4.医務室の再会
カーテン越しの柔らかな日差しが顔を撫でた。
「……ん…」
いつもと違う、真っ白い天井が目に入った。
あれ…ここどこだっけ?
ぼんやり微睡んでいると、目の前に赤毛の女性が現れた。
「目、覚めた?」
女性は慣れた様子で、流月が起き上がる手助けをし、水差しからグラスに水を汲んで渡した。
「…ありがとう」
一息で飲み切り、空のグラスを返す。
グラスをテーブルに置き、女性は部屋の外に声をかけた。
「…あの、…ここは?」
辺りを見回しながら女性に問う。
「竜騎士団の医務室よ」
女性が答えたタイミングで、医務室の扉が勢いよく開いた。
「もー!!セルジュ隊長!一応ノックしてくれる?」
「ミラか。そんな配慮は必要ない。」
「少なくとも若い女の子なの!配慮して下さい!」
セルジュと呼ばれた青年が部屋にやって来て、ミラと呼ばれた赤髪の女性の横に並んだ。
セルジュの亜麻色の髪の毛とアイスブルーの瞳に見覚えがある。
「あなたは…」
「キミを確保した者だ。なぜ城内の…演習場の真上なんかに現れた?キミの様な小娘にそう簡単に侵入出来るような警備体制にはなっていない筈だが」
一息でまくし立てるとベッドの足元にある椅子に座った。セルジュの視線が一層厳しくなる。
「誰が後ろに着いている?誰の……手引きをしている?」
セルジュの視線と威圧感に、何も言えず握りしめた指先が震えた。
何を言っても保証してくれる人も物もない。
流月からしたら意味のわからない言い掛かりをつけられている状態だが、最悪、周りが皆敵となる可能性だってある。
自分の立場の危うさに、汗が頬を伝った。
と、突然セルジュの頬が抓られた。
「セルジュ、落ち着きなさい。顔が怖いわ」
弾かれるようにセルジュが立ち上がり、振り返った。
セルジュの後ろにはウェーブのかかったハニーブロンドの髪の女性が立っていた。
「アリアナ姫!!なぜここに?!」
「侵入者さんが気になったもので…」
「まだ侵入者の正体も分からないのに!お戻りください!!」
「そんなに怒鳴らないの。女の子、怖がってますよ」
「…姫っ!!」
アリアナ姫と呼ばれた女性は落ち着いた様子で、セルジュの座っていた椅子に腰を下ろした。
ハニーブロンドの瞳が優しい。少しだけ気持ちが落ち着いた。
「ミラ、彼女に竜族の印は?」
「ありませんでした」
「なっ?!確かに共鳴したはずだ!!」
セルジュが声を上げる。
「そうは言っても、無いものは無いんです!姫様に言われて全身確認しましたが火傷が2ヶ所あったくらいです」
「セルジュ、貴方に共鳴があったと報告を受けて、私がミラにお願いしました。竜の印がない以上、竜の力は使えないわ。彼女1人での侵入は不可能に近いわね…それに他に侵入者は発見されなかった」
「………」
「あなた、名前は?歳はいくつ?」
ミラが流月のベッドに腰掛けながらいくつか質問を重ねる。
「たかみや…るつき…です。歳は17…」
「セルジュ隊長の事が分かるってことは、気を失う前の記憶はあるわね?教えてくれない?」
「あの、私もよく分からなくて…信じてもらえるか分からないけど…。カフェのバイト中に、急に目の前が紅くなって……気が付いたら落ちてて、それで、貴方に助けて貰って……」
流月は上目遣いにセルジュを見つめた。
「………」
セルジュは眉間にシワを寄せたまま黙り告っている。
「でも、わたしの居たとこにはお城もお姫様も騎士もいなくて…ここは何もかもが私の知っている場所とは違ってて……」
流月は拳を強く握りしめた。ここはあの街じゃない。誰も、何も知らない場所へ来てしまった不安感が込み上げる。
これ以上言葉が紡げず押黙ると、広い部屋が静寂に包まれた。
「記憶喪失、のようには見えないわね。セルジュ隊長が共鳴を感じたのであれば…何かしら竜の仕業で混乱している可能性もあるかも…」
「王城のない国、なんて、この世界にあるのかしら。…侵入者さん、どこからいらしたの?」
アリアナは頬に手を当て、ぽつりと呟いた。
「この世界の果てか……あるいは、別の、世界か…」
アリアナのハニーブロンドの瞳が真っ直ぐ、流月を見つめた。優しい瞳ではあるが、反らすことのできない強い意志を感じる。思わずゴクリと喉が鳴った。
「ふふ、後はセルジュに任せます。流月、ゆっくりしてね」
柔らかな笑顔を残し、アリアナは近衛兵を連れ静かに退室して行った。
「……ふぅーーーっ…」
セルジュが大きな息を吐いた。
「…状況が把握できた、とは全く言えないがセウシリアとの繋がりは弱そうだ。それに、よく分からない人物を放ったらかしにするより騎士団で監視した方が安心できる……アリアナ姫のご意向でもあるしな」
どういう事なのか理解ができなくて、流月は不安顔のままセルジュを見つめた。
「………とりあえずここに居ればいい」
困ったような、緩んだ視線で流月に微笑んだ。
数十秒間反応できずにいた後で、流月の漆黒の瞳からぼろ…っと大粒の涙が溢れた。
「やっ……ごめ、なさい」
久々の涙に流月は慌てて強く拭う。
「そんな強く擦っちゃだめよ……謝る必要なんてどこにもないわ。よしよし、頑張った。不安だったね」
そう言ってミラは流月の手を握り、頭を優しく撫でた。