48.反撃と返り討ち
「手が………触られた手が、この手じゃなくて…………イヤだっただけ」
セルジュの動きがピタリと止まった。
流月はそんな様子に気付くことなく、相も変わらずセルジュの手を握っている。
ブローベル卿に触れられた事が好ましくなかったのは理解できた。それだけでは飽き足らず『この手』になら触れられても良いと取れる発言。挙句の果てに任務開始前に浮かれていたご褒美を『この手』なんかでいいと言う。
ー コイツ何を言ってるのか分かってるのか?!
そう思いながらも感情の一部が年甲斐も無く浮かれてしまうのを止められない。そしてそんな自分に口内で舌打ちをする。
ー 勘違いするな。他意はない。
懐かれている自覚はあった。多分、誰よりも。
ただそれは人に頼ることをせず生きてきた流月が初めて頼れる相手を見つけたからであって、異性として見られていることはないと理解している。だからこそこの素直さ、無防備さを見せてくれるのだろう。
ただ今はそれが嬉しくて、少し憎らしい。
自分ばかりが振り回されている事が面白くなく、セルジュは少しばかり反撃を試みた。大人気ないと分かってはいるのだが。
掴まれていない方の手で、流月の手の甲をわざとらしく指先でなぞり自ら指を絡める。
「『この手』がいいならいくらでも貸してやるから………………」
「…ひぁっ?!!」
散々人の指を弄んでいたくせに、突然の感触に流月は奇声を上げ手を払いのけようとするが、セルジュの指がそれを許さない。更に流月の耳元で低く囁く。
「………………他の奴等にはするなよ。誤解する」
一連のセルジュの行動に、流月は顔を真っ赤に染めていた。
してやったりと思う感情と、無防備に全身で恥じらう姿を思わず可愛いと思ってしまう感情が入り乱れる。
ー 無防備に信頼されたって苦行になるだけだし
「そんでその無防備さをどうにかしろ、バカ」
そう言って流月の額に盛大にデコピンを食らわせた。
「いぃっ!!!……たーー………何すん……」
じんじんと痛む額を押さえながら文句を言おうとセルジュを見上げ、流月は目を見開いた。
「……?どうした?」
「………えと、瞳が、戻ってるから………」
「あぁ、お前を探すのに感覚だけ竜化したからな、そのせいだ」
「そんな事までできちゃうの?凄い………じゃなくて、ありがとう。心配で探してくれたんだよね」
流月は素直に謝るとセルジュの手を再び両手で握った。
じわり、と握られた手が熱を帯びる。流月が魔力を送ろうとしていることに気が付き手を離そうとするが、今度は流月がそれを拒否した。
「いいって……月の石も使ったし、わざわざ回復してもらうほど消費してない「だめ。」
セルジュは流月の頑なさに小さくため息をつき、大人しく従った。
……
『そんでその無防備さをどうにかしろ、バカ』
ー そう言ったときのセルジュ、なんか他人みたいで嫌だったんだもん
何となく離したくなかった手を握りしめ流月は下唇を噛んだ。
ー それに……
『他の奴は誤解する』と言うことはセルジュは誤解しないという事だ。アリアナ姫の婚約者だから、誤解する隙間もないほどに他への興味はないって事なんだろう。誰と、どこで何をしていてもアリアナ姫がセルジュの中にいると思うと、感情の奥底が暗く濁る。
どろどろした感情に引っ張られたくなくて流月は話題を変えた。
「…………そう言えば、いつもと口調ちがくない?グレン隊長みたい」
「あーーー。ちょっと動転してボロが出たと言うか…………元々こんな感じだったけど……騎士団長代理が適当な話し方じゃカッコつかないだろ。団長みたいになりたくて、せめて言葉だけでもって直したんだ」
あまり見せたくない姿だったのか、その場でしゃがみ込みセルジュは両手で顔を覆ってしまった。大きなため息と共に誰にも言うなよ、と小さく呟きが聞こえた。
「テオドール騎士団長、さん?」
「あぁ、グレンから聞いたんだっけ」
顔を上げ、口元で両手を組む。
「…………強くて優しくて、団長がいれば何だって大丈夫だったんだ。元老院だってもっと大人しかったはずだし。あの人が居たら、こんなゴタゴタに巻き込まなくて済んだのにな。怖い思いをさせて悪かった」
いつもより小さく掠れた声だった。
困ったように笑うセルジュに、ぎゅうっと胸が締め付けられる。
ー あぁ、駄目かも。これは我慢できる自信がない。
流月はしゃがんだセルジュの頭を抱える様に抱きしめた。
「な……」
驚き、体を離そうとするセルジュを精一杯の力で無視する。
「セルジュのせいじゃないでしょ、謝らないでよ。グレン隊長もアリアナ姫もこんな言葉じゃ足りないくらいしんどくて辛かったけど、それでもセルジュだけがしんどくなかった訳じゃないでしょ…………貴方だってしんどいって泣いていいのに。二人のために頑張ってたんでしょ」
ふわりと鼻腔をくすぐる花の香りに、誰かに見られたら色々厄介だと早々に引き剥がそうとしていたセルジュの手が動きを止めた。
「それに、怖くたっていいの。守ってほしい訳じゃないの。セルジュの背中思い出すと怖くても頑張れるし、それに、いつだってどこだってきてくれるもの……セルジュがいい。私は、セルジュじゃなきゃ、こんなに優しい世界を知らなかった」
不意にセルジュの視界が揺らいだ。
こんな弱い自分を見せるつもりもなかったし、こんな年にもなって少女の言葉で涙を浮かべてしまうとは思わなかった。情けないと思うが、気持ちが緩んだのも事実だ。
流月を止めようとしていた手を、そのまま細い腰に回す。
「………………だから勘違いするって」
流月に聞こえないほどの小さな声で呟いて、回した腕に力を込めた。
反撃しようとしても結局流月に振り回されてしまう役割を理解し、そしてそれをほんの少し心地良く感じてしまう自分に苦笑した。
ー 大概重症だ……




