59.再会
レスターに案内された来賓室の扉を開くと、長窓から入る柔らかな陽の光に照らされた輝く金色が目に入った。その輝きに見惚れていると落ち着いた声がかかる。
「お久しぶりです、タカミヤ団長。先日の夜会警備ではお世話になりました」
どこかで聞いたことのある声だと、視線を下げる。目尻を優しげに下げた空色の瞳と視線がぶつかった。
流月の脳裏にあの夜の出逢いが蘇った。上品な光沢のあるグレーのスーツに身を包むクリス・ブローベルがソファーから立ち上がっていたのだ。
と、流月はおもむろに頭を下げた。
「何事もなく夜会を終えることができて騎士団としても嬉しく思っています…が………その、何か不手際がありましたでしょうか?」
わざわざ王城にやって来る位だ。許されない失敗をしてしまったのかと心配になり、流月は頭を下げる事しか出来ないでいた。実際思い当たる節は多過ぎる。立入りを控える様に言われていた本館にも入ってしまったし、クリスとの直接のやり取りは何が正解なのかよく分からないままだ。何かが気に障って騎士団にクレームを入れに来たのかも…そう思うと嫌な汗が吹き出してくる。
流月の必死な様子にクリスは思わず吹き出してしまった。
「あははっ……違うよ、苦情を言いに来たんじゃない……寧ろ来賓にも姪っ子にも大満足してもらえたんだ。どうもありがとう。ソフィアがまた会いたいと言っていたよ」
その言葉にいくらか安心した流月はそうっと顔を上げる。目の前には穏やかに微笑むクリスの手が差し伸べられていた。その手を遠慮がちに掴む。滑らかな指先に触れてもあの夜の嫌悪感は無かった。
嫌悪感の無いことにホッとしている間に来賓用ソファーの真ん前まで連れられていた。力任せに引かれてはいないのに、違和感なくクリスの思い通り導かれていた事に驚き、慌ててエスコートを断ろうとする。
「あの、勤務中ですので……「まぁそう言わず、少しくらい付き合ってよ」
が、滑らかな指先がそれを許さなかった。ソファー手前で手をやや後方へ持ち上げられる。バランスの崩れた流月は、そのままソファーへ座ることになってしまった。驚いてクリスを見上げるとイタズラっぽく笑っている。
ー エスコート、怖いっ!!!
クリス自身は適度な距離を置いてその隣に座り、王城付きの侍女に二人分のお茶の準備をお願いした。嫌味のない、綺麗な所作だった。
手練れすぎるクリスに抗っても無駄だということが理解できた流月は、諦めて沈みこむソファーに体を預けた。
そもそもレスターが相手をしろと連れてきたのだ。勤務中だからといって問題になんかならないだろうと、流月は開き直り、『来賓の相手』とやらを受ける事にした。
「それで、お話というのは?」
侍女の淹れてくれた香りの良い紅茶に口をつけ、流月はクリスに尋ねた。苦情でなければわざわざ王城まで出向いた理由が思い浮かばない。
クリスはティーカップを静かに置くと、ふぅ、と息を吐いた。
「回りくどい事は好きじゃないから直接言うけど、貴女と親しくなりたいと思っている。今まではレスター宰相に予定の調整をお願いしてたんだけど、急遽観劇チケットが手に入って慌てて登城したんだ。勤務中にこんな申し出悪いとは思ってるんだけど……今夜、一緒に行っていただけませんか?」
クリスは流月の手を取ると、跪き指先へ軽く口づけた。
柔らかな唇の感触に、一瞬で顔があかく染まる自覚があった。
こちらに来てエスコートは何度か経験はしたが、跪かれることも口づけされる事も、あちらを含めて経験の無い、未だ映画の中だけの出来事だ。初めての扱いにパニックになりそうな頭が、『今夜』という言葉を受け止め、流月を冷静にさせた。
