39.秘密の内緒話1
「オレとセルジュ、それにアリアナ姫は幼なじみっつーかなんつーか……なんせ色んな縁があって兄弟みたいに育ったんだ」
当たり障りのない、話せる範囲だけ話して終わらせようと思っていた。
ふと流月を見る。不安そうな、それでも興味を隠しきれない漆黒の瞳をこちらへ向けていた。
騎士団長としての仕事が増えれば、元老院とのやり取りも自ずと増える。そうなればあの狸爺は悪意を持って得意気に流月へ伝えるのだろうか。
竜騎士団が落ちぶれたきっかけも、騎士隊長の資格のない自分のことも。
そんな風に知られるくらいなら、今この場で自分の口から目の前の少女に話した方がマシなのかもしれない。
そう考えると貸し切りの魔法練習場も水のドームも最適な環境に思えてくる。グレンはおもむろに座り込んだ。
「…………辞めた。全部話す。面白くはねぇ内緒話だけど」
いつもより低い声のトーンに気付き、流月はグレンに習って座り込んだ。ロイもロキもそれに続く。
「オレとセルジュは幼なじみで、家も近くて、いつもつるんでたんだ。俺の親父は印持ちの竜騎士で、セルジュの親父さんは宰相をしていて、前騎士団長とも会う機会が多くて。オレもセルジュも当然騎士に憧れて、当然なるもんだと思ってた」
……………………
「セルジュ!通知来たか?!」
「来た来た!!やったな!!」
十四年前。
十歳のグレンとセルジュは王城からの封書を握り締めて自宅近く側の広場で飛び跳ねていた。近所の大人子供は何だ何だとあちこちで顔を覗かせ、いたずらっ子達の仕業だと分かると皆笑顔で戻っていった。
「「竜騎士団入団だーーーーー!!!」」
印持ちは成人を待って試練を受けて入団する事が一般的だが、印持であっても入団資格が得られる十歳から入団試験を受け、早くに入団を希望する者も稀にいる。この二人は勿論後者で、その恵まれた環境から竜騎士団への憧れは人一倍強かった。決して簡単ではない入団試験を一度でクリアし、十歳のうちに入団するものは決して多くはなかったのだが。
「王属騎士団入団規則に則り、シルヴェータ王国王位継承者エレイン・セレーナ・シルヴェータの名の下、貴方を第1465号王属騎士と任命します。」
数日後、王城からの封書通りに当時の陛下、アリアナの母親に叙され、晴れて二人は騎士隊員となった。真新しい隊服が仮装のようでまだ恥ずかしい。
叙任式をつつが無く終え、緊張した表情のまま騎士団長に連れられて団長室へ移動していた。ふと、騎士団長の足が止まり振り返る。
「グレン、セルジュ。入団おめでとう。私情を挟むつもりは無かったんだが、やっぱり君達の入団は特別嬉しい」
そう言って騎士団長は二人の頭を優しく撫でた。
先程までの厳しい表情が打って変わって、目尻を下げへにゃりと笑う笑顔はとても優しく、入団以前に何度も見てきた表情にホッとする。
「君達は印持ちだし、将来的には隊長格となって騎士団の中核を担うんだろう……でも今は、気楽に経験を積んでいって欲しい。僕もリオも、立場は違うけどライアンも君達の活躍を楽しみにしているんだ」
その時、中庭でガサガサと葉擦れの音が響いた。
グレンとセルジュが猫か何かかと音がする方を覗き込むのに対し、騎士団長ーテオドールは当然のように新隊員二人を背に隠し、鋭い視線を音のする方へ向けた。右手は腰の剣を握っている。
「とーさまぁ」
と、場違いな可愛らしい声が響いた。テオドールは一瞬目を丸くした後、警戒を解いて音のする方へ近付いていく。
「ふふっ、会わせようとは思っていたけど、こんな予想外に早いとは……」
草葉の中からひょっこり抱き上げたのは、ハニーブロンドの髪を耳の下で纏めた小さな女の子だった。淡いピンクのワンピースが愛らしい。
付き人が側にいたらしく、後で僕が部屋まで連れて行くよ、と声をかけている。
