35.私の騎士団長
「長の印を持つ者。シルヴェータ王国王位継承者アリアナ・ルーナ・シルヴェータの名の下、貴方を第十七代目竜騎士団団長と任命します」
「高宮流月、拝命致します」
一瞬の静寂の後、謁見の間が割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。流月はその拍手の多さに驚き、参列者をくるりと見渡した。
オリバーは苦い顔をしていたが、元老院の列の中でも何人かは笑顔を浮かべている様子が確認できた。騎士達は勿論全力で歓迎してくれていた。
認められたことの嬉しさにへにゃりと顔が歪む。
やや乱暴に隊服が肩から掛けられた。振り向くと不機嫌な顔をしたロキの姿があった。ロキは説明のあった式典の形式など無視し、流月の手を握ると足早に最後列へ向かった。
「ちょっ…………ロキ!説明と違う!」
流月は小声でロキへと文句を言うが、ロキからは何の返答も返ってこなかった。
最後列に整列すると何故かすぐ横に立ったロキが流月の胸元を指差しながら睨みつけた。
「まずその格好どうにかしろ」
低めた小声で端的に指摘され、数時間前のアメリアとのやり取りが思い出される。
『インナーワンピだけでのお出かけは絶対に避けてくださいね!体のラインがしっかり出ちゃうので』
『ひぇ………それってもはや下着なんじゃ……』
全身の血の気が引いた。叫びだしそうになるのをぐっと耐え、急いで上着のボタンを閉めようとするが指先が言うことを聞かない。
ーわたしってば、怒ってたとはいえなんて事しちゃったの!!?
あんな格好で偉そうに……!!!
顔を真っ赤に染め、恥ずかしさに涙がじわりと滲む。
ロキはそんな流月の様子を見て深く溜息をついた。ふと視線を感じて顔を向けると、数人の騎士が流月の様子をちらちらと伺っていた。
ロキは一歩、庇うように流月の前へ立ち、騎士を睨みつける。ロキの視線に気がついた騎士は慌てて正面へ視線を戻した。
それをきっちり確認したロキは流月の隣へ戻ったが、流月の危機感の無さと色ボケた騎士達への苛つきは暫く収まりそうになかった。
………………
「ほんっとにお前は突っ走るヤツだなー」
はっと気が付くと目の前にグレンのニヤついた顔があった。
「えっ……グレン、隊長?あれ、叙任式は……??」
流月のとぼけた返事に、グレンは吹き出した。
「ぶはっ!!!何寝ぼけてんだ!とっくに終わって、オレたち以外は撤退したよ」
謁見の間を見渡すと、グレンの言う通り流月達以外の姿は見えなかった。
「ま、でもカッコ良かったぞ?騎士団長サマ?」
グレンが笑いながら流月の頭をわしわしと撫でた。やらかした自己嫌悪もグレンのいつもの笑顔と労いで吹っ飛びそうになったところで、何処からともなくロキが現れ流月の鼻をぎゅっと摘んだ。
「んむっ!!あにすんの!!」
「突っ走るのは別にいいけど、危機感は持てよ。次やったら襲うからな」
「…………!!!」
先程と同じように胸元を指差され、『何に』危機感を持てと言われたのか理解出来た流月はコクコクと頷いた。
「もうしない!!気をつけ…ます!」
「元老院の暴走を止められなくてすまなかった。アリアナ姫を守ってくれてありがとう」
壇上での作業を終えたセルジュが流月の元へやって来て、深く頭を下げた。
「チッ……まったくあんな爺、ちゃんと躾けとけよな……」
ロキが悪びれる様子もなく舌打ちするとセルジュへ向かって苦々しく文句をつける。セルジュは反論することもなく申し訳無さそうに「すまない」と、呟いた。
「セルジュのせいでもないでしょ!私ももう少し冷静になんなきゃだったんだけど、ついついムカついてカッとなっちゃった、ごめん」
「くくっ……叙任式でキレた奴は初めて見たな」
グレンが楽しそうに笑った。
「あんな雑に契竜の儀が行われたことだって初めてだろ。あーーー、あの狸め……」
セルジュが頭を抱え、その場で座り込んだ。ぶっきらぼうな態度が少し珍しい。頭を抱えた手は力一杯握り締められており、爪が食い込んでいた。それに気が付いた流月はそっとセルジュの手を掴む。
「だめだよ、血がでちゃう」
セルジュはビクリと顔を上げた。目の前にはセルジュの手を抱えた流月がしゃがんでいる。「まーアリアナ姫にあんな言い掛かりつけて腹立つのも分かるけど」と呟きながら驚いて力の抜けた指を一本一本広げていく。
「騎士の皆も付いてるから大丈夫だよ。皆、アリアナ姫を大切に思ってる。一人で抱え込まなくたって大丈夫」
流月はセルジュの古傷だらけの手を優しく握りながら微笑んだ。
流月の言葉に既にアリアナへの暴言など頭の片隅にも残っていなかったことに気付いて思わず言葉を失った。
