い、アンリは天然ボケがすごかった。


 教典も読めないし、信仰から間違った捉え方をしている少女だったのだが、見た目が清純で、信仰者として相応しい立ち振る舞いが出来てしまっていたため、その容姿と立ち振る舞いだけで、神教の幹部に選ばれてしまった。


 当時のリグルドとアンリは全く別の管轄にはいたのだが、偶然会って「若くして幹部とは素晴らしいですね」挨拶したあとの


「幹部ってなんですか?」

 という天然の答えに「あ、こいつやばいやつでは?」となり関わるようになった。


 自分が何になったのかよくわかっていなかった。それだけならばともかく、信仰のことを聞けば聞くほどダメだった。


 まず教典の文字が全く読めない。

 幹部には必須の教典文字解読なのに、その試験は

「なんかー。適当にうめましたー」

 だそうで、その解答用紙を探して見てみたら、実際に適当な内容だった。


 しかし、敢えてこの質問にこう答えるということは、むしろよく考えた答えなのでは?

 みたいな解釈は確かにできるものであって、採点者はそんなに悪くない。


 また、幹部推薦に関しても基本的にアンリは難しいことを言われると黙る。


 そして神教の幹部試験には「敢えて沈黙は正しい」というのがある。

 それに引っかかったのだ。


 そういう偶然の積み重ねでなってしまった幹部。


 実際実務なんてまともに出来ず、慌ててアンリを引き取ることにした。


 とは言えなにをやってもらえるわけでもなく、天然で適当なアンリはフラフラとしていたのだが、そのあたりで「アンリは物凄い幸運なのでは?」と思い始めていた。


 周りが勝手に勘違いして祭り上げてしまう。

 そういうのも才能だ。そしてそれが表に出ないというのは相当な幸運。


 だからその幸運に賭けてみた。


 彼女を治安があまりにも悪すぎて、幹部が全員逃げた(逃げなかった幹部は殺された)地域に送り込むことにした。


 その地域にはまだ神教を固く信じる人々が残っていたのだ。なんとしてでも幹部を送り込み、激励させないといけない。


 まだ若い女性を送り込むことにかなりの反対はあったし、葛藤もあった。


 それでもここで誰も幹部を送り込めないのでは、信仰が揺らぐ。


 周りから猛反対されながらも、自分も一緒についていき、乗り込んだ。


 当時は順列が何位だったかは忘れたが、それなりの地位にはいた。


 そんなトップに近い人間と、まだ幹部に成り立ての、若い女性が赴任してきた。


 反乱軍と、盗賊の跋扈による治安の悪化で絶望していた信徒達はこれに熱狂して歓迎してくれた。


 自分は途中で去るが、アンリは残る。

 将来有望な若い幹部がここにいてくれる。神教はこの地を見捨てていない。

 なんとしても平和を取り戻そう。


 アンリを旗印に、神教の勢力は一気に盛り返し盗賊やゲリラ反乱軍と激戦を繰り広げた。


 三年に及んだこの神教と、盗賊、ゲリラ反乱軍との闘争は、ゲリラ反乱軍の崩壊を持って収まった。


 この崩壊は、アンリの死が原因だった。


 アンリは神教の旗印として、常に前線にいた。

 武器などは持っていなかったが、ひたすら激励を続けていたのだ。


 そんなアンリを取り除けば、神教の勢力はバラバラになる。

 徹底的に狙われたアンリだが、その幸運さで常に逃れていた。


 しかし、その日。敵の猛攻で崩れた前線。そこにいたアンリは逃げようともせずに、兵士達の盾になって切り殺された。


 ちょうどそれは夕暮れ。

 赤く染まる日を受け、その血が輝いた。


 そこにいた人間は口を揃えて言う。

「間違いなく見えました。殉教するアンリ様の背後に現れた神が」と


 光の加減だったのかは分からない。


 だが、その幻想的な光景に、神教側は士気を盛り返し、反乱軍は怯えて下がった。


 そしてこの退却戦。

 反乱軍のリーダーは命乞いをしながら逃げ回った。


 強いリーダーとして慕われていた彼が、何故その退却戦にだけみっともない真似を見せたのかは分からない。