「二人共、驚かせてごめんね。愛娘のアリアナだ。まだまだ遊びたい盛りでね、今日もこんなとこまで散歩をしていたらしい。ちょこちょこ会ってやってくれると嬉しいな。……アリアナ、グレンとセルジュだよ。今日から騎士団に入ったんだ。ご挨拶は?」
「うれん?せーじゅ?はじめまして、ありあなでしゅ」
少女ーアリアナは可愛らしい笑顔を浮かべて、テオドールに抱き上げられたまま小さくお辞儀をした。
「グ、グレン、です」
「セルジュです。よろしくね、アリアナ姫」
戸惑うグレンを余所に、セルジュはにこやかに挨拶しアリアナと握手をしていた。セルジュの余裕が面白くないグレンはセルジュへ小さく蹴りを入れる。いてっとセルジュは声を上げるが、特に非難するでもなくアリアナとの触れ合いを楽しんでいるようだった。
テオドールはその様子を見て微笑み、アリアナの頭を優しく撫でた。
アリアナは気持ち良さそうに目を閉じ、そのままテオドールの首にぎゅっとしがみつく。
それが二人とアリアナとの出会いだった。
それ以来、空き時間があればグレンとセルジュはアリアナへ会いに行くようになっていたし、元々父親が大好きで隙を見ては騎士棟に遊びに来ていたアリアナも、グレンやセルジュの下へ通う割合がだんだん多くなっていった。
立場の差はあるもののアリアナは可愛がり遊んでくれる二人に懐き、また二人も懐いてくれる少女が可愛くてたまらない存在になっていた。
…………
七年後。
グレン、セルジュ十七歳。アリアナ十歳の夏。
「グレンも今日の、行っちゃうの?」
振り返ると不満気な表情のアリアナが、グレンの隊服の裾を掴んで立っていた。真新しかった隊服は何度かサイズアウトを繰り返し、今ではすっかりグレンに馴染んでいる。
グレンは出発準備の手を止め、アリアナに向き直る。
「なんだぁ?十歳にもなってまだまだ寂しいのか?」
グレンは笑いながらアリアナの小さな、形の良い鼻を摘んだ。アリアナはその手を払い、不貞腐れたように呟く。
「だって……父様もリオ隊長もリズ副隊長も。一番隊皆行っちゃうんだもん……」
俯いたせいで編み込まれ損ねていたハニーブロンドの毛束がはらりと顔にかかる。伏せた睫毛が時折揺れていた。淡青のドレスを握り締める小さな拳は、何かを堪えているかのように震えているが、昔のように泣いて騒ぐ姿はもうしばらく見ていない。
ー たった七年で随分大人になったな
場違いな感想がふと、浮かんだ。
三ヶ月前に会ったアリアナと同い年の妹はここまで大人びていただろうか。長い睫毛が落とす影を見つめていると突然、ハニーブロンドの瞳と視線がぶつかった。一見ハニーブロンドの瞳に見えるが、よくよく見ると奥の方は父親譲りのエメラルドにも見える綺麗な瞳だった。
どきり、と突然心臓が跳ねる。
「セ……ルジュは残るぞ」
グレンは誤魔化すように視線を反らし出発準備を再開した。アリアナはあからさまな誤魔化しに気付くことなくグレンの隣に並ぶ。
「セルジュは謹慎中だもん」
「ははっ…アイツは怪我してんのに馬鹿みたいに訓練続けるからな。団長も呆れてた」
「…………グレンがいないの、寂しいよ」
アリアナの言葉に、再び手が止まる。
グレンは気付かれないように深呼吸し、アリアナの頭をわしゃわしゃと撫でた。
隣国セウシリアとの国交は辛うじて続いていた。
国交といっても年に数回使者の交流のみで、建前や綺麗事を交換し合うだけの意味のないイベントになっているのだが。
グレンにとっては『得るもののない無駄な交流』でしかないが、それでも国内外に『諍いはない』と絶好のアピールになる。王族や騎士達の無駄な労力くらいで国民が安心できるなら、とグレンも先立って任務にあたっている。
「検問街まで隣の使者を迎えに行くだけだ。一週間もかからず皆で帰ってくるって」
グレンはそう言ってにっと笑った。
言葉通りの任務だった。
騎士団長と一番隊が竜を使って検問街へ移動し、セウシリアの使者団を迎える。そして検問街で準備してある馬車を使い、一週間かけてゆったり王城まで戻ってくる。そんなくだらない任務のはずだった。




