45.夜会2
……ゴク………
思わずセルジュの喉がなった。
ミラによる化粧のせいなのか、元々の流月の造形なのか。自信有りげに優雅に微笑む流月は妙な色気を伴って、とても綺麗だった。
普段のくるくる変わる表情や素直な反応から感じられる幼さは少しもなかった。
流月は宰相にリードされホールの舞台へ登る。
セルジュは舞台の下で身を正した。
「夜会へご参加の皆様。少しばかりお時間を頂くことをお許しください。」
流月が緩やかにカーテシーを行った。
「アリアナ陛下より王属騎士団 騎士団長の任を拝命しましたタカミヤ ルツキと申します。今夜、宰相の計らいでご挨拶の場を頂きました。」
にっこりと微笑む流月に息を飲む気配がそこかしこに感じられた。
「若輩者でありますが、宰相、元老院のご指導の元、騎士団長の名に恥じぬよう努めてまいります。」
予定通りの簡単な挨拶が終わり、流月と同じく舞台に登るオリバーが満足気に拍手をしようとしたところ、
「…………私の容貌からも分かるように、私はこの国の者ではありません。この国へ来たのも意図してではなく、全くの偶然によるものです。陛下は素性の知れない私に優しくしてくださいました。長の対であることが分かっても、未成年であることに最後まで配慮しようと心を砕いてくださいました。」
「例え、この国の出身ではなくとも、私は私の意志で陛下からの恩情に最大限に報いたいと思っています」
そう言うと流月はゆっくりと、深く頭を下げた。
と同時にホールからは割れんばかりの拍手が巻き起こった。オリバーは苦虫を噛み潰したような表情で投げやりな拍手を送っている。
ふと、流月へ視線を向けると頭を下げた状態の流月と目があった。流月はいたずらっ子のような顔をしてニヤリと笑った。
その表情で、狸をやり込めアリアナ姫の株を上げる所まで狙っていたのだと気付き思わず吹き出してしまいそうになる。
ー 散々渋っていたくせに、いい度胸してるな
ふと、流月の口がパクパクしていることに気付く。
『えすこーと』
そう流月の唇は読めた。
視線の端で早々拍手を離脱したオリバーが一步を踏み出そうとする。新たな騎士団長と友好的であること、更には騎士団長が元老院寄りであることをアピールしたいであろうオリバーは流月のエスコートまでも自ら買って出ていた。元老院のトップがだ。
そしてそれさえも出し抜こうとしている流月の意図が理解できた。
たっぷりと贅肉を蓄えたオリバーの動きなど簡単に追い越せる。
「……なっ?!!」
セルジュは颯爽と流月の前へ出ると手の平を差し出した。
流月がその手に応じ、ゆっくり舞台から降りる。セルジュはオリバーの怒りに震える表情に笑ってしまいそうになるのを堪えるので必死だった。
それを微笑みと勘違いした令嬢達から僅かに声が上がり、その悲鳴にも似た黄色い声に流月はひっそりと笑みを浮かべた。
回廊から様子を伺うロキだけが全貌を理解し、声を殺して大笑いしていた。
「………………ご、ご声援感謝いたします。では、引続きお楽しみください」
宰相の呆気にとられた声に合わせて流月はお辞儀をし、警備に戻ろうとする。が、
「騎士団長、少しお話を」「わっ!!」「ルツキ様」「タカミヤ団長」
一瞬で周りを取り囲まれてしまい身動きが取れなくなる。圧倒的に男性が多く、圧迫感が凄い。
「あの、私、仕事が、わわっ!!」
対応に困って固まった流月をひょいと持ち上げ、セルジュは自分の背に隠した。
「申し訳ありません。任務がありますので、失礼致します」
そう言いながら周囲に見えないように後ろ手で流月へあっちへ行けと合図を送る。元騎士団長代理のその言葉に食らいつく程の根性はなく、流月を取り囲んだ男性陣はすごすごと散っていった。その隙をチャンスとばかりに、空気を読まない令嬢達が集まってきた。
