6.留守番
「今日は夕方まで出てくるから、火傷もあるし休養室で寝てなさいな。隣の医務室に支援部員がいるから何かあれば声を掛けてね」
そう言い残してミラは休養室を出て行ってしまった。
昨日もミラの仕事が終るまで休養室にいたが、思いの外疲れていたらしく、休養室でもミラの部屋でもすっかり熟睡してしまった。
暫くは言いつけを守り、ベッドの上で大人しくゴロゴロしていたが、ぐっすり寝たお陰で少しも眠くない。右肩の火傷も激しく動かさない限り痛みはない。更に心のつっかえがなくなったようで気分もスッキリ晴れ晴れしている。
「んー…寝てる気分じゃないんだけどな…」
そう言いながらベッドから降り、カーテンを開けた。
目の前に演習場が広がっている。大勢の騎士たちがいくつかのグループに別れて演習に励んでいた。
時折、ギィン…と剣が交差する音が響く。
「……剣に、騎士に…お姫様。これ何てえすえふ…」
堪らず窓枠に突っ伏す。
よくわからないまま、慌ただしく自分を取り巻く環境が変わって以降、初めて一人の時間が持てた。とりあえず自分の居場所は確保できた。周りが全然敵ばかりじゃない事も分かって、今の状況をゆっくり考える余裕も出てきた。
「……夢?にしては痛みもあるしリアルだし、そもそも私寝てなかったよね。それにここ、絶対日本じゃないし…世界史でも地理でもこんな名前の国出てきてなかった……私、実は死んじゃってる、とか?」
ゆっくり顔を上げ空を見上げる。
「空の色は一緒なのに……私の世界とは違う世界……?」
考えたところで結局何も分からなかったのだが。
「……『竜』騎士ってなんだろう?世界史では騎士しか出てこなかったよ〜」
「竜騎士は竜を使役する騎士のことだな」
「ひゃーー!!」
突然背後から声をかけられ驚きの声を上げ振返ると、グレンが休養室にやって来ていた。
「あはは、悪い。驚かせた」
「使役しない騎士もいるけど今では騎士団自体の総称になってんだ。……昨日も会ったけど改めて、竜騎士団二番隊隊長のグレンだ。とりあえずよろしく、監視対象さん?」
にっと笑ってグレンは右手を差出した。グレンの意図が分かってふふっと笑いながら流月も握手に応えた。
「流月です。よろしくお願いします、グレン隊長さん」
グレンは満足したように流月の手を離し、ベッド脇の椅子に腰掛けた。流月もつられてベッドに座る。よくよく見ると、グレンはとても整った中性的な顔をしていた。金色の長い睫毛が影を落としている。
「イケメン……じゃなくて、さっきの話なんですけど、竜騎士は竜?を使役するって…」
「そうそう。竜に力を借りてんの。竜は知ってるんだっけ?」
「想像上の生き物、としてなら、多少」
「居ないんだ!!信じらんねぇ!!アイツらを知らないのはもったいねぇな」
グレンがにっと笑いながら右手の甲を流月に見せた。
「??」
見せられた手の甲を覗き込むと、竜を模した黒の印があった。よく見るとキラキラと深い緑色にも見える。
「キレイ…触っても?」と、控えめに聞くとグレンは頷いてくれた。普通の皮膚と触り心地は変わらない。
「竜の印と呼ばれてる。竜騎士は生まれつき体のどこかにこの印を持ってるんだ。原理は分かんねぇが、印を持つ者には対になる竜が存在してる。そいつ等が力を貸してくれるお陰で、並みの騎士より強い力が使えるんだ。隊長格はほとんど印持ちだな」
「強い力?」
「竜の特性にもよるが、強い魔法が使えるってのがメジャーかな…オレは風属性の竜が対になってるから風魔法は結構得意だな」
「魔法!!!魔法があるの?!ますますえすえふ!!!」
「なんだそりゃ…」
そう言って流月の前にで右手を握り締めた。すると、竜の印が淡く光ったかと思うと、竜の印を中心に風が巻き起こった。
「これはすげー初歩的だけどな。ぶっ!!髪の毛ボッサボサだぞ」
初めて見る魔法に目をキラキラさせる流月だが、グレンの起こした風のせいで長い髪の毛が乱れきっていた。
「!!!グレン隊長のせいなのに!!!」
「あはは、悪ぃ。そんなに魔法に興味があるなら、後で手が空いたら演習場案内してやるよ」
にっと笑ってグレンは流月の頭をわしゃわしゃし、昼休みが終わるからと仕事に戻っていった。
ーグレン隊長、お兄ちゃんみたい。
流月はグレンの手により更に乱された髪の毛を整えながらふふっと微笑む。自然体で居られる自分に少し驚いて、なんだか少し誇らしい。
後のお楽しみのために少し大人しくしておこう、と流月は再びベッドに潜り込んだ。