忘れられぬこと
桜が満開の春に初めて二人で旅行に行った。
二泊三日。場所は京都。
泊まるのは豪華なホテルでもなく、旅館でもなく、どこにでもあるようなラブホテル。
京司といられればそれだけで幸せだったから場所なんて気にしない。
使い捨てのカメラで写真を撮った。
カメラを向けるといろいろな表情をしてくれて、それが楽しくて何度も京司にカメラを向けた。
二人で撮った写真は私の大切な宝物になった。
清水寺、生八橋、抹茶のソフトクリーム、甘すぎたぜんざい、桜並木。
カメラの残りが少なくなって、旅の終わりが近いのを感じる。
この旅が終わらなければと何度思っただろう。
朝起きたら隣には京司がいることが、何より幸せだった。
旅が終わってもこんな日々が続いたら・・・。
そんなことありえないのに・・・。
考えてしまう。
旅が終わり、何も変わらない日常が始まる。
駐車場で京司が来るのを待って、いつも決まった場所に車を停めて、駐車場から二人で歩いていく。
門をくぐり、更衣室までの道。
「首どうしたの?」
突然京司が切り出した。
気づかれたくなかった。
私の古い過去。
私は正直に話した。
「自分でやったの」
「ふ~ん・・・なんで?」
「なにもかも嫌になったから」
「そっか」
沈黙が重かった。
「でももし目が見えなくなったら美和のことはわかるね」
私の首に手を当てて京司が言った。
「指で触れるとわかるから」
初めてそんな風に言われた私はびっくりした。
今までそんな風に言ってもらったことなかったから。
私は何も言えなかった。
京司が離れていかなかったことが、ただ嬉しかった。
変わらないでいられる。
まだそばにいられる。
しばらくして体調が良くない日が続いた。
毎月あるものがこないし、様子がおかしい。
まさかと思い、妊娠検査薬を試してみたら・・・。
陽性反応。
「・・・っつ」
京司の子供がお腹にいる。
嬉しかったけど、今の状況では産めるはずも無く、複雑だった。
「相談してみよ」
どこかで期待してた。
「産もう」って言ってくれるかも知れないって、でも現実は甘くない。
妊娠したことを話したら、困った顔をされた。
私は耐えられなくて、京司の困った顔見ていたくなくて切り出した。
「おろしたほうがいいよね」
うつむいた京司は
「ごめん」
「今度病院行ってみる」
私は無理やり明るく言った。
「ついていくよ」
後日二人で病院に行った。
診察室に入るとベットに横になるように言われ、下着を脱いで、検査台に上がり、股を広げる。
何やら硬い金属をいれられ、のぞかれてるみたい。
「ああ・・・目の前の画面見て」
先生に言われるがまま小さいモニターを見ると、黒い画面に白い渦のようなものがいくつも見える。
「これわかる?」
矢印が一箇所で止まる。
「これが赤ちゃん」
あっさり言われた。
台から降りて先生と向かい合う。
「ここで産む?」
私はうつむいて
「産めないんです」
不思議そうに先生が
「どうしたの?」
「彼と結婚してないし、いろいろと問題があって」
「そう・・・ここじゃおろせないから紹介状書くから持っていって」
「お願いします」
私が出て行こうとすると後ろから声がかかった。
「産めないなら避妊するなりちゃんとしなさい」
「私は産みたい」そう言いたかった。
私だって本当は産みたい。
おろしたくておろすんじゃない。
好きな人との命だし、大切にしたい。
先生から紹介状をもらい、別の病院に向かい、おろす日が決まった。
7月13日。
私はこの日を忘れない。
永遠に・・・。
当日も京司はついてきてくれた。
ここでやっぱり嫌って言ったら困るかな。
そんなことを考えながら時間が過ぎるのを待つ。
その間何度も口付けを交わし、気分を紛らわす。
時間が来た。
呼ばれた私はなんて言っていいのかわからず
「いってきます」
そんな言葉を残し、病室を出た。
自動ドアが開き、いろんな機械に囲まれたベットがある。
ベットに横たわると自動で動き、股が広がる。
「力抜いてください」
言われたとおり力を抜くと変な香りがした。
気がついたときには病室のベットだった。
終わった。
ただそう思った。
産まれなかった子供に京司は名前をつけてくれた。
「南月」
この世に一つしかない南に輝く月と同じ意味で「南月」
この世に私と京司の中で居続ける「南月」
消えない「南月」
毎年7月13日には心で手を合わせる。
お墓もなければ、何も残ってないけど、ただの自己満足なのかもしれないけど、私にはそれしか思いつかないから、これからも毎年7月13日には手を合わせる。