7.グレン隊長の騎士棟ツアー
「んで、あっちが食堂兼談話室。」
流月の横を歩きながら、グレンはあっちこっちを指差し騎士棟内を説明して回る。
ベッドに潜り込んだ流月はまたいつの間にか眠っていた。勤務交代により手の空いたグレンに叩き起こされた流月は、医務室から出ようとしたところで、
「あー…男所帯にそのカッコは毒だな。ちゃんとした服あったら着替えて来な」と、外出NGを食らった。
患者用の病衣は薄手の白いシャツのため透けそうではある。そもそも病衣が男性向けの大きめサイズしかなかったため、いっそ大きめシャツをワンピースの様に着ていた。急いでミラの部屋で白シャツと黒いパンツに着替える。
「まだ食堂にも行ってねぇんだろ?でも、ま…先にこっちだな。ここが魔法演習場だ」
魔法演習場は演習場の中でも騎士棟から1番離れた一角にあった。他の演習場と違って高い壁で囲われている。
「まぁ、暴走すると周りが危ねぇからな」
そう言いながら魔法演習場への扉を開けた。
開けた扉の先では稲妻が雷鳴を轟かせたり、水が踊るように美しい輪を作っていた。また別の場所では紅蓮の炎が渦巻いている。騎士達が訓練として意図的に操っているようだった。それは流月の世界では決して見られぬ光景であった。
流月は、ゲームや童話の世界でしか見たことのない『魔法』という存在に、がっちり心を掴まれてしまった。
「グレン隊長…私、私も魔法使える…?」
「ぶははっ!!!まさかの使いたい発言かよ!!」
「だって!!!キレイなんだもん!!!」
またもやグレンに笑われて、膨れっ面で答えた。
「くくっ!!お前の行動基準はキレイかどうかなのか。……まー元々魔力のあるヤツなら訓練次第でちったぁ使えるかな。お、ロイ!ちょっと計測器持ってきてくれ」
他の騎士達の訓練を監督していたであろう騎士を軽く呼び寄せる。呼ばれた騎士ーロイは計測器と呼ばれた白い珠を持って側にやって来た。
「隊長、持ってきましたよ。なんに使うんですか?…その子は?」
「コイツは我が竜騎士団の監視対象となった流月だ。流月、手を」
て?と疑問を浮かべながら両手を広げた流月へ計測器を渡した。ロイも突然の監視対象発言に訳が分からないでいる。
拳大の計測器は流月の手の中で静かなままだ。
「………流月、お前には魔力の欠片もないな」
そう言ってグレンは流月から計測器を取り上げた。計測器はグレンの手の中で緑色に輝き始めていた。
「普通、魔力は何れかの属性に割り振られてて、計測器は魔力を感知するとこんな風に光るんだ。オレは風属性だから緑で、」
計測器をロイへ渡す。次は蒼く輝く。
「ロイは水属性だから、青。その計測器が反応しなかった以上魔力がないって訳で、残念ながら魔法は使えなさそうだな」
「え〜…そんなぁ……」
「…僕には全く話が見えてこないんですけど…」
しょんぼりする流月に、怪訝な顔をするロイを見て、グレンはにやにや楽しそうだ。
「とりあえず談話室行くか!ロイ、お前も来い」
「まだ隊員達が訓練中なんですけど…」
「もう勤務時間は終わってんだろ?隊長命令だ!お前ら、解散!!!」
「はぁー…隊長、自由すぎますよ」
談話室。
広々とした部屋に長机と長椅子が並べられていた。
夕食前の時間のため人は疎らであるが、グレンと流月が入った途端視線が集まるのを感じ、流月はやや緊張する。
グレンは全く気にする様子もなく、奥まった二方を壁に囲まれた席へ着いた。隣に流月が、向かいにロイが続いて座る。
「グレン隊長ー、こんな時間から談話室に来るの珍しーっすね」
「ロイ、なんかしたのか」
「隊長!そのかわいー子誰ですか!!」
夕食前にグレンが談話室を訪れることが珍しいらしいのか、騎士達が集まって、次々と話しかけてくる。
「ったくお前ら、やかましいな…コイツは暫く騎士団で面倒を見ることになった、流月だ。一応正体不明の侵入者の監視って名目だが…アリアナ姫もセルジュも8割型保護の姿勢だな。てな訳で、お前らも気にしてやってくれ」
「る、流月です!!変なことするつもりは全くありません!!皆さん、お願いします!!」
「お前はイチイチ変なことを言うな…」
『監視』と聞いた時には一瞬ピリッとした騎士達だが、その後の説明や二人のやり取りを見て気を抜いたようだ。次から次へグレンや流月に話しかけている。思いがけず騎士達に紹介された流月だがグレンのお陰で上手く打ち解けたようであった。
バンっ!!!!!
突然勢いよく談話室の扉が開かれた。騎士達は警戒した様子で扉へ振り返る。そこにはセルジュが焦燥感の漂う面持ちで立っていた。何かを探しているのか、2度3度談話室を見渡し、流月の周りの人だかりに、流月に気が付いたようだ。途端、ほんの一瞬安堵の表情が浮かんだようだったが、すぐに不機嫌な顔を作り流月達の方へ大股で近付いてきた。
流月を含め表情の変化に気が付かなかった騎士達は、不機嫌な一番隊隊長に緊張した様子で姿勢を正す。
変化に気が付いたグレンだけは、楽しそうな様子でセルジュを待った。
「ミラが。帰ってきたら流月が居なくなったと慌てていて、一緒に騎士棟中探していたんだが、まさかこんなとこにいたとはな…グレン、お前の仕業か」
はぁーーとため息を付きながら、グレンに話しかける。
医務室での威圧感を思い出し、流月の背筋がぴっと伸びる。
「なんだよ、頼まれただろ?医務室なんかに1日居ろなんてかわいそうじゃん。勤務終わってからだし、『隊長格』と一緒だし、問題なんてないしょ?…まー…セルジュが。心配で堪らなかったって言うなら謝るぜ」
軽口で応じるグレンに反してセルジュの雰囲気が一層ピリッとする。
「お前な……流月を連れ出すなら医務室の支援部に声を掛けておけって事だ!!隊長格が何してんだ!心配して当然だろう!!」
騎士達はいつものやり取りであったことに安堵して気を抜くが、流月はまだ固まったままだ。見兼ねてロイが流月へ耳打ちする。
「あの人達、いつもあんなだから安心して。同期だから遠慮がないんだよね、真面目なセルジュ隊長とそれをイジりたいグレン隊長。あれでいてお互い信頼してるんだから不思議だよね」
そう言えば昨日、医務室での二人のやり取りもミラは華麗にスルーしていた。そう思うと意外に子供っぽい1面が微笑ましく感じる。
「ふふっ…子供みたい。ありがとう、ロイさん」
「いえいえ。僕は二番隊副隊長やってるから、あの二人のやり取りよく見るんだよね」
ロイは人の良さそうな笑みを浮かべた。周りの騎士達もあの時はとか、セルジュ隊長がとか、色々面白い話を流月へ聞かせようとしてくれる。
楽しそうに笑う流月を横目で見て、セルジュはもう1度安堵の息を漏らした。目敏く気付いたグレンは、セルジュの耳元で呟く。
「昨日のまま、しょんぼりしてなくて良かっただろ?最初から心配だって言えばいいのに」
「…煩い」