40.秘密の内緒話2
やや痛い描写があります。
苦手な方はご遠慮ください。
「一番隊、出動っ!!!」
一番隊隊長であるリオの号令のもと、十頭の竜が一斉に飛び上がった。
「私達は使者団の迎えに行ってくる。エレイン、オーウェン。王城は頼んだ」
オーウェン二番隊隊長が無言で敬礼を返す。テオドールはいつもの塩対応に満足気に微笑んだ。そしてオーウェンの横に並ぶエレインを引き寄せ、口付けを交わす。騎士団の出発式ではもう見なれた光景だ。
「気をつけてね、テオ」
エレインはもう一度テオドールに軽く口付けし、一歩下がる。それを合図に、アリアナがテオドールに抱き着いた。
「父様、早く帰ってきてね!絶対よ!」
「あぁ、すぐ帰ってくるよ。アリアナは大人しく待ってるんだよ…………セルジュを見張ってね」
アリアナを抱きしめながらその背後に視線を向けたテオドールの声音が鋭さを帯びた。アリアナの後ろに立っていた隊員がびくりと体を揺らす。
何故セルジュなのか、と三人が疑問に思いつつ振り返ると、普段とは分け目の違うセルジュが二番隊員の中にちゃっかり整列していた。初めて見る眼鏡のオプション付きだ。
「そこは二番隊の隊列だ。キミはいつから二番隊になったんだ、セルジュ?……謹慎中のはずだろう」
「申し訳ありません!!せめて出発式に参加したくて、無理矢理紛れ込みました!」
馬鹿正直に答えるセルジュに思わず吹き出してしまったが、出発式であることを思い出しすぐに騎士団長の顔で体裁を整えた。
テオドールはアリアナを抱き上げたまま、セルジュの目の前に立ち、腰を屈めた。セルジュは叱られると思いぐっと全身に力を入れる。
「ふふ、その髪は変装でもしたつもりかい?……怪我してるんだ、謹慎中くらい大人しくしてなさい。アリアナをよろしくね」
テオドールはアリアナとセルジュにしか聞こえないくらいの小さな声で伝えた。想像していなかった内容と、声音の優しさにセルジュは目を見開く。
「…っ……はいっ!!!!!」
内緒話だということも考えず精一杯の返事を返すセルジュに、微笑ましくて再び笑いが漏れてしまう。
「ふふっ…………じゃあ、行ってくるよ」
そう言って対である緑竜に跨ると、一気に上空へ飛び上がった。
上空でテオドールを待っていた一番隊は、緑竜が加わると隊列を整え、検問街のある南方へ向かい出発した。
………………
ー そんなくだらない任務のはずだったんだ
「はぁっ…………はぁっ…………はぁっ………」
人々の喧騒と叫び声。煙や土埃で視界も遮られている。自分がどこにいるのかよく分からない。そんな状況でグレンは蹲っていた。
ー なんで、
「………グレンッ!!!しっかりしろっ!!!!」
胸ぐらを掴まれ、無理矢理上を向かされる。プラチナの髪が場違いに輝いて見えた。
「……リズ、副隊、長……」
「大丈夫か?!怪我は??」
「怪我………………」
僅かに正気を取り戻したグレンは、リズの切れ長の瞳をしっかりと見つめ直した。焦点が合う。視界も記憶も鮮明になる。
記憶が途切れる直前、グレンはテオドールに庇われたことを思い出す。
「っ、団長はっ?!!」
ハッキリした視界の中を慌てて見回すと、自分の直ぐ側に横たわるテオドールに気が付いた。無事だったとホッとして手を伸ばす。
「だんっ……」
テオドールを起こすために伸ばそうとした手が止まった。ライトグレーの隊服が毒々しく真っ赤に染まっている。気絶しているように見えた顔も右側に酷い火傷を負っており、背中から右腕は抉られたかのように原形を留めていない。
伸ばそうとした手が震えだす。
そもそも、すぐ側にいる騎士団長を差し置いて、リズがグレンの安否確認を行っている時点でおかしい。自分は血溜まりの中にいる事にようやく気付き、途端に全身を怖気が駆け巡った。込み上げる物に堪え切れずその場で吐いてしまった。
……
使者団を迎え入れ、馬車へ誘導する途中で四人の子供達が楽しそうに紛れ込んで来た。初めは警戒して子供をつまみ出そうとした騎士達も、数輪の花だけ持って近付く子供達が危険物をもっているとも思えず、物珍しさで寄って来たのだろうと容認した。騎士も使者も困った顔をしていたものの、子供達が一人一人笑顔で花を渡すと皆笑顔を返していたのだ。
そして使者の一人と話していた一人の子供が、突然爆発を引き起こした。
その場が一瞬で凍り付く。居合わせた街人が叫び声を上げ、逃げ出した。
「使者団を護れ!!!」
リオがすぐさま騎士達へ指示を飛ばす。その間にも爆発は続いていた。
グレンも指示に従い使者団の元へ走ろうとするが、人の流れに逆らってテオドールへ近付く人影が目に付いた。フードを目深に被った怪しい人影に、グレンの本能が危険を告げている。
グレンは方向転換し、フードを被った人物とテオドールの間に滑り込んだ。フードを被った人物はグレンと同い年くらいの青年だった。嫌悪感を感じる程のいやらしい笑み、そして光の全く感じられない漆黒の瞳に背筋がぞわりと寒くなる。
そして、青年がぶつかる寸前にグレンは力強い腕に後方へ引っ張られ、青年は予想通り爆発を起こしたのだった。
……
「あああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
記憶の繋がったグレンはその場で崩れ、叫んだ。
ー なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんで!!
