36.新生竜騎士団
コンコンコン!
団長室の扉がノックされ、おもむろに、流月が返事を返す前に扉が開けられた。
「すいません、騎士団長!」
「入室許可が降りてから扉をあけろ」
若い騎士隊員が顔を覗かせた途端、セルジュの叱責が飛ぶ。セルジュの存在を認識した途端、隊員は失礼しました!と青ざめた顔で慌てて扉を閉めた。
「セルジュ、少しくらい大丈夫だよ」
「駄目だ。」
隊員の慌てた顔があまりにも可哀想で助け舟を出そうとするが、取り付く島もないセルジュの態度に流月は苦笑するしかなかった。
再び、先程より落ち着いたノックが団長室に響いた。
流月は静かに深呼吸をしてそれに応じる。
「………どうぞ」
…………
流月とロキの叙任式から既に三ヶ月が経過していた。
アリアナとセルジュが流月を守るため一般隊員として入団させようとしたものの、元老院の妨害のせいで流月は竜騎士団団長の座についてしまった。叙任式での任命を覆すことはアリアナでも難しく、せめてもの時間稼ぎにと叙任式参加者に騎士団長に関する箝口令を敷いたのたが。
「騎士団長への警護依頼が届いております!」
セルジュの口から重い溜め息が漏れた。
途端に隊員の肩がビクリと揺れる。緊張した面持ちの隊員は流月の正面へ立ちながらも、流月の横に立つセルジュの反応が気になって仕方がないらしい。ちらちらと横目でその動向を伺っていた。
セルジュは隊員の様子に目もくれず警護依頼の手紙に目を通す。
ー また『流月』宛への警護依頼か、
同じような警護依頼がここ一ヶ月で数件来ていた。
『王属』竜騎士団として王族、王城、王国の警護が最優先任務となってはいるが、自警団では対応の難しい警護 ー王族に近しい人間や、国への影響力のある爵位の高い貴族などー の依頼を受ける事も多々あった。そして抱えている案件やしょうもない見栄のために騎士団長を指名したがる依頼があるのも事実だ。急を要する任務がなければ依頼通り騎士団長代理であったセルジュも警護に当たっていた。
だがコレは問題が全く異なる。
誰かから流月に関する情報が漏れている。
少なくとも騎士団内にセルジュからの箝口令を無視するような輩はいない。
「…………『騎士団長』は別任務に対応しているため一番隊隊長が警護に当たる、と返事を」
元老院、オリバーの狸爺はこちらの要望を聞く気が全く無いようだ。
無意識に手紙を握る拳に力が入った。
「ねぇ、セルジュも行ってくれるなら私が行ってもいいんじゃないの?いつも断っちゃってて大丈夫なのかな?」
若い隊員がそそくさと帰って暫く何かを考えていた様子の流月が口を開いた。
「警護の役には全く立たないけど、指名されてるなら行ったほうが」
「行った方がいいわけ無いだろう」
『長の対』の価値を全く理解していない流月の発言に、セルジュは思わず食い気味に突っ込む。
「??セルジュがいれば私の分はカバーできるよ??」
「問題はそこじゃない。……『長の対』を他国へ出さないために代々騎士団長と王女が婚姻関係を結ぶんだ。『長の対』はそれだけ価値が高い。竜騎士団全体のベースアップは勿論だが、竜の個体値によっては長の対だけで竜騎士団を潰すことだってできる。そんな脅威的な力を欲しがる物騒な奴等が国内外にゴロゴロいる………キミは、長の印を持っているただの女の子だ。だから」
「いいトコの坊っちゃんに既成事実作られて強引に敵国に連れてかれるぞってこと。貴族の中にはセウシリアと繋がってるヤツもいるんだ」
突然、ロキの声が団長室内に響いた。見ると扉にもたれたロキが立っていた。あけすけな物言いにセルジュがじろりとロキを睨む。
「危機感のない騎士団長サマにはこれくらい言わないと伝わんないって」
ロキはセルジュの視線を全く気にする様子もなく来客用ソファーにどかっと座った。
「そー言うわけで個人との接触が可能な場には極力連れて行けない、以上!分かった?」
「…………分かった。けど、なんでロキがそんなことまで知ってんの!ロキだっておんなじ新人なのにー!!!」
自分の力不足で任務に当たれないことよりも、ロキだけ重要な話を当たり前のように知っていたことが不服らしい。流月は不満げに唇を尖らせた。
「オレは流月と違って騎士団の外側の事色々知ってるからね。」
ロキはたった独り、少年の姿でこの世界を生き抜いてきた。それは流月も理解しているが、未だに過保護にされている気がして素直になれなかった。
「それよりグレン隊長が呼んでる。第三集合だって」
……
軽い用であればいつもの調子で隊長室へ顔を出すグレンが謁見室へ呼び出した。それなりの何かがあったのだろう、と考えるセルジュは眉間のシワを深くしたまま足早に第三謁見室へ向かった。