「……………せっかくのお誘いですが、今日は騎士団を離れるわけには……いえ、離れたくないんです。私が待っていたいんです。埋め合わせはします。だから……」
流月の言葉にクリスは顔を上げた。
落ち着いた声音から想像していなかった、静かに流れる一筋の涙に思わず目を見開く。漆黒の瞳が揺らぐことを気にもとめず、視線を外すことも、涙を拭うこともしない流月がとても美しく見えた。
「貴族令嬢であれば個人の要望なんて無いものとして、上位貴族の、『公爵』っていう爵位に従うんだろうね」
クリスの言葉に流月の体がびくりと震えた。
「そんな令嬢達をくだらないと思っていたのに、思い通りにならない事がこんなに歯痒いなんて」
騎士への感情も憂いも、全て取り除くようにクリスはそっと涙を拭った。
「…………けど、そんな貴女だから僕も興味を持てたんだ。僕じゃない誰かのためって言うのが悔しいけど、今日は諦める」
埋め合わせの言質もとったしね、とクリスはソファーに体を預けると紅茶を口に運んだ。クリスはそれ以上何も突っ込むことはなく、他愛もない会話を楽しんでいるようだった。
流月もそんなクリスの対応に感謝し、柔らかく微笑んだ。
「僕は貴女のその笑顔を好ましく思うんだよ、本当に」
クリスは満足気に呟くと、つられるように綺麗な空色の瞳を細めた。
……
クリスとの談笑を終え、幾分か軽くなった気持ちで団長室へ向かう途中、訓練場に降り立つ竜の姿をを見た気がした。窓からしっかりと確認する事ももどかしく、流月は全速力で走り出していた。
飛行訓練場には十頭を超える竜が降り立っていた。
既に怪我の処置に当たっているようで、竜や隊員達の隙間にミラや他の後方支援部隊の姿があった。数人、処置を受けているようだが、重傷者のいるような慌ただしさは感じられない。
「団長」
肩で息をしながらキョロキョロと様子を伺っていた流月へ声がかけられた。振り返ると一人の隊員、二番隊三番手のジェドが立っていた。
ジェドは流月が振り返ったことを確認すると姿勢を正し敬礼の体勢をとる。
「ロイ副隊長より隊長代理を任じられております。二番隊帰隊しました」
「ジェドさん!無事でよかった!!……じゃなくて、えっと、ジェド二番隊隊長代理、二番隊帰隊を許可します」
帰隊の正式な挨拶をするジェドに、素のまま応えかけたところで自分の役割を思い出した。慌てて流月も敬礼を返し、騎士団長として隊の受入れを完了させる。
「怪我は?」
「何人か軽症者はいますが、ここにいる隊員達は皆無事です」
「……よかったぁ」
ロイから他に怪我人はいないと聞いていたが、この目で確認するまで安心出来なかった。震える手を胸元でぎゅっと握り、流月はため息をもらす。
「こんな事態になってしまい申し訳ありません。私達の力不足です」
ジェドが深々と腰を折る。
「そんなことないです。精一杯やってくれたの知ってます。帰ってきてくれてありがとうございます……セルジュ達も応援に向かってるので……すぐ帰ってきますよ!皆さんは少しゆっくりしてください」
「はい、ありがとうございます。………流月ちゃん、よく頑張ったね」
不意に頭を撫でられた。
見上げるとジェドが困ったように微笑んでいる。
「ごめんね、不安な気持ちにさせずに終われればよかったんだけど……」
ジェドは流月が見習いとして騎士団にいた時から雑談や訓練の相手になってくれていた騎士だ。兄のように優しく接してくれる事が多かった。
騎士団長としてではなく『流月』としての労いに思わず気持ちが緩む。
「ううん、ありがとう……ジェドさんが無事で嬉しいよ」
優しい隊長代理を困らせたくなくて、緩みそうになった涙腺を必死に押し留めた。
お久しぶりの投稿になって申し訳ありません!!!
反省すべきは多々ありますが!!!お付き合いいだければ幸いです。




