38.秘密の特訓2
頭を撫でていたロキの手が肩に移動していた。優しく触れる手のひらがじんわりと温かい。
前方に突き出した手のひらに集中する。暴走する事がわかっていて出力を上げるのは勇気がいる。
流月は深く息を吐き、魔力放出量を上げた。
拳大だった火球は、燃え上がる炎のように揺らめき、一気に大きくなった。炎の勢いに流月の体がビクリと揺れる。
「一気に上げすぎ。もっとゆっくり」
驚いた流月を落ち着かせようとしてか、右肩に触れる手はそのままに左手が流月の突き出した手に添えられた。軽く抱きしめられるような格好になり、ロキの少し低めの声が耳元で響いた。
これが『対の繋がり』なのだろうか。
ロキの声に驚く程安心して落ち着く。焦りも不安も無くなったわけじゃないけれど、闇雲でよく分からず囚われている訳じゃない。
ロキが居てくれれば大丈夫なんだと心から思える。
流月は安心して、慎重に放出量を上げていく。
「…………すごい……」
少し離れた場所で警戒していたロイが思わず声を上げた。先程の緊迫感はロキがついていることにより多少軽減されている。
火球は先程とは違い、いたずらに肥大化しなかった。
40センチ程の大きさになった火球は、大きさを変えず密度を濃くしているように、鮮やかなあかだった色味は赤黒く変わっている。それでも表面から1センチ程はガラスの様に透明なままだった。
「僕、『外殻』があんなくっきりしてるのは初めてみましたよ」
「あぁ、上手く制御できてる。隊長格でもあそこまでのはなかなか見れねえな……やっぱりロキが制御の要か…………よし、大体分かった。流月!終わりだ!」
「えっ」
『終わり』という言葉に反応し、流月は一気に集中を切ってしまった。瞬間、ロキが右手に力を入れる。
「…っ……馬鹿!」
火球の外殻と呼ばれた透明な層は一瞬で消え去った。境界をなくした炎が一気に蠢き膨張を始める。流月は逃げることも声を上げることも、目を閉じることさえできなかった。
ロイがすぐさま周囲の水を操ろうとするが、炎が広がる前に水で覆い切ることが出来ず、簡単に飲み込まれていく。それ程炎の威力はすさまじかった。
ロキは流月の肩を掴んだ右手を内側に引き寄せ、自らの体で熱から守るように覆い、流月の手に添えていた左手を下から上に炎を撫でるように動かし拳を握った。炎は手の動きに合わせ、大きく揺らめくとロキの拳の中へ勢いよく吸い込まれていった。
炎が手の中に消えていくさまを間近で見ていた流月は、青い顔で慌ててロキの左手を掴んだ。
「ロキっ!!て、手、大丈夫?!火傷……!!」
左手を広げて確認するが、火傷どころか傷一つ見られなかった。ロキはその左手で流月のおでこを軽く叩く。
「いった!!」
「あんな規模の制御中にいきなり集中切る馬鹿がどこにいる!あれはロイの魔法でも怪しかったぞ」
「……ご、ごめんなさい」
真剣に窘められていることに気付き、素直に反省する。
「流月さん、ロキくん!」「二人共大丈夫か!悪りぃ、余計な事言った」
慌てて近づいてきたグレンとロイへ向かってロキは炎を消し去った左手でピースサインを向けた。
「楽勝。どってことない」
ほっと息をつく三人にロキは言葉を続ける。
「あんな魔力よく制御したと言いたいところだけど、まだまだ一人では…………?」
そこまで口にしたところでロキの動きが止まった。その様子にグレンが勝ち誇ったようにフフンと鼻で笑う。
「ふふふ、やっと気づいたか?お前が制御の『要』なん」
「制御だけなんかじゃない…………」
ドヤろうとしていたところで無理矢理止められたグレンの不満の声を無視して流月の頬に触れた。
「ロキ?」
「魔力が殆ど減ってない…………あの魔力量を出したのに……?」
しばらく無言で考え込んだ後、流月へ指示を飛ばした。
「流月、もう一回さっきの」
「え?!」
「ロキ、何を…」
ロキの行動に怪訝な表情で問いかけるグレンをロキは一蹴する。
「後で説明する。何かあっても止める」
ロキの気迫に押されグレンはロイとともにしぶしぶ距離を取った。
