61.その無頓着さが
「……ハッ……ハァッ……」
竜の森から騎士棟へ、ロキは全速力で向かう。
騎士達にすら竜であることを隠すため、わざわざ騎士棟から離れた竜の森で人型に戻るよう言われているが、正直今はそんな時間すら惜しい。
流月の魔力がずっと揺らいでいることが知覚出来ていた。
ー グレン隊長見たら確実に暴走する…!!!
最悪を想像しながら医務室の扉を勢いよく開け、視線を走らせる。
と同時に一際大きく魔力が揺らいだ。
ベッドに横たわるグレンとそのすぐ横に座る流月の姿を見つけた。後方隊員達が距離をとって見守っている。魔力差のせいで下手に近付けないのだろう。
グレンの右手を両手で握るように、俯きがちに座る流月の表情はよく見えない。倒れてはいない事に最悪は阻止出来たと安堵する。
その瞬間、タンパク質の焦げる嫌な匂いが鼻をついた。
「チッ!!………」
ロキは流月の元へ急ぎ、右肩を強く掴んだ。勢いに抗うことも無くふわりと大きく揺れる体を支える。漸く見えた流月の顔は青白かった。
すぐさま最大量の魔力を流し込む。
「ロキ…………流月、手が「大丈夫。治せる……もう、傷なんて残させない。たださ、属性の問題でグレン隊長の手は完全には治せないんだ。そっちの対応よろしく」
ミラに似合わない涙をぐいっとぬぐいながら、ロキはミラを安心させるようにいたずらっ子の様に舌をべっと出した。そんな様子にミラは気の抜けた笑みをこぼし、ありがとう、と必要な道具を取りに走っていった。
静かに横たわるグレンを見つめる。
腹部にあると聞いていた傷は見当たらなかったし、顔色も悪くない。
流月が握っている右手は魔力の属性違いによる摩擦で熱を発し、癒着しているだろう。
「……馬鹿」
癒着した流月の手に自らの手を重ねて魔力を送る。同属性の、しかも対であるロキであれば流月に傷一つ残さず治癒することが可能だ。そうすれば癒着も自然とはがれる。グレンには傷が残るが、騎士として影響の出ることはないだろうし、腹部の傷がなくなっただけで充分だ。正直な所、流月程の必死さはロキには無い。
ー あの昔話を聞いたら放っておくなんて無理か……ったく、グレン隊長も余計な事を……
流月の長い睫毛が揺れた。
瞼がゆっくりと開き、漆黒の瞳と視線がぶつかる。
「…………ん、ロキ………」
ぼんやりした様子の流月はロキの存在に驚いていない。まだ頭が働いていないのか、ロキの魔力を感じていたからなのか。
「………怪我、してない?……グレン隊長は?」
まだ青白い顔をしているくせに人の心配ばかりする流月に舌打ちしたい気持ちをぐっと抑える。
「グレン隊長は大丈夫、充分回復出来てる……流月こそ手、痛くないの?身体は?」
ロキの問いに流月は微笑んだだけだった。
「………ねぇ、オレのいないとこで勝手に傷つかないでよ。流月のいない世界なんて興味ないんだから……」
言いながら、流月の左頬の傷をなぞる。ロキを竜の谷へ迎えに行った時についたものだ。小さな傷口は状態の固定が早く、傷を負った直後でなければ治癒することができない。自分がテンパって暴れていたせいで治癒するタイミングが過ぎてしまったのだ。
自分のしょうもなさ、餓鬼さを見せつけられるようで思わず表情が歪む。
「こっちも治せたら良かった」
「なんで?おそろい、でしょ?」
流月がロキの目元、口元の傷を同じ様になぞって笑った。
優しい笑顔にきゅうっと胸が締め付けられ、そのまま流月を抱き寄せた。
「……………無事でよかったぁ……」
流月がロキの肩へ頬を擦り寄せ、背中へ手を回す。珍しく甘えるような反応に、漸く出せた弱音なのかもしれない、と抱き締める腕の力を強めた。
流月がどうしてもと言うのであれば、国境へだって連れて行くつもりだった。流月が望むならなんでも叶えるつもりだった。そのために長い間探し続けていたのだ。それなのに人の気も知らないで、周りの為に自分を律して、弱音を隠して傷を重ねていく。
周りの傷には敏感なのに、自分の傷には無頓着な頑な少女。
ー そういう所に腹が立って堪らない
と、荷物を持ったミラが戻ってきた。
起き上がっている流月に気がつくと、流月を抱きしめているロキごと抱きついた。
「もーーーーーっ!!!アンタ、何回心配させるのよ!…………グレン隊長も……アリアナ姫も守ってくれてありがとう……全然、力になれなくてごめん、無事でよかった……」
………………
グレンの爛れた手の処置を終わらせたミラに促され、流月とロキは自室へと向かっていた。
「……………」
「……………」
隣を歩くロキはだまりこんだままだ。
なんとなくいつもと違う空気を感じ取った流月も口を開けないでいた。二人とも無言のまま流月の自室前へ到着する。
「じゃー、オレ風呂いってくるから」
漸く口を開いたと思ったらロキはたった今来た道を戻ると言う。浴場は医務室からの方がうんと近かったのに、だ。
「えぇ?逆方向だよ。なんでもっと早く言わなかったの…」
「散々夜中に一人で出歩くなって言ってるのに……自分の身を大事にしないちんちくりんを一人で帰す訳ねーでしょ」
そう言うとロキは振り返る事なくさっさと行ってしまった。
「何いってんの?大事にしてなくないよ……」
なんとなく非難された雰囲気を感じ取った流月は、唇を尖らせ独り言ちながら自室の鍵をあける。
例え魔力が枯渇してもグレンが助かりさえすればいいと、流月は本気で思っていた。それなのに、ミラの赤く腫れぼったい目元を見て、胸がぎゅうっと痛んだような気がした。
ー だって、グレン隊長もアリアナ姫も辛い思いしなくてすむのに
そうじゃない何かがあるのだろうか。
ふと僅かに開いたカーテンの隙間から団長室に明かりがついていることに気がついた。
団長室にいる人間なんて限られている。
遠回りしてまで送ってくれたロキには申し訳ないと思う。けれど、このままベッドに潜ることは流月には到底できなかった。
静かに扉を開け、流月は団長室へ向かった。




