54.無意識の理由
「ちょっとは自覚した?おっさん、無意識に攻めすぎなんだって」
失礼だが、存在を忘れていたロキの声にはっと顔を上げた。ロキは呆れた顔をして目の前のソファーにどかっと座った。セルジュがあまりに怪訝な顔をしていたのか、ロキの眉間に皺がよる。
「何?まだ分かってないの?流月がアンタのこと「いや、そんな訳無いだろ…………俺は……」
ロキの言葉を遮って否定しようとするが、続かない。
「否定する以上どうしようもなく鈍感な訳じゃないでしょ。認めたくないだけ?」
あかく染まる流月の顔が思い出される。
困ったように下がる眉毛も、涙で潤んだ漆黒の瞳も、震える桜色の口唇も。全て隠しきれなかった恋情の現れに思える。思えてしまう。そんな感情の暴走を自分が起こしたのだと思うと、ぞくりと欲情が湧くのを止められない。
ー 認めたくないんだ。きっと、俺は
流月の思いを認めてしまえば、気持ちの通じ合えるはずの相手と決して結ばれることのない立場を、この国のあり方を、長の印を持つ彼女自身すら恨んでしまいそうになる。いつか彼女が迎えるであろう、自分以外の男との幸せな未来を壊したくなってしまう。
だから認めたくなかった。
自分勝手すぎる欲に気分が悪くなる。
「…………最低だ」
「流月はおっさんの気持ちに全く気付いてないから安心して。あんなに分かりやすいのにね」
「…………は?!」
自分の醜悪さを認識して落ち込むセルジュへロキはしれっと攻撃を続ける。爆弾発言にセルジュは勢いよく顔を上げた。
「え、バレてないと思ってた?あんな明らかに流月にデレデレデレデレ甘くなってんの、騎士団全員分かってんじゃない?もちろんオヒメサマもね」
セルジュの顔から血の気が引いた。
「まーオヒメサマはおっさんの反応、嬉しそうに見てたけどね」
「まてまて、どーいう…
焦るセルジュがロキに詳細説明を求めようとした途端、ノックの音が響いた。二人の動きが一瞬止まったところで、返事を待たずに扉が開いた。
「タカミヤ団長……は不在ですか…………そんなところで何してるんです?セルジュ隊長」
そこには怪訝な表情を浮かべるレスターの姿があった。
「いや、色々と…………レスター宰相こそ?」
セルジュはバツが悪そうに立ち上がり隊服を正すと、誤魔化すように咳払いをした。
「ああ、ブローベル卿からの言伝を」
レスターの言葉にバツの悪さなど消え、真顔で動きを止める。
「そんな怖い顔しないでください、団長への依頼じゃありませんよ。ブローベル卿がタカミヤ団長に会いたいと打診があっただけです……あの風貌でも興味を持ってくれる人が、しかも上位貴族だなんて、タカミヤ団長も光栄なことでしょう」
ごく自然に流月を貶める言い方にロキの視線も鋭さが増した。レスターには貶めるつもりすら無いのかもしれない。
自分を拒絶する雰囲気に気付いたレスターは、やれやれと肩を竦める。
「あぁ、貴方達そっち側ですもんね。殆どの国民が黒髪黒眼に対して良い印象を持っていないのは当然でしょう……建国神話然り、セウシリア然り」
では、といつもの嘘くさい笑みを貼り付けてレスターは団長室から出ていった。
「何アイツ、結局流月の悪口言いに来ただけ?」
「元老院は神話派の集まりだからな。そもそも『黒髮の騎士団長』なんて認めたくないんだろう…………建国神話では『邪悪な黒竜』がこの地に厄災をもたらしたし、長年争い合ってるセウシリア人は黒髪黒眼が圧倒的に多い。『黒』を忌み嫌う国民が多いのも、まぁ理解できなくは無い」
「人間てのは綺麗な物を素直に受け入れられない面倒な生き物だな」
ロキがフンッと鼻を鳴らした。
遠回しに自分の黒竜も綺麗だと言われたような気がして僅かに口元が緩む。ロキに気付かれると否定してなんやかんやと噛みつかれるだろう未来が想像できたセルジュは、口元を隠したまま話題を変えた。
「…………ブローベル卿の興味ってのは、ちょっと厄介だな」
「元老院の人間だろ?何かあるに決まってる。流月とは会わせない」
ロキの迷いの無い対応が少し眩しく映った。
流月だけを探して生きていたロキは、どんな時でも流月だけを選ぶのだろう。それだけに、セルジュへの警告に違和感を覚えた。
「キミは、いいのか?」
ポツリと漏れた疑問に、ロキが怪訝な顔をする。
「流月をずっと想っていたんだろう?その流月の感情を俺に理解させるなんて……」
「おっさんはさ、オレが援護するように思うの?
まーーーー、結果流月が幸せになれるってんなら百歩……千歩譲るけどさ。………おっさんは流月のために全てを捨てられないでしょ。だから、自分の行動を正確に理解して、遠慮して貰おうと思って。流月のために、ね」
ニヤリと不敵に嗤うロキに、思わず苦笑が漏れる。
「まったく、イヤな言い方するなぁ…………そう言われたら従うしか無いだろ」