なんで王族のアンタがオレなんかを庇ってんだ!?
王族を守れなかった。自分なんかのために死なせてしまった。あの子の、アリアナの一番大事な父親を。優しい笑顔も、優しく撫でてくれる右手ももう戻らない。アリアナになんて話せば。「皆ですぐ帰ってくる」と約束してしまったのに。
色んな思いと感情がごちゃ混ぜになって、叫ぶ事しか出来なかった。
そんなグレンの背中をリズが優しく撫でる。
涙でぐちゃぐちゃな顔をリズへ向けると、リズの左頬に真っ赤な血がべったり付いていることに気が付いた。
怪訝な顔をしていたんだろう。グレンの視線に気が付いたリズは、困った顔で「しくじった……」と、呟いた。
見ると、リズの左腕の肘から下が無くなっていた。止血はしてあるようだが、やはり隊服が赤黒く染まっている。
リズの竜の印は左手の内手首にあった。あの綺麗な青はもう見れないのかと、再び嗚咽が込み上げた。
リズはさっきからずっとグレンの側にいる。使者に事件の説明をするでももなく、怪我人の手当をするでもなく、ほぼ無傷のグレンの側にただ座っている。嗚咽をあげながら、グレンは気付いていた。
ー 恐らく、他に生存者はいないんだろう。親父も、一番隊の皆も。
泣きすぎたせいか、ショックのせいか、ぼーっとする頭が痛みを訴えてきた。視界がぐらぐらと揺れ、自分は気絶するんだろう、と他人事の様に思った瞬間、背中に衝撃を受け、強く抱きしめられた。
堪え切れず漏れる嗚咽の声や、視界に入る傷だらけの腕で充分誰だか分かってしまう。
「お前、謹慎中だろ?何やってんだ」
「…っ………ひ、とりで行かせて、悪かった……生きてて、良かった……」
セルジュの言葉に、涙で再び視界が揺らぐ。
生きててよかった。
でも、それよりもっと、アンタ達にも生きてて欲しかった。
グレンはそのまま意識を手離した。
…………
「…………その後はセウシリアが『我が国への挑発か!』とか言ってめっちゃ怒って、国交は断絶。説明の場を設けようにも徹底無視でな」
「何かあれば真っ先に疑われるのはこっちなのにそんな事するはずないじゃん。騎士団も被害受けてんだし」
ロキが呆れた声で相槌を打つ。
「なー………それに、オレは見たんだ。団長を狙ったセウシリア人の漆黒の瞳を」
グレンの声音に憎悪が滲む。『漆黒の瞳』というワードに、流月がびくりと反応した。その反応に慌てて説明を付け加えようと流月の顔を見た。
正直、内緒話の最中は流月の顔が見れなかった。つまらない不幸話を聞かせている自覚があったし、泣かせているだろうとも思っていた。
が、流月は瞳に涙を溜めているものの、涙は一筋も流れていなかった。
「…………おや?」
「なに、グレン隊長?」
やや肩透かしを食らった気分のグレンは、ふと、流月の左手の甲が目に入った。引っ掻き傷が幾つもつけられており、中には血の滲む傷もあった。
「なっ?!流月!なんだその傷……」
少し強めの声で問い詰めた途端、流月の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「………泣きたく、なかったんだもん……グレン隊長の、秘密にしときたい話、を……興味本位で聞いて、私が辛い、悲しいって泣くのは変だもん……」
話初めのやり取りをそんな風に理解していたのか、とグレンは驚いた。その間も必死に涙を止めようと、流月は手の甲を引っ掻き続ける。
グレンは困ったように笑い、流月の両手を掴んだ。
「そんな風に思ってねぇよ………ただ元老院の狸に変な風に聞く前に、オレからちゃんと伝えたかったんだ。騎士団が落ちぶれた訳じゃない、オレが、『しくじった』んだ……」
と、勢いよく流月がグレンに抱きついた。グレンは倒れそうになる体を後ろ手で支える。
「………しくじってなんかない………グレン隊長、生きててよかったよぅ……」
偶然にもあの日のセルジュと同じ台詞に、グレンは目を見開く。
グレンは流月を抱き締め返すと、僅かに涙声で呟いた。
「…………お前等と一緒に思い切り泣いとけばよかったかもなぁ……」




