42.宰相からの依頼
「…………あの…………」
ただの握手のつもりだったのだが、ニコニコと笑顔を振り撒く相手は一向にその手を離す気配がないらしい。それどころかねちっこい手付きで流月の手を遠慮なしに撫で回してくる。
細部まで手入れのされた滑らかで綺麗な手だった。それなのに、いつかのざらついた指先を思い出し、その対照的な感触に何故か気持ち悪さすら感じてしまった。
ー 手を払い除けるのは失礼?待って、コレどうしたらいいの??
流月は取り繕った笑顔を引きつらせる。
「えっと……」
ー なんでこんなことになったんだっけ……???
……………………
一週間前、流月のもとへ一通の届いた。最近では珍しくもないことだったのだが。
「………………リアム?この封書開いてないよ??」
いつもなら開封され封書の内容も報告されるはずなのだが、今回は何の報告もなくだた未開封の封書を手渡されるだけだった。
流月は不思議そうに封書をくるくると回して確認する。
「ん?当たり前だろ、お偉いさんからの封書は騎士団長しか開けられないし」
封書を届けに来たリアムが当然だ、と応じる言葉を聞いてセルジュがペンを止めた。
「……誰からだ?」
「レスター宰相からです」
セルジュは流月の手元から封書を取り上げ手早く中身を確認する。次第に眉間に深い皺が刻まれていった。その様子に何やらよくない事が書いてあるんだろうな、と流月は予想をつけた。
「狸共め………」
「セルジュ?なんだったの??」
「キミへの警護依頼だ。それも宰相直々の」
「??つまり??」
「今までと違って断るには分が悪い」
流月は首を傾げセルジュの次の言葉を待った。が、セルジュは少し外す、と言い残し足早に団長室を後にした。
……コンコン……
「一番隊セルジュです」
「…………どうぞ」
乱暴に扉を開いてしまいそうになる衝動をぐっと抑え、一つ深呼吸する。
やや重みのある扉をゆっくり開くと、部屋中の壁が天井まである本棚にぐるりと囲われていた。圧巻の光景にセルジュは素で驚いてしまったが、気を取り直し視線を部屋の正面へ向けた。
正面には書類や書籍の積み上げられた執務机が置かれており、ペンを置いた部屋の主ーレスターはセルジュを一瞥する。
「セルジュ隊長がこちらにいらっしゃるなんて珍しいですね。どうされましたか?」
肩まで伸びた淡い金髪をかき上げ、にこりと微笑んだ。眼鏡の奥の瞳がわざとらしく細められる。セルジュの行動に予想がついているであろう宰相の白々しい対応に口内で舌打ちをしながらセルジュは書状を書類の積み上げられた机へ広げた。
「何なんですか、これは?」
「何って……警護依頼ですよ?今までも何度かあったでしょう」
「なぜ、『騎士団長』指名なんです?アリアナ姫より箝口令が出されているはずですが」
「ああ…………陛下には後ほどお話するつもりだったんですが、既に『騎士団長』の存在が城下で噂になっております。このまま噂を放置することは陛下への不信感へ繋がるのでは、とオリバー殿が大変懸念されております。その対応として上位貴族へのお披露目を兼ねて警護に当たってもらおうかと思いまして」
悪びれる様子もなく丁寧に封書を元に戻すと、にっこりとセルジュへ差し出した。
「人の口に戸は立てられませんからね。騎士団も大所帯になりましたし、セルジュ隊長も統率が大変なことでしょう。いつでも力をお貸ししますよ」
レスターは『騎士団員がもらした情報の後始末をしてやっているんだ』と暗に示すが、騎士団員の何も知らない宰相に言われた所で言いがかりにしか聞こえない。が、自分達を正当化出来る細工はしているはずだ。
騎士団が断れない段階まで準備は整っているのだろう。
「心配には及びません。我が騎士団に『王族』の命を違える者など一人もいませんので。…………今回はレスター宰相の顔を立てるためにも警護依頼をお受けしますが、必ず事前に相談ください。次はありません」
騎士団はあくまでも『王族』のために存在する組織であり、『王族』を貶める存在の要望を聞く必要も、つもりもない
セルジュはレスターの顔を真っ直ぐ見据えて警告すると、そのまま一礼し扉へ向かって歩き始めた。
「少し、入れ込み過ぎでは?」
レスターの問いかけに、思わずセルジュの足が止まった。
「印を持っている以上、遅かれ早かれ公になりますよ。過度の庇護は要らぬ誤解を招きます。そして誤解は陛下の評価に繋がるかも知れませんね」
「…………肝に、命じます」
ー 評価を落とそうとしているのは元老院だろう
アリアナの味方になどなった事ないくせに……
ぎりりと拳を握りしめ、セルジュは振り返ることなく部屋を後にした。
苛立ちから足の運びが粗暴になっていることは理解していた。王城の上質な絨毯の敷かれた廊下でなければ酷い足音が響いていた事だろう。
と、廊下の曲がり角で誰かとぶつかってしまった。いつもなら絶対に犯さない失態だ。自分の迂闊さに苛立ちが募る。これ以上の失態は重ねてなるものかと、急いでふらつく相手を支えた。
「…っ……申し訳ありません。お怪我はございません、か」
「珍しいわね、貴方がこんな粗相」
セルジュの腕の中にはすっぽり収まって支えられるアリアナの姿があった。
「アリアナ……姫…………近衛は?」
予想しなかった人物が一人でいた事に、セルジュは眉間のシワを深めた。
アリアナがバツの悪そうな顔で視線を逸らす。
自分の迂闊さを棚上げする訳では無いが、近衛がついていればセルジュだけが尻持ちをつくのみで、決してアリアナとぶつかることは無かったはずだ。
「…………外して貰ってるわ。少し一人になりたくて」
「また撒いてきたんです?」
王城内と言えど王族を一人にすることなどあってはならないし、真面目な近衛兵達がそんな要望を簡単に飲むとも思えない。
アリアナが無茶を言ったか、勝手に一人で抜け出したのだろう。
幼い頃よりマシにはなったが、お転婆具合は健在だ。
「近衛が可哀想なんで辞めてやってください。どうしても一人になりたい時は、せめて、俺でもいいから呼んでください。…………怪我はないですか?注意力が足りてませんでした。申し訳ありません」
とりあえずの誰かに向けた謝辞ではなく、改めてアリアナへ謝辞を伝える。アリアナはセルジュの支えから離れ応じた。
「善処するわ…………私こそきちんと確認していなくて、ごめんなさい……それにしても貴方がそんなミスするなんて何かあったの?」
「…………それは、」
感情を落ち着かせてから報告する予定だったセルジュには、この場で冷静に報告出来る自信はなかった。が、問われた以上答えない訳にはいかなかった。




