43.全力で
「レスターがそんなことを……」
ほんの僅かに冷静さを取り戻したセルジュは廊下で話すべきではないだろうと判断し、一人でうろついていたアリアナと第三謁見室へ移動した。もちろん可哀想な近衛に一報を入れて
「ああ、今回だけは受けると答えはしたが何とか流月を外せないかと考えてて……」
セルジュは苦々しい顔で目を瞑り、前髪をかきあげる。
…ぶにっ……
「…………………………」
と、突然アリアナに両頬を抓られた。
驚きに目を開けると目の前には真面目な顔をしたアリアナが立っていた。
「全力でフォローすると決めたのでしょう?貴方も覚悟なさい」
アリアナの言葉に目を見開く。
アリアナも当然セルジュと同じく『ただ護るだけ』な考えなのだと思っていた。
「私達の勝手で流月に騎士団長になってもらったわ。そしてあの子は『何も出来ないこと』をとても嫌う。騎士団長という立場にさせておいて何もするなって言うのは…………例え、危険な目にあってほしくないからだとしても、それは私達のエゴよ。本当に危険な目に合わせたくないのならば、騎士団長としての流月を全力で護るべきだわ」
そう告げる強い瞳が、テオドールのエメラルドの瞳と重なった。
テオドールならば決してこんな護り方はしない。急に自分のしようとしていた事が幼稚に思えた。グレンも同じような事を伝えてくれていたはずだ。
抓られた両頰を、今度は自分の両手で叩く。
「………………全力で当たります。一番隊と、できればグレンも」
「王城は充分だから流月を護る事を最優先にして。その日は大人しく皆の帰りを待ってる」
いつもの真っ直ぐな瞳に、アリアナは安心して微笑んだ。
……………………
「な……なんで私が挨拶しなきゃいけないの?!!」
「流月、動いちゃだーめ」
騎士団に充てがわれた部屋でミラに化粧をされながら、流月は不満をもらす。
急遽レスターから来賓へ挨拶をしてほしいと頼まれ、流月と、手伝いに呼び出されたミラはその準備に追われていた。公務用の隊服から式典用の隊服に変え、公務用のナチュラルメイクからガッツリメイクに直されている所だった。
「不本意だが、宰相からの要望なんだ。悪いとは思ってるがこっちにも色々無下にできないしがらみがあってだな…………」
セルジュが眉間に深ーいシワを刻みながら流月に説明する。
と、セルジュの背後から上着を羽織りながらにっと笑うグレンが現れた。
「あれっ、グレン隊長も参加??一番隊が対応って………」
「まーー事情を知ってるヤツが多いほうがこの隊長さんも安心でな。それより、面倒だけどよろしく頼むわ。やり遂げてくれたらご褒美でも出るんでない?」
セルジュが馬鹿な事を言うな、とあしらっていると何やら背中に視線を感じて背筋が震えた。恐る恐る背後を確認すると目をキラキラさせた流月がセルジュを見つめている。
「………………流月?」
「ご褒美、何でもいいの?」
「ぐ…………」
セルジュがたじろぐ。この顔に勝てないことは経験上、分かっている。
「……………………上手くやりきったらな。中身は応相談!」
「やったーーーー!!」
「こーらー!動くなー!!」「ぎゃーー待って、いたーーーい!!!」
予想外のご褒美発言にテンションが上がり、思わず立ち上がってしまった流月は鬼の形相をしたミラに頬をつままれ強制的に元の位置へ戻された。
痛みでじわりと涙の浮かんだ流月は、二度とミラに逆らうまいと心に決める。
……
「よしっと!流月、いいわよ。目開けて」
ようやくミラからのお許しが出て、ゆっくりと瞼を開く。いつもより睫毛が重く感じた。
「んー!バッチリ!そこいらの御令嬢なんて目じゃないわね」
会心の出来に満足そうに微笑むミラに腕組みをしたグレンが並んだ。
「綺麗な赤だな。建国神話を意識して?」
「流石グレン隊長〜分かってくれるぅ!『騎士団長』の初お披露目だし、国色使いたかったのよね」
「コクショク??」
「この国を象徴する色のことよ。建国神話に出てくる月の女神に仕えた炎竜の色だって言われているわ」
そう言ってミラは流月へ手鏡を手渡した。
流月の瞼は目頭に塗られた明るめの赤から、目尻の深みのある赤へと綺麗にグラデーションされており、マスカラのような物なのか、いつもより睫毛は長く、濃くなっていた。
「…………綺麗……ロキの色みたい」
目尻にさり気なく引いてあるシルバーのアイラインが、ロキの色と重なった。
「おっさん、『警護依頼』だってのになんであんな格好さすのさ」
ロキがセルジュのそばに来て小声で苦々しく問いかける。
「…………宰相の指示だ。初の女性団長をアピールしたいのか、」
「ターゲットを分かりやすくしたいのか……ってとこ?」
「だろうな……本当はキミにも目立って欲しくないんだが、なるべく流月の側にいてくれ。何かしらの接触はあるはずだ」
「言われなくとも」
そう言い残して流月のもとへ向かうロキの背中をセルジュは見つめた。
過去、竜が人型になった記録はどこにも残っていなかった。元老院にバレればどこでどんな風に利用されるか分かったもんじゃない。できれば流月もロキも、無駄な大人のゴタゴタに巻き込みたくはなかった。
だが、今回聴力の優れたロキの存在は何より心強い。
勿論、他の隊員にも流月への接触に注意するよう伝えてあるし、全員に通信機を持たせてはいるのだが。
セルジュは溢れそうになる溜め息をぐっと堪え、服装を正し一歩前へ出た。それに気付いた隊員達は何も言わず一列に整列し姿勢を正す。
「……レスター宰相からの警護依頼だ。参加者リストには警戒すべき人物はいないし、警戒するような問題、事件も直近では起きていない。強いて上げるとすれば殆どの上流貴族が参加していることと」
セルジュが一度言葉を切り、流月へ視線を向けた。
そんな場合じゃないのに強い視線に思わずどきりとしてしまう。
「…………流月が『騎士団長』として任務に当たることだ。恐らく宰相の……いや、元老院の狙いは後者だろう。上流貴族相手では完全に接触を断つことが難しい事は分かっているが、せめて不審な接触は避けるようにしたい。流月はここにいる誰かと、可能ならロキか隊長格と必ず居るようにしてほしい」
流月は頷くと整列した隊員たちへ向き直った。
「巻き込んじゃって、名ばかりの騎士団長でごめんなさい。皆さん、力を貸してください!」
流月が勢いよく頭を下げる。初仕事への緊張があるのは勿論だが、『自分』が騎士団の迷惑になってるんじゃないかと、不安が気持ちを重くする。
「…………どー考えても巻き込まれてんのは流月だろ」
「そーそー。余計な気ぃ回さんと、挨拶だけ気にしてりゃいいって」
「むしろこの短期間でよくやってるよ」
ロキの呆れたような軽口に、グレンも他の隊員達も同意する。隊員達の優しい反応に顔を上げると、目の前にセルジュが立っていた。綺麗に整えられた流月の頭を乱さないように遠慮がちにポンッと撫でる。
「そんな訳だから、キミはいつも通りで。では。…………行きましょうか?騎士団長」
想定外に優しく微笑むセルジュに一気に動悸が激しくなる。
「…っ……はいっ!」
ー いやいや、他意はないから。お仕事だから。どきってしない!!




