60.深夜の帰城
ジェドから詳細を聞いた流月は二番隊の大半がほぼ無傷で帰ってきてくれたことに安堵しつつも、未だ音沙汰のないグレンとロイの状況に不安な気持ちを抱えたまま夜を迎えた。
セルジュ達が出立してから既に六時間以上経過しているが、向こうの状況が分からない彼らに無闇に連絡を取ることも出来ない。
「早く、安心させてよ……ばーか」
不安な時にはいつも思い浮かぶ、安心感しか無い背中に悪態をつく。
流月はシーツを握りしめ、眠れないままベッドに横たわった。
…………
「ミラっ!!!」
騎士棟が騒がしくなったのは深夜近くになっての事だった。
いつもなら騒がしいと咎められる勢いで流月は医務室に飛び込んだ。
消灯時間を過ぎているはずの医務室は明かりが煌々と付いており、処置用ベッド周辺では慌ただしく医務室の人間が動いていた。その中にミラの姿を確認し、流月はミラの元へ向かった。
処置用ベッドを覗き込み、ぎくりとした。
横たわるグレンの顔色は、良くない状態だということが一目で理解できてしまうほどに真っ白だった。
「ッ…………怪我は?」
「内臓は上手く避けてくれたみたいけど、血管を損傷してるみたいで出血が止まらないの、これ以上は……」
「これ以上はって……なんか、手術とかできないの?」
「必要な傷の縫合はしたわよ。でも内部の損傷を何とかする手段はないわ」
ミラは悔しそうな表情を浮かべるものの、積極的な治療のための処置を進めようとはしない。諦めないで、と口を衝いてでそうになる言葉をぐっと飲み込んだ。ミラが簡単に諦めるわけがない。ここでの医療の限界を知っているのだ。そう理解して愕然とした。
「魔法、は?回復魔法とかないの?ロイさんが何かやっててくれたんでしょ?」
「そんな夢みたいな魔法はないわ……こんな傷相手じゃ対処魔法もおまじないみたいなもんよ」
「…………こんな時『女神の印』さえあれば」
ポツリと、誰かの呟きが医務室に響いた。
「ッ……誰?!不敬よ!!」
ミラが叫ぶ。隊員はミラの剣幕に青ざめ直ぐに謝罪する。
「…………『女神の印』て、何?」
苦い顔をしたミラが、しぶしぶ口を開いた。
「『女神の印』を持つ者は癒しの力を持っているわ。力に大小はあれど、竜に関する相手ならばどんな傷でも病でも完治が可能よ」
『女神の印の無い姫君に』
ふと、濁った声が甦る。
「……それは、もしかしてアリアナ姫が持つべきもの?」
流月の問いかけにミラの眉間のシワは一層深くなる。そのまま無言で小さく頷いた。
ー じゃあ尚更グレン隊長を死なせるわけにはいかない。アリアナ姫に背負わせたくない!!
ミラもきっと分かっている。グレンに好意があるであろうアリアナが、女神の印が無いことでグレンを死なせてしまったらどれだけ悲しみ、自身を責めてしまうか。
それでもこの世界ではグレンを救う手立てが見つからないのだ。
「……対処魔法って、何するの?おまじないかもしれないけど、それでも何か探したい」
流月にはここでの限界は何も理解できていない。けど諦めるなんて出来ないし、したくなかった。少しでも可能性のある方法を見つけたかった。
「対処魔法は水魔法特有の魔法よ。自然治癒力を向上させて傷や異常を癒すことができるわ」
「それならっ!!」
「無理なのよ………今の竜騎士団に水属性の騎士は三枚羽までしかいないの。ロイも一緒よ……全員集まったってこんな傷治せる程の魔力にはならないわ………前の団長だってここまでの傷治せたことなんて」
ミラの言葉に引っかかりを覚える。
「前の団長って……テオドール騎士団長?」
流月の問いかけにミラがビクリと肩を揺らした。
「アンタ、知って…「テオドール騎士団長の対は緑竜なんでしょ?風属性ってことだよね……なんで傷が治せるの?」
ミラが自分の失言に気付き青ざめ、きゅっと口を結んだ。
「ねぇ、ミラ!お願い教えて……手遅れにしたくない」
残される気持ちも、決して解消出来ない後悔も誰にも味わって欲しくない。その一心で食い下がった。勢いに圧倒されたミラが静かに、苦しそうに口を開く。
「…………本人のキャパ以上に供給された魔力は、自然治癒力となって身体を癒やす事が可能なの」
「水魔法じゃなくても魔力さえあればなんとかなるってこと?私の魔力でも、使える??」
流月の呟きに、ミラの瞳が僅かに揺らいだ気がした。ミラは小さく首を振りながら流月の問いに答える。
「ここまでの傷を治癒した前例がないわ。どれだけの魔力が必要なのかもよく分からないし、属性が異なる分、摩擦でのロスも大きい。アンタの魔力量が類を見ないほどなのは知ってるけど、魔力の枯渇でだって命の危険があるのよ」
揺らぎの理由が分かってしまった。
グレンを助けられない未来、助けられなかったことでアリアナが苦しむ未来はミラだって当然望んでいない。けれども、その未来を覆すかもしれない方法には流月の命の危険が伴う。だからミラは言わなかったのだ。
ー それでも。
流月はグレンの冷えた右手をぎゅうっと、握りしめた。
「流月っ!!!「可能性があるなら当然かけたい!」
思いきり、全力で、魔力を送る。早く目覚めるように願いを込めて。
……
「流月……もうやめて!」
絶叫するような声が医務室に響いた。
ミラの魔力量では、今の流月に触れることが出来ないと分かっている。心配してくれてるのは分かっているが、今止めるわけにはいかないのだ。意地悪だと思いながらも制止を無視してグレンの右手を握り続けた。
魔力を送るにつれ熱を帯びた手の平が、いつの間にか炎に触れる様に熱く、刺すような傷みを伴っていた。七年前にも感じた焼けるような熱さに挫けそうになる。
それでも、今回は誰かを救うための熱さだ。失うためではなく。
もっともっと、早くグレンが目覚めるように魔力を込め続ける。
「ッ……傷が…………」
不意に、涙声のミラが呟いた。
腹部へゆっくり視線を向ける。その動きが何時もよりしんどく感じた。
一瞬出血が増えたかと思うと、傷口がじわじわと小さくなっていく。
「流月、もう…「まだ駄目!元に戻せなくちゃ意味ないのっ!!」
失ってしまったリズの左腕にだって哀しむ人間はいるのだ。
誰にも心に傷を作ってほしくない。後悔なんてしてほしくない。
流月は狭まる視界を理解しながらも、握る手を緩めなかった。
思い出すのはあの日の硬い声だった。