「セルジュ隊長」「セルジュ様、わたくしとお話を」「ちょっと!わたくしが先ですわ…」
途端にセルジュが囲まれてしまったようだ。
面白くない気持ちもあるがせっかく助けて貰ったのだし、と黄色い声を背にそのまま一旦廊下へ出る。すぐに聞き慣れた声がかかった。
「挨拶ごくろーさん」
「グレン隊長」
振り返るとニヤリと笑うグレンの姿があった。何も言わず廊下を並んで歩き出す。
「アレはセルジュの入れ知恵?それとも、お前の独断?」
「………………私の、勝手な自己満、です」
「ぶはっ!だと思ったわ………あんなに嫌がってたのに、アリアナのためだろ?ありがとな」
グレンが優しく微笑む。
「そこも含めて自己満なの………むしろ騎士団に嫌がらせされないか心配」
感謝をされると居た堪れない。逆に迷惑をかけてしまったらどうしようか。
「うちの奴らが狸共の嫌がらせなんかでへこたれるか」
「そうは思うけど……」
グレンに答えながらふと、開放された扉の中の光景が目に飛び込んで来た。
5、6歳だろうか。薄い水色のドレスを着た少女が人混みを掻き分けて、ぐんぐんと迷いなく進んでいる。その左手からは複数のシャンパングラスを乗せたトレーを運ぶ配膳係が歩いて来ていた。人の多さにお互いに気がついていない様子だ。むしろ子供がいると思っていない配膳係の目に少女が入ることはないだろう。
瞬間、流月は駆け出した。
ー 間に合う?!てかどっち止める?!
迷いながらも人混みを掻き分ける。残り、二メートル弱だ。
左手で赤味がかった銀髪が揺れるのが目に入った。流月は女の子を助けることに専念する。
ー ロキなら大丈夫!!!
最後の人垣を強引に掻き分け、女の子へ精一杯手を伸ばした。
「っわ!!!」
突如、足元の何かにぶつかり、配膳係の身体が前方に倒れ込んだ。
足元に人の背中が目視でき、心臓がきゅうっと縮こまる。このまま倒れ込んたら、この背中にグラスが降り注いでしまう。
シャンパンで濡れるだけならばまだマシだが、グラスが割れてしまったら……
最悪を考えながらも配膳係にはどうすることもできなかった。この後、ホールに響き渡るであろうグラスの割れる音や悲鳴を恐れてぎゅっと目を瞑る。
しかし待てども衝撃も悲鳴も上がらない状況に、配膳係はそろりと目を開ける。
輝くライトグレーの隊服が目に入った。
「…っぶね」
よくよく見ると銀髪の騎士団員に支えられている事に気付いた。
若そうに見える銀髪の騎士団員ーロキは片手で配膳係の腰を、反対側の手で器用にトレーを支えていた。
が、無理矢理取ったバランスに耐えられなかった1つのグラスが、グラグラと揺れた後カシャンと音を立てて倒れた。
幸いなことにトレーからグラスが落ちることはなかったのだが、グラスに注がれたシャンパンはトレイから溢れ、流月の右肩を濡らした。
「っと、悪い!」
「大丈夫。………あなたは、大丈夫?」
流月が腕の中の少女をのぞき込む。腕の中の少女はビクリと体を揺らし、ゆっくりと流月を見上げた。急に掴まれたせいか、驚きに少しの恐怖が混じっている。
「怪我、してない?」
流月の微笑みに恐怖の色は消えたが、流月の背後に見えるロキと配膳係に気が付き、何かしでかしてしまった事に気がついたらしい。少女は途端に青ざめ、コクコクと頷きながら泣き出した。
「うわあぁん……ご、ごめんなさい〜」
怪我のなさそうな様子に安堵し、流月は少女を抱き上げた。
「お騒がせして申し訳ありません。ロキ、後をお願いね」
「承知しました、騎士団長」
静かにお辞儀をし、廊下へ向かう流月の背中をロキは見送った。この場で無理矢理流月へついて行くのは不自然だと判断し、通信機へ手を伸ばす。
『こちらロキ、アクシデント発生のため団長と別行動になります。フォロー頼みます』
事の収拾に気を取られたロキは、誰からの応答もないことに気が付かなかった。




