47.ざらつく指先
階段をもう少しで登り切る直前、当然のように差し出された手が目の前にあった。見上げると先程の男性がにこやかに立っている。
未だ慣れない文化だが、断っては失礼だろう。流月は控え目に手を取り登り切った。
「お声を掛けていただいてありがとうございます。ちょっと、本気でどうしようかと思ってました…」
流月は困った笑みを浮かべ、深くお辞儀をした。
本館に居るということは、この屋敷の居住者だろう。元老院側の人間とは言え、失礼なことは出来ない。
「立入りを禁止された本館まで来てしまって申し訳ありません。私は「新しい『騎士団長』さん、だよね」
名乗る前からこちらを認識していたことに流月の警戒心が僅かに上がる。
「あぁ、ごめんね。そんなに警戒しないで……城下では既に『女性騎士団長』の噂が広まっていてね……そんな隊服着ている女性を見ればすぐに予想がついただけだよ。怪しい者じゃないから安心して。僕はクリス・ブローべル。この屋敷の当主をやってるんだ」
にこりと笑う空色の瞳に小さな少女の瞳が重なった。
『ソフィアのおじさまが『ほすと』なのよ!』
ー ソフィアちゃんの叔父様!!
『侯爵家の当主』がどのようなものかは知らないが、もっと年齢のいった強面のオジサマを想像していた。更にオリバーと同じ元老院というだけで正直、良いイメージはちっともなかった。だが優しく笑う表情はセルジュと変わらないくらいの年齢に見えたし、どこかふんわりと優しげな雰囲気すら感じられた。
流月は失礼な態度を取ってしまったことを詫び、クリスは優しい笑みでそれを受け入れた。
「騎士団……陛下の派閥と元老院がいい関係でもないから警戒も分かるけど。」
クリスが目の前に手を差し出した。
「せっかくこうして出会えたから、派閥なんか関係なく仲良くできると嬉しいな。騎士団長さん」
「タカミヤ、ルツキです」
そう言って差し出された手を握った。
「…………あ、の…………」
ただの握手のつもりだったのだが、ニコニコと笑顔を振り撒くクリスは一向にその手を離す気配がないらしい。
それどころかいつの間にか添えられたもう一方の手で流月の手を優しく撫でてくる。
「騎士団と元老院ってだけでゆっくり話す機会はなかなかないでしょ?邪魔も何もないことだしせっかくだから少しお話しても?」
クリスが背後に置かれたソファーを指差した。一人で堪能していたのか、傍らのサイドテーブルにはグラスとボトルが置かれている。
あのボトルはジュースやお茶ではないはずだ。
「お誘いは嬉しいのですが、あの……仕事もあります、し、未成年ですし」
「ホストの相手も立派な仕事になるんじゃないかな?大丈夫だよ、騎士団に告げ口なんてしないから」
嬉しくない誘いにぴくりと震える指先を、強く握りしめられた。
途端にぞわりと違和感が走る。
柔らかな笑顔も、『派閥なんか』と言える柔軟さも好感が持てるのに。
細部まで手入れのされた滑らかで綺麗な手だった。
それなのに、いつかのざらついた指先を思い出し、その対照的な感触に何故か気持ち悪さすら感じてしまった。
「……ッ………」
ー 手、振りほどいても失礼じゃない?!でも、もしも騎士団に文句をつけられたら!!!
貴族や元老院との関係も適切な対応も分からないならとりあえずホストに従っておくべきなのかもしれないが、纏わりつく違和感がそれを拒む。それでも騎士団への措置が怖い流月は強く拒否も出来ない。
ぐるぐるする脳裏に声には出せないたった一人の、安心感しかない背中が浮かんでいた。
と、突然後ろから、クリスに掴まれた腕をまた別の腕に掴まれた。
ざらつく指先に力が入っている。
「申し訳ありませんが、タカミヤには初めての任務になります。特別対応は遠慮していただけると」
聞き慣れた声がすぐ近くで聞こえ、ゆっくり見上げると真顔のセルジュがクリスを見つめていた。その姿に驚きより違和感が勝りセルジュの顔を凝視するが、クリスから視線を外すことはなかった。
「……ふぅ、番犬くんが出てきたら諦めるしかないね。タカミヤ団長、また機会があれば是非に」
クリスはわざとらしく肩をすくめ、先程までのしつこさが嘘であったかの様に笑顔で廊下の奥へと消えていった。
セルジュはその背中に一礼し、くるりと踵を返した。
………………
ソフィアを抱いて彷徨った廊下を、迷いのない足取りでセルジュは歩く。キャパ以上の速度で進まれ、ついに流月は小走りになる。
掴まれたままの腕に痛みが走るが、口に出せる雰囲気ではなかった。
そのまま騎士団控え室まで戻り、セルジュは静かに扉を閉めた。
「………どういう「あ!」
怒気を孕んだ声を遮って流月が声を上げた。違和感の元が分かったのだ。
「瞳が金色…………綺麗……」
いつものきらきらした表情でセルジュへと手を伸ばそうとする流月へ、心配からくる焦りや苛立ちや呆れの全てが一気に膨らみ、口をつこうとしてぐっと飲み込んだ。
「……っ、はーーーーーーーー」
盛大な溜め息をこぼし、流月の腕を離そうとする。
途端、
「あ、やだ、待って」
流月が両手でセルジュの手をぎゅうっと握った。
「ご褒美!!ご褒美コレにするから…………もうちょっと握ってて」
予想外の行動にセルジュは目を見開く。と同時に懸念が湧き上がった。
「…………何かされたか?」
セルジュが見た時には手を掴まれているだけに見えたが。流月の反応に、もっと恐怖を感じる何かがあったのかと勘ぐりたくなる。
「や、違うの、ごめん」
流月は申し訳無さそうに少し俯く。
「……手を掴まれて、飲みながら話でもって言われただけ。たったそれだけなんだけど、その、」
ゆっくり答えながら、無意識なのかセルジュの指先を撫でるように指を絡めてくる。その感覚に思わず背筋が震え、制止しようと口を開く瞬間
「手が………触られた手が、この手じゃなくて…………イヤだっただけ」
セルジュの耳にとんでもない発言が飛び込んてきた。