 本性はそうだったのか、それともアンリの見せた幻想的な光景に、なにか錯乱するようなものを見たのか。


 その様を見て、生き残り逃げ延びた反乱軍の士気は無くなり、崩壊した。



 この反乱を収めたのはアンリ。

 住民達はアンリに深く感謝し、祭り上げた。


 アンリは斬られ即死だった。

 遺言もなにもない。


 彼女はどのような思いで戦場にいたのか。

 後から聞いて回ったが、兵士達からは

「本当に素晴らしい方で、傷を何度もみてくださった。どんな立場の人間にも丁寧で、あんな方は見たことがなかった」


「最初は真面目で堅物なのかな? と思っていたが、喋ってみたら剽軽ひょうきんで、冗談もよく言われていた。戦場を明るくしてくれて、兵士達はこの人を守ろうと一致団結していた」


「どんなに『後方に下がって』と言っても聞かなかった。前線で常に励ましてくれて、彼女がいたから我々は前に出れた」


 そんな賞賛の数々。

 そして


「……まあ、状況がよく理解できていなかったんだろうな」

 天然で、あまり自分のおかれた環境が理解出来なかったアンリ。


 冗談をよく言っていたと聞いたが、多分それは冗談ではなく、真面目に言ってたんだと思う。


 ただ、皆は

「笑顔でした。アンリ様は、最後まで笑顔でした」

 それを何度も言っていた。


 戦場で笑顔で死ぬ女。

 それに錯乱するような迫力があったのだろうか。


 確かに氷付けにされて保管された遺体の顔は笑顔だった。



 そんな利用の仕方をしたハユリとアンリ。

 また他の二人もかなり酷い使い方をした。


 怨まれることはあっても、感謝されることはなにもないと思う。


 しかし、ハユリもアンリもニコニコ笑って抱きついている。


 というか、顔は全然違うから本当に本人かは分からないのだが。


「アンリ、ハルバルトの事は憶えていますか?」

 一応記憶のチェックをしようと問いかけるが


「……ハルバルト?」

 首を傾げる。


 ああ、そうだ。アンリは地名から憶えてない可能性があるんだ。

 三年もハルバルトにいたんだが。


「……私と一緒に出かけた土地です……」

「ああ! はい! それは一生の思い出です! リグルド様との二人きりの旅行! さいっこうでした!!!」


 その言葉にハユリはなんか冷たい目をする。

「……ふたりきり?」


「……馬車では二人でしたが、実際は護衛は沢山いました」

「はい! でもリグルド様との毎日の会話や食事は本当に楽しかったです! わたし、あれでやっとはじめて神様の素晴らしさを知れたんです!」


 ああ、本物のアンリか。

 馬車で二人にした理由は、アンリの教育の為だった。


 とにかく知識の無いアンリに詰め込むだけ詰め込んだのだ。


「そうですか。あの教育が楽しかったと言うならば……」

「あの時は、優しくて頼もしいけど、デブなおっちゃんだから、抱かれるのは無しだなー。ぐらいに思ってましたけど! 今のリグルド様ならバッチコイです! セックスしましょう!!!」


 そうだ。こいつはこんなんだった。

 あの時も平然と

「ちょっと痩せませんかー? 私デブ嫌いなんですよねー」とか言ってきたりした。


 そういう天然で無礼なのだが、死地に送り込むのだ。ちゃんと丁寧に話をしていたら滅茶苦茶に懐かれ


「痩せたらセックスさせてあげますから! 次来るときまでにダイエットしてくださいねー!」

 とか言ってた。


 そんなアンリの物言いにハユリの顔がドンドン歪んでいくが、それ以上に


「エリス、この最下級のビッチ共は何事だ」

 最下級のビッチ。


 エウロバはハッキリと嫌悪の顔をしている。


 転生したリグルドがこの身体にいると言うのもかなり嫌みたいだからな。


「……なにから話をするべきか。とりあえず戻りましょう」

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