流月も深呼吸をして放出量を徐々に上げていくが、火球は先程と同じ様な真円のままではいられなかった。
火球になりきれない炎は鮮やかにあかいまま2メートル程の蠢く塊になった。日和そうになる気持ちをロキの『何があっても止める』という言葉でなんとか押し止める。さっきの感覚を思い出すように集中を深めようとした途端、予告もなしに再びロキが炎を消し去った。
「わっ!何すん……っ!!!」
急な出来事に驚いた流月は文句を言おうと口を開くが、全身から力が抜けてその場にへたり込みそうになったところをロキに支えられた。そのままロキから魔力が送られてくるのを感じる。全てを予想していたかの様な対応の素早さに感謝すべきなのかもよく分からないまま、不思議な顔で流月はありがとうと告げた。グレンも一連のロキの対応に眉間のシワを深める。
「どーいうことだ?説明してくれんだろ」
「……グレン隊長の予想は当たってる。オレが『触れる』事で流月の制御能力が格段に上昇する」
回復したであろう流月を立たせ、ロキは続けた。
「…………と同時にこのちんちくりんはもっと凄い事をやってのけてる。ついさっきの出力で三分の一位、魔力を消費してる。……その前の火球はさっきの炎の三倍以上の出力だ」
意味の分からない流月は首を傾げる。置いてけぼりはよくあることだ。
いつもなら放置された流月へ丁寧に説明してくれるロイも、それところではないようで真剣な顔でロキの言葉に耳を傾けていた。
「いやいや、そりゃおかしいだろ。それならその前の火球で魔力を使い切ってるはずだ。ピンピンしてる訳が……」
「普通に考えたらそうなんだけど、でも火球の方が魔力の減りは少ないんだ……オレのも殆ど減ってないからオレの魔力を使ったわけでもないし。多分だけど、流月はオレが触れることで魔力の『増幅』をしてる」
「『増幅』?!そんなの見たことも聞いたこともねぇぞ。なんかの間違いじゃねえのか?」
グレンの眉間のシワが一層濃くなった。怪訝な顔のままロキの仮説に食ってかかる。
「オレだって初めてだよ。でも魔力を見るとそれしか考えられない」
「………………」
ロキの魔力の感知能力が高いことは分かっているが、そんな空想じみた仮説をそうそう信じることは出来ない。魔法は基本的に魔力と引き換えに四大元素を操っているだけで、夢物語のようなことはできないはずだ。
それでも、火球と炎の魔力量の違いはグレンにも感覚的に理解できてしまった。グレンは難しい顔のまま黙り込む。
「…………それが本当なら、流月さん。凄い戦力になりません?騎士隊全体の底上げなんか霞むくらいに……」
沈黙を破るようにロイが静かに口を挟んだ。
「そりゃそうだ。あのレベルの火球が馬鹿みたいにに出せれば、お前達二人だけでどんな国でも制圧できるだろうよ。元老院が喜んで飛びつきそうなネタだ……」
グレンが苦い顔でロイへ返す。
「……ただ、アイツ等は絶対反対するだろうな……」
「アイツ等?」
「アリアナとセルジュ。まったく流月に対して過保護が過ぎるからな……」
「オッサンはともかくとしてオヒメサマを呼び捨てなんて、随分気安いんだね、グレン隊長」
ロキの一言にグレンはしまったと言う表情浮かべる。が、既に手遅れのようでロキは明らかに訝しげな視線を向けていた。ロイも口には出さないが目を真ん丸くしている。
「あーー……っと、悪い。ちょっと、間違えた」
「その誤魔化しは厳しすぎない?グレン隊長そんな間違いする軽い人じゃないでしょ。」
思いの外評価してくれているロキに対し、こんな状況じゃなきゃ素直に嬉しいのにな、と誤魔化すには迂闊すぎた発言を後悔し口内で舌打ちをする。しばらく黙って頭をガシガシと掻いてみるが、三人は流すつもりはさるさらないらしくグレンから視線を外さないでいた。
グレンは諦めてようやく口を開く。
「…………オレとセルジュ、それにアリアナ姫は幼なじみっつーかなんつーか……なんせ色んな縁があって兄弟みたいに育ったんだ」