ノックをする暇も惜しむようにそのまま扉を開ける。
「何があった、グレン」
「おお、悪いな。……第五区画で異変だ。報告があった」
「確かか?」
「あぁ、上空からの偵察部隊が気付いた。第三区画はいつも通りみたいだから秘密裏に何かを始めようとしてるのか…」
グレンは広げてあった地図を指差しながら状況を説明していた。地名なのか、人名なのか、流月には分からない単語が幾つも飛び交っている。セルジュは真剣な表情で話を聞き、時折何やら考え込むように顎に手を当てていた。二人共、既に流月とロキの存在が眼中に入っていない様子だ。
と、面白くない表情を隠そうともしないロキがわざとらしく咳払いをした。
「っと、悪い。流月達にもきちんと説明を…」
「ロキってば!や、大丈夫。聞いても多分よく分かんないし、私じゃ何もできないと思うから……セルジュとグレン隊長に任せる」
グレンが慌てて説明をしようとするが、流月はそれを遮った。グレンは少し困ったように眉を下げ、悪いと返すとすぐに真面目な表情でセルジュとの議論に戻っている。
流月はそのまま2人の真剣なやり取りを見つめていた。と、突然頭にドシンと重みが加わった。
「どーせまた『何もできない』とか考えてんだろ」
呆れたような声音が頭上から降ってきた。
頭の重さで見上げることのできない流月は目線だけで頭上を確認すると、ロキが流月の頭に顎を乗せていた。そりゃ重いはずだと思いながら、多少沈んだ気分では突っ込むこともできなかった。
そのままの体勢で、セルジュ達に聞こえないようにこっそりロキへ呟く。
「あんなに偉そうに騎士団長やるって言ってたのに、結局セルジュにフォローしてもらわなくちゃ何もできない自分が情けなくて、申し訳ないっていうか…………独りでやってきたつもりだったけど、守られた世界で甘やかされてたんだと思ったらなんか……自己嫌悪…?」
「そんなのオッサンにやらせときゃいいじゃん、プロなんだから。
それにそんな甘い流月だから助けたいってヤツがここには大勢いるんだし。しょーもない自己嫌悪なんて放っておいて、いざという時にどーんと役に立てばいんだって。アンタは、『この』炎竜の対なんだから」
「……ぷぷっ!!………くくっ、なにその言い方!!」
突然のドヤ発言に流月は吹き出し、思わず素で笑ってしまった。
「あー可笑しい……」
ひとしきり笑った流月は涙を拭う。ふと頭の上に居たはずのロキが流月の正面へ移動していることに気付いた。ロキ?と、笑いを引きずったままの表情で問いかける。
「やっぱり流月は笑ってる方がいいよ」
ふっとロキの赤い瞳が細められた。
そう言いながら頬を摘むように、優しく撫でられる。
「……ッ……なんか、前のロキみたい。大きくなってからロキは私に意地悪、だよ」
慌てて視線を逸らす。
台詞も言い方も以前の『かわいい』ロキに戻ったみたいなのに、表情にも、頬に触れる指先にもどことなく大人の雰囲気が漂う。
余裕なのか、色気なのかよく分からないが、流月の意思とは関係なく鼓動が跳ねてしまった。
「…………そんなつもりもないけど。流月がなびけばいいのにって思ってる。いつも」
いたずらっぽく笑って優しく触れていた指で流月の頬をつねった。
「いたっ!!!なにすん」
「そこの子供!なにジャレてんだ」
いつの間にか声が大きくなってしまったらしく、グレンが呆れた顔で流月達の方を見ていた。セルジュも地図から視線を外している。
「ご、ごめんなさい……」
やってしまった、としょんぼり小さくなる。
グレンはその様子に吹き出してしまった。
「いや、こっちこそ何もフォローできんくて悪かった。セルジュが指示と報告に行くから、その間にオレから軽く説明しとくわ。
……お前が知らなくて当然の事なんだからそんな顔すんな。プロに任せとけ、は正しいと思うぜ。オレ達はそのための訓練をずっと続けてきたんだ。お前はお前の出来る事をやればいいって」
そう言うとグレンはいつもの笑顔を流月へ向けた。
「グレン隊長、盗み聞きとかやらしー」
「いやー、アイツがいちいち反応するからこっちも気になっちゃうわけで。くくくっ」
「オッサンはまたかよ!いい加減オヒメサマだけでいんじゃないの?」
「まー最近は大分落ち着いてんじゃないの、いっそワザとらしいくらいになー。ただ今回のは、変に拗らせると突っ走っちゃう子のフォローがいるからな」
「あー…………なら許す」
何やら失礼な事を言われている気もしたが、流月は気にせず乱れた髪の毛を整えた。凹みかけた気持ちは驚くほど簡単に立て直す事ができてしまった。
ー 私は、私の出来ることを。




