8.役立たずと黒い竜
談話室での1件があっという間に騎士団内に広がり、晴れて流月は騎士団公認の監視対象となった。
監視下として隊長格の騎士と行動を共にするものの、騎士棟の客間が与えられ比較的自由な生活を送っている。更に最低限の生活用品は騎士団から支給されてもいた。
「ミラ!これどこ置くの?」
竜騎士団後衛部の団服に身を包んだ流月が問う。
「それはそこの引き出しの中!あ!その青い瓶は1番奥の棚よ」
医務室前に運ばれた通箱の中の膨大な薬品や備品を次々と棚にしまっていく。
今日は医務室の手伝いで補充備品の整理だ。
日中、部屋にいてもやる事のない流月は騎士団の雑務を手伝うようになった。中でもミラの手伝いをする事が多い。
備品をしまうために開けた引出しの中の白っぽく輝く石を見つけた。
キレイ…宝石?みたい…そう思いながら、石に手を伸ばす。
「流月!!!だめ!!!」
ミラの鋭い声に、ビクリと手を引っ込めた。
「触ってない?!『月の石』は魔力のある石なの。魔力のない人にとっては毒よ!皮膚が爛れるわ」
慌てたミラが流月の指先を確認し、なんともなっていない事にほっとする。流月は『魔力のない人』と言うフレーズに地味にしょんぼりしていた。
「もぅ、危険な物も沢山あるの!勝手に触っちゃだめよ!」
流月から補充備品を奪い取り引出しに手早くしまった。
「ごめんなさい」
しゅんっとした流月に、ミラは肩をすくめる。
「何ともなくてよかったわ。そこの紙袋、セルジュ隊長に届けてくれる?」
「……はーい」
やんわりとした戦力外通告だが、心配をかけてしまった流月に反論の余地はなかった。
医務室へ運ばれた通箱の中から指定の紙袋を取り出し、医務室を後にした。
……
コンコンコン…
騎士棟2階の最奥の部屋。竜騎士団団長の部屋だ。
団長不在の今、事実上の団長は一番隊を率いるセルジュであると、ミラが教えてくれた。
この部屋で書類と戦うセルジュを何度か見た事がある。が、今は不在のようだ。
ふと廊下の窓から演習場を見ると、セルジュの亜麻色の髪の毛が目に入った。
紙袋を両手で抱え、演習場へ早足で向かう。セルジュの後ろ姿よりもその横に居る存在に目が離せなくなった。
漆黒の艷やかな鱗を持つ『竜』が座っていた。
演習場に着くと、セルジュは騎士隊員に何やら声をかけた後、竜の顔を優しく撫でていた。竜は気持ち良さそうに、金色の目を細めている。緊張からか興奮からか心臓がばくばくする。
流月は一歩ずつ、ゆっくりとセルジュの横に並んだ。
「……………」
気配で流月に気が付いていたセルジュは、黙ったままの流月に顔を向けず問いかけた。
「…怖い?」
セルジュの問いに答えず…ーーと言うより、耳にも入らず、流月は更に一歩を踏み出す。
「?!」
怖がっているとばかり思っていた流月の反応に、驚き、伸ばされた右手を掴んだ。
「…何をしている?」
「あっ、えと…キレイだなと思って…」
セルジュは目を見開いた。
暫く流月を見つめた後、はぁっと溜め息をつき、竜に向かってピュィッと口笛を吹いた。竜は返事をするように瞬きし、大きな翼を羽ばたかせた。
そして見惚れたままの流月の右手を離さず、セルジュは歩き始めた。
………
バンッ!!!
と、医務室の扉が勢い良く開けられた。
「ミラ!!!コイツを放牧しておくな!」
「あらら〜…また何かやりました?」
ミラの口振りに少なからず流月はショックを受けた。
「黒竜に触ろうとした」
「あはは!嘘でしょ!よく触ろうと思ったわね!!その子昨日は水魔法勝手に触ってびしょ濡れになってましたよ」
セルジュの眉間の皺が深くなる。
…うぅ…怖い
「……ここは騎士棟だ。武器やら魔法やら、とにかく危険な物が多い。2度と!!無闇やたらに触るな!!次やったら独房に入れるぞ」
1日に2度も、同じ事を言われしょんぼりを通り越して泣けてくる。しかも以前は閉じ込める必要はないと言ってくれたのに。
「…だって…凄くキレイだったんだもん」
お届け物です、と涙目で呟きながら紙袋をセルジュの胸に押し付ける。
「あっはは!!アンタ、昨日と理由も一緒じゃない!」
ミラに笑われて涙目で不貞腐れる。笑わないでー!とミラに後ろから抱き着いていた。そう言えば『流月の行動基準はキレイかどうか』と、グレンも同じような事を言っていたな…と頭を抱えたくなる。
「……元はと言えば、コレを流月に届けさせたお前の責任だな」
紙袋の中身を確認したセルジュがミラを睨む。
「だって手配させたのセルジュ隊長じゃないですか!それにそんなに好奇心の塊なんて知らなかったですし…」
流月を撫でながら悪びれた様子もなく、心外だとばかりにミラが答えた。不機嫌な顔で流月に近付くと、今度はセルジュが流月の顔の前に紙袋を差出した。
「……?」
流月がよく分からないまま紙袋を受け取ると、セルジュはそのまま医務室を出ていった。
「クスクス…それ、流月によ。女の生活に必要なものを手配してくれって、セルジュ隊長に頼まれてたの。」
紙袋の中にはかわいいグラスやタオル、液体の入ったキレイなボトルがいくつか入っていた。ボトルは基礎化粧品らしい。セルジュの出て行った扉を見つめている流月に、ミラが笑いながら呟いた。
「あれ、本心は怒ってないからね。自分の対の竜を綺麗って言ってもらって照れてるのよ。まったく…隊長が不器用でどうすんのかしらね」
ミラはふふっと笑いながら文句を言っていた。本心ではないんだと流月に伝わる。
「あれ、セルジュ…隊長の竜なの?」
「そうよ〜大きいし真っ黒いし、よく怖がられるからね、嬉しかったんじゃない?」
あんな優しい瞳の竜を怖がる人がいるんだと、紙袋を抱きしめながらぼんやり思う。ぼんやり浮かんでいるのが黒竜なのかセルジュなのかは流月にもハッキリしなかったのだが。
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