「……セルジュ?」
返事が無いことに不思議に思った流月は、小首を傾げる。
疑うことのない漆黒の瞳がセルジュのアイスブルーの瞳を覗き込む。
ー 違う、ただ流月を騎士団長にしたくなかっただけだ
流月を団長に仕立て上げようとした元老院、それを防げなかった自分への猛烈な苛立ちで頭が一杯になっていた。
騎士団長と一般隊員では巻き込まれる案件も危険度も全く異なる。だからこそ死守したかったのに……いや、それもただの建前でしかないような気がしてくる。
長の対が見つかるまでの、暫定的な王族婚約者だとしか思っていなかったし、流月に出逢うまでは仮に見つからないならそれでもいいと思っていた。
流月が『騎士団長』となれば国へ繋ぎ止めるために何処かの貴族との縁談が進むのだろう。そして、習わしのためだけにアリアナとセルジュの婚姻が確定事項になる。
目の前の少女を抱きしめたい衝動をぐっと抑え込む。
ー いい加減、どうにもならない感情を捨てるべきなんだろう
「………………キミの事も心配していたんだが、余計なお世話だったみたいだな。ありがとう」
セルジュは困ったような顔で微笑んで流月の細い指先を優しく握り返し、そしてゆっくりと手を離した。
何故だがセルジュのその表情に、流月の胸はきゅうっと締め付けられた気がした。
………………
……トントントン
流月がベッドの上で眠れずぼんやりしていると、控え目なノック音が響いた。ふと確認した時計は既に0時を回ろうとしている。
ーこんな時間に誰だろう…?ロキにしてはノックがおとなしいし。
そう思いながら慎重に扉を開けると、目の前にショールを頭から被った人物が立っていた。驚きのあまり声を上げそうになる。
が、目の前の人物の細い指先で優しく口を塞がれた。
「流月、驚かせてごめんなさい。少しお話がしたくて……」
聞き覚えのある柔らかな声音に、流月は目を見開いた。そして慌てて声の主を自室へ引き入れる。
引き入れてから、いや、こっちのがマズい…?と思案しているうちに、目の前の人物がショールを外す。サイドで纏められたハニーブロンドの髪が僅かに乱れていた。
「アリアナ姫……こんな時間にどうしたんです?誰か付き添いは……」
「貴女とちゃんとお話したくて一人できました」
にっこり微笑むアリアナに流月は開いた口が塞がらなかった。
ーこの国一番の偉い人が、こんな時間に一人で来ちゃ大問題なんじゃ……
セルジュとミラの怒った顔が容易に想像できて背筋が凍った。
と、ふわりとアリアナに抱き締められた。
「……ッ……アリア……」
「どうしようもないとこまで巻き込んでしまってごめんなさい」
アリアナが自分より頭一つ小さいのだと流月は初めて知った。僅かに震える肩は細く儚い。
常に毅然とした態度で堂々とセルジュの隣に並べる彼女が羨ましかった。
王位継承者だから特別なんだと思っていたが、この細い肩に沢山の責任や重圧を乗せて必死に立っていたのだろうか。
「…………アリアナ姫。私、『向こう』でずっと独りだったんです。そんなわけないのに……ずっと独りで生きてる気になって、勝手に閉じ籠もって、全然、笑えてなかった。でも、こっちに来て怪しさしかない私をアリアナ姫も、セルジュも優しく受入れてくれた」
流月はアリアナの背にそっと手を回す。
「凄く、嬉しかったんです。『向こう』の全てを放り出して、ここに居る理由を欲しがるくらいに…………そんな醜い我が儘が皆の役に立つのなら何だってするわ。アリアナ姫が責任を感じる必要なんてどこにもない」
「そんなの我が儘でも何でもないわ。貴女は何の責もなくここに居ていいのよ」
「ふふ、ここに居たいのも本当なんだけど……こんな私でも優しいあなた達の助けになれることが嬉しいの。私にも貴女を守らせて欲しい。これもただの我が儘なのかも知れないけど?」
流月がアリアナへいたずらっぽい笑みを向けた。アリアナ姫は困ったように笑い流月の手を握った。
「貴女が思うのと同じように、私達も貴女を助けたいと思っています。忘れないでね、貴女に笑っていて欲しい人間はここに沢山いるわ」
アリアナはそう言うと流月の顔をそっと引き寄せ、額に口付けを落とした。驚いて固まったままの流月へにっこりと笑みを返す。流月はその笑顔の神々しさに思わずどぎまぎしてしまった。
「頼りにしています。我が国の………私の騎士団長様」
またお話しましょうね、とアリアナは静かに部屋を後にした。
いつもお付き合いありがとうございます。
流月が無事に騎士団長となったところで第一部完です。
ちょっと間をあけて第二部再開します。




