短編1. とある隊員と噂の医務室1
医務室に可愛い女の子が入ったと、一般隊員の間で噂になっていた。
多少気にはなったがわざわざ見に行くほどの熱意は生まれなかったし、寧ろそれ目当てで医務室に行っていると思われるのが癪で、ちょっとの怪我では医務室に行かなくなっていた。
「リアム、医務室行ったか?」
夕食の席で幼馴染兼同期で仲のいいキースが身を乗り出して問いかけてきた。
「行ってない。どこ行ってもその話ばっかで聞き飽きてるよ、キース」
いい加減飽きてきた話題に眉間に皺を寄せつつ、トマトスープを口に運んだ。疲れた体に染み渡る。今日の訓練もハードだったな……
「なんだよ、つれないなヤツだな。ほんっとにかわいい子なんだぞー」
ややふてた様子のキースは大人しく席に座るとグラスのビールを飲み干し、更にグラスへなみなみとビールを注いでいる。
明日は確かに休みではあるが、酒に強くないキースにしてはおかしな飲み方をしている。調子のいいことを言うヤツだが酒に溺れる趣味はないハズだ。
「キース、そんな飲み方して大丈夫か?」
「おいおい、リアム!正騎士になって初めての休みだぞ!ここで飲まずしてどこで飲む!やっとお前に追いつけるんだ!!」
その言葉にリアムはビクリと肩を揺らした。
それに気づかないままキースは上機嫌で再びビールを飲み干している。
キースの正騎士への昇格が決まったのはほんの3日前だ。
印持ちで入団し最初から正騎士だったリアムとは違い、一般試験によって入団したキースは試験に合格することで見習い、準騎士、正騎士と昇格していくことになる。
そのため、同期とは言え正騎士としてはリアムの方が先輩なのだ。
昔から、自分以上に騎士に憧れていたキースが正騎士になったと聞いて、喜びと共にどこか安堵する自分がいた。
キースは男爵家の長男で、本来ならば爵位を継いで何不自由なく暮らしていくことのできる身分がある。それでも騎士になる事が諦めきれず、弟に爵位を譲ってまで入団試験を受けている。
一方自分は両親が必死に働いて何とか生活が成り立つような平民の出で、『二枚羽の印』をたまたま持って産まれただけで、生活の保証された正騎士として入団できている。
別に生きていけるのであれば騎士じゃなくたって、何だってよかった。そんな程度の自分だけが正騎士である事に、少なからず罪悪感を感じていたのだ。
やっとそれから開放される。
「よかった……な」
親友の昇格よりも、罪悪感からの開放の方が嬉しいのか。
引き攣った笑いに気付かないでほしい、そう願いながら祝の言葉を告げた途端、
ガシャンッ!!ゴンッ!!!
キースが顔面から長テーブルに倒れ込んだ。
「なっ?!!キース?!」
慌ててキースの体を起こすと、直撃したせいで割れた皿で額が切れていた。当の本人は真っ赤な顔で既に寝息を立てている。
「おいっ、キース!大丈夫か……」
「酔って落ちただけだ。大丈夫だろう」
「!!オーウェン副隊長……」
「明日は罰掃除だな、馬鹿者が。リアム、ソイツを医務室へ連れて行っててやってくれるか、ここは片付けておく」
どうやらすぐ後の席に座っていたらしいオーウェン一番隊副隊長がテンパっていたリアムの助けに入った。オーウェンの指示に落ち着きを取り戻したリアムはすぐにキースを抱え上げた。
と、そのまま急ごうとするリアムをオーウェンが引き止めた。
「リアム。お前も手当してもらえ」
リアムは目を見開いて固まった。
「……今日のは結構酷かっただろう。自己管理も騎士の仕事だ」
たかだか下っ端隊員の、たかだか訓練で負った怪我だ。まさか副隊長に傷の手当てをサボっていたことを知られているとは思いもしなかった。
そこまで把握して、恐らく心配してくれているだろう事が少し嬉しくて少し恥ずかしかった。
リアムは深く頷くと食堂を後にした。
……………
「す……ません……急患、です!」
日頃から鍛えていると言っても、楽に人一人運べる程騎士棟は狭くない。息も絶え絶えに時折キースを地面に落としつつ、何とか医務室へ運びきったリアムは扉を開けると同時に声を上げた。
「あら、大変!ベッドへ運ぶわ!手伝って!」
診察用デスクに座っていた女性が医務室全体へ声をかける。
若いのに優秀らしく医務室の管理責任者になっていると以前キースに聞かされた後方支援部員だろうか。
ミラの声に応えた支援部員たちが集まってきた。
「1、2の3っ!」支援部員たちがタイミングを合わせ、キースを担ぎ上げた。その反動で急に軽くなった体のバランスを、疲れ切ったリアムは上手く取ることができなかった。
ー やべ、倒れる!!!
景色がスローモーションで前方へ移動した。
制御の効かない体が大きく後ろへ揺らぐ。倒れると分かっていても情けないことに何もすることができなかった。
と、背中に優しく何かが触れた。
「大、丈夫?」
浮遊感が止まった。
誰かが支えてくれたらしい。バランス感を取り戻したリアムは何とか自分の足で体重を支えることが出来た。
倒れなくて済んだ安心感を噛み締めていると、声の主はそのままリアムの腕の下に体を潜り込ませようとしていた。どうやら自分も急患だと思われているようだ。
「や、ごめん……ありがとう、俺は違う………」
声の主がひょこっと顔を出した途端、瑞々しい花の香が鼻先をよぎった。
ドッッ…!!!
全身が脈打つような感覚だった。
花の香なんていくらでも嗅いだことがある。
いい匂いだと思うけれど、こんな感覚になったのは初めてだった。
キースを医務室へ連れてきたすぐよりも断然脈が強くて早い。
ー 何なん、だ、コレは
体の異常が理解できず口をパクパクさせているリアムに、声の主ー流月は心配そうに声をかけた。
「違うって……凄い顔赤いですよ、熱があるんじゃ?」
「違っ……コレは花の匂いが……」
頭も上手く働いていないであろうリアムは取り繕うでもなく、素直に口に出した後で自分の失態に気付いた。
初対面の男に自分の匂いのことを言われたら少なからず嫌悪感を抱くのではないか、と慌てて流月の表情を確認する。
初めて見る漆黒の瞳が不思議そうにこちらを見つめていた。
「匂い…………あ、キツすぎました?!ごめんな…」
「違う!!」
思わず強く否定してしまった。
「いや……その、いい匂いで、びっくりした…………」
連続での失態に慌てて更に余計な一言を吐き出すリアムに、流月は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、気にした様子もなくふふっと微笑んだ。
「私も気に入ってるんですよ、この香り」
長々とあいてしまいました。
勝手に憧れの番外編、流月達の外のお話です。
ウキウキとネタは出ましたが、文章にするのってやっぱり難しいです。
亀更新が続くかと思いますがお付き合いいただけると嬉しいです。




