41.秘密の内緒話3
「それにしても、隊長よく辞めませんでしたね」
「…………。ロイってさ、時々思い切ったこと言うよな…そんな顔して」
ロキがまじまじと気の良さそうなロイの顔を見つめる。「まぁ、せっかくなので」と取下げるつもりはなさそうだから、その図太さにやっぱり副隊長なのだとロキは認識を改めた。
「辞めようと思ったよ。そりゃ」
グレンが顔を上げて答える。鼻の先が少し赤くなっていた。
流月も落ち着いたのかもぞもぞ動き出すが、グレンの腕は緩められなかった。それに気付いたロキは面白くなさそうな表情を隠さない。
「てかグレン隊長。落ち着いたでしょ?いい加減流月離してよ」
そう言ってロキは流月を取り返そうと手を伸ばすが、グレンの手で弾かれてしまった。グレンはもう一度流月を抱き締めた後、腕の中の流月を軽く持ち上げると足の間に前向きに座らせ、後ろから抱きかかえるような体勢を取った。
「だーめ。オレのために泣いてくれてんだから、今日くらいはオレだけの」
「!…………………チッ……」
いつもより子供っぽいグレンの主張に、今日は何を言ってものらりくらりとかわされるだろう事を悟ったロキは流月を取り戻すことを諦めた。分かりやすく舌打ちをして元の場所へ乱暴に座る。グレンはくくっと笑った。
「…………辞めるしかないと思ってた。」
一息ついてグレンが呟く。
「騎士が王族を死なせ、副隊長も左手を失って戦線離脱。無事だったのはただの平隊員一人。誰も何も言わなかったけど、流石に駄目でしょ。一緒に死んでた方が絶対楽だったのにって毎日思ってた」
流月にも覚えのある感情だ。
直接、育ての親へその心情を話したことはない。それでも察する場面は多々あっただろう。
周囲の人間の辛さは知らなかったし、考えたこともなかった。
ー 明さんもこんな気持ちだったのかな……酷いことしちゃった
育ての親の気持ちを想像して、堪らず目の前で組まれた傷だらけの両手を握る。応えるようにグレンも優しく握り返した。
あの時のセルジュの違和感のある態度にも納得がいった。きっとセルジュもセルジュの辛い思いを経験したのだろう。
「アリアナには何も言えなかった。ってより、合わす顔がなかったんだ」
……………………
騎士団長と一番隊の面々が居なくなってから一ヶ月程経った頃。
アリアナの姿は変わらず騎士棟内で見かける事も多かったが、グレンやセルジュの元を訪れることは殆どなくなっていた。
隊員達は父親と、懐いていた一番隊隊員達を一気に失ったアリアナにどう声をかけていいのか分からず、遠くから様子を伺うばかりだったし、グレンも当然声もかけられず逃げるようにその場を去ることが多かった。
騎士棟でいつも楽しそうに笑っていた少女の姿は見ることはできなくなっていた。
その日は誰もいない団長室で、団長のデスクに伏せているアリアナを見かけた。いつも通り気付かれる前に立ち去ろうと思ったが、いつもと様子が違う事が気になってグレンは扉の隙間から中の様子を伺った。
「……父様……リオ隊長…みんな………緑竜に、会いたいな……」
ふと、消え入るような呟きが耳に届き、グレンは目を見開いた。初めて聞くアリアナの本音だった。
誰に伝えるでもなく、泣き喚くでもなく、ただ居なくなった騎士隊員を思うアリアナの優しい声音が耳に残る。
周りを困らせないための少女なりの配慮なのか諦めなのか。
たった十歳の少女にそんな事しか言わせられない自分が恥ずかしくて、腹がたった。
……………………
「それ聞いたら、自分のしんどさ優先してる場合じゃなくなって……団長の緑竜を探したけどちっとも見つからなくて……じゃあせめてオレの緑竜を連れてこようと試練を受けたんだ。俺の印は団長と同じ風属性だったから」
右手の甲にある竜の印をそっと撫でる。
「試練通って竜騎士になったのはいいけど、長の対が見つからないから暫定でセルジュが団長代理になるし、中核メンバがごそっといなくなってるから騎士団内もぐちゃぐちゃになってるし。騎士団を終わらせてたまるかってなんとか立て直そうと突っ走った結果、辞める機会を失ったまま今に至るって訳」
グレンは両手を上げ首をすくめた。
ロキもロイも何も言わずグレンを見つめている。
「まだ、辞めたい?」
流月が振り返ってグレンの頬に触れる。グレンはいつもと同じ笑顔を返してはいるが、その頬はひんやりと冷たかった。
「いや、もう辞めたいなんて思ってないよ……ただ、団長の緑竜を会わせてやりたいなって、いつも思ってる」
グレンは流月の手に気持ち良さそうに頬を寄せる。いつも飄々としているグレンの本心なんだろう。
「……アリアナ姫のこと大切に思ってるんだね」
流月の問いには答えなかった。
……………………
長い内緒話を終えた後、皆で夜ご飯でも!と誘われたが、そんな気分になれずグレンは自室へ戻った。ベッドサイドの明かりだけ灯してベッドへ横たわる。
緑竜の印を目の前に掲げる。
テオドールの印はもっと鮮やかでキラキラしていて、テオドールもその対の緑竜も強く、優しかった。彼と同じ緑竜の対である事が自慢だったし、テオドールの元で竜騎士となれることが誇らしかった。
『……父様……リオ隊長…みんな………緑竜に、会いたいな…………グレン……会いたい、よ』
内緒話のせいで気持ちが緩んでいるんだろうか。
流月には話せなかった内緒話の続きがふいに耳に蘇る。
居なくなった人間を慈しむ声音とは違い、グレンを求める声音は酷く痛みを伴っていた。懐いていた、グレンの自惚れでなければ好意を持っていた人間に急に避けられた少女の心情を思えば当然だろう。あの場で気持ちを共有できるたった一人の人間だったのに。
それでもアリアナに向き合うことのできなかったグレンは、せめてセルジュにアリアナを支えてほしいと懇願した。セルジュは何も言わずにそれを受入れた。
ー あの子を支えられる唯一の人間だったのに、オレは自分の身を守ったんだ
滲みそうになる視界を右腕で覆った。
『アリアナ姫のこと大切に思ってるんだね』
無邪気な問いかけが自責の念を刺激する。
ー 大切に、したかったよ。誰よりも…




