56.国境壁の集結
「なーんか。よくわかんないまま、もう一週間経ちましたね」
澄みきった青空を見あげたまま、ロイが呟いた。
石造りの要塞も兼ねた第五区画の国境壁に登って、グレンは温くなった名ばかりのコーヒーに口をつける。
最初の襲撃以来、無も知らぬ敵は姿を見せていない。セウシリア側に動きがないのは建前上当然として、セウシリアが放棄している国境以北二キロの空白地帯も怪しい様子は皆無だ。
国境壁の西側一部が崩落したが、そこを狙って来ることもなく、既に修復が完了している。
怪我人達は怪我の状態に合わせて処置・搬送を適宜行い、最重傷者も数週間で復帰出来ると聞いている。
なんの為の襲撃だったのか。
素性も目的も分からないまま、三番、四番の特殊編成隊へ国境壁の防衛を投げる事が歯がゆい。それでもこのまま二番隊が滞在したところで状況が変わる保証も無いのだが。
「…………流月のせいで出先のコーヒーが不味くなってしゃーない」
「隊長聞いてます?でもホント、流月さんのコーヒー恋しくなりますね」
「戻ったら淹れてもらうか」
「騎士団長をそんな事で使わないでくださいよ」
「そんな事くらいしか出番がなかったんだ、上等だろ」
笑うグレンの意図を汲み取ったロイもそれ以上小言は言わない。
「知ってます?セルジュ隊長だけじゃなくてグレン隊長も十分甘いですからね」
「うるせー!!おら、そろそろ行くぞ」
「えーー隊長が横暴……」
残るは混合隊との引継ぎのみだ。多少なりとも気の抜けたグレンとロイは雑談しながら執務室へ向かう。執務室には今朝到着した混合隊の面々が既に揃っていた。
「楽しそうにお喋りとは……相変わらずの緩さだね、グレン二番隊隊長」
ブロンドヘアをツーブロックスタイルにした細身の青年ー 三番隊隊長のクライヴは、黒縁眼鏡から覗く深い蒼色の瞳を細めた。
「ゲッ…………相変わらず嫌味ったらしい奴だなー」
「……貴様には年上を敬う精神がないのか」
「たかだか一つ違いだろ?年上振り過ぎなんだよ」
「貴様のような奴は貴族社会でやっていけな「幸いな事に。我らがアリアナ陛下は竜騎士団内での貴族階級を重んじてらっしゃらないので、この場での爵位などゴミかと思いますが」
「なっ…………我がカーライル伯爵家を馬鹿にするつもりか!!」
「んなこた言ってねーでしょ」
心底面倒くさい感情を隠そうとしないグレンに、クライヴも平静を装えきれない。
そもそも平民出のグレンには貴族社会が滑稽に見えてならない。その貴族社会を何よりも重んじるクライヴとは相入れるはずもなかった。グレンも余計な事を言わなければいいのだが、あの嫌味な物言いにどうにも黙っていられず、会う度に面白味のない小競合いが起きてしまう。
隊員達もピリつく雰囲気に口出しできず、部屋の隅で縮こまっていた。
「隊長が二人も揃って何してんだ、いい加減にしとけ。ったく、相変わらず水と油だな…………」
執務室の隅に座っていた筋肉質の大柄な男ー 四番隊隊長のアーロンが二人の間に割り込んだ。無精髭が際立たせる強面の顔に似合いすぎるオールバックは、意外なほど淡い栗色をしている。
「アーロンさんまで?…………隊長二人を集結させたのはセルジュが?」
「いや、流月が正確に現状を理解した方がいいだろうと言い出してな」
「セルジュならオレとクライヴを一緒にしないか…………ま、でも騎士団長の考えなら大人しく仕事しますかね。ロイ、地図を」
…………
「状況は理解した。…………相手はセウシリアなのか?」
グレンが一通り状況を説明し終えたところで、アーロンが口を開いた。
「確証はないですね………偵察部隊も含め確認できる範囲で向こうに動きはなかったし、制圧した奴らも雑魚ばっかりで」
「そんな奴等に五番隊がやられるだと?確かに印持ちは少ないが、魔力量は一般人とは違うんだぞ……そもそも向こうには基本的に魔法は存在してないだろう」
「んなこた分かってる。そこはオレもセルジュも納得してない。ただ向こうが何の反応も見せない以上、何も踏み込めない」
「…………国境の守り固めて様子見するしかないって事だな」
「以降は三番隊、四番隊混合隊での防衛を任せます。一週間も居て何も掴めず申し訳ない。オレの力不足だ。…………セウシリアは手を出すつもりはないって言ってるから、怪しい奴等には遠慮は要らないし、異変があれば直ぐに一報を」
アーロンの言葉に渋い顔をしていたグレンはガバっと頭を下げた。
その様子にアーロンは目を真ん丸くし、ロイは呆れた表情を浮かべる。
「いやいや、隊長が謝るような状況じゃないでしょ……」
「そこがコイツのいいとこで強さの所以なんだろうな」
「そうなんでしょうけど……もう少し威厳と言うか、腐っても二番隊隊長ですよ?!「そー言うロイの方がオレの扱い酷ぇだろ」
真面目に話し終えたグレンがいつの間にかロイの背後に立っており、チョップをかます。ロイの中々酷すぎるボヤキにアーロンも笑っていた。
「つー理由で、後は頼んます。アーロンさんも、クライヴも」
そう言ってグレンはロイと共に部屋を出ていった。
クライヴは無表情のまま拳を強く握りしめた。
急に前線に配置され、たったの一週間で全貌が把握できる事など稀だ。それを自分の力不足だと素直に言葉にする事はクライヴには出来ないことだし、必要のないことだとも思っている。
それなのにグレンの対応にざわつき、苛立つ。
「お前達、足して二で割れれば丁度いんだけどな…………見習う所はあっても『敵視』する必要は無いんだろ?」
アーロンの言わんとしている事が理解できて余計に情けなくなって、腹が立った。恐らく、自分自身に。
「嫌ですよ………あんなヤツと足されるなんて…………」
せめてもの憎まれ口に、アーロンは声を出して笑っていた。




