34.叙任式
謁見の間の重厚な扉が、守衛兵の手によってゆっくり開かれる。
深く礼をしていた体勢を上げると、正面の壇上には優しく微笑むアリアナとその左側に立つセルジュの姿があった。
流月とロキは正面に向いゆっくり歩き出した。
通路の両側には式典用隊服を着た騎士達が綺麗に整列している。隊長格と竜を使役する騎士のみを集めると事前説明を受けたが、それでも流月の想像よりはるかに多くの人数が集まっていた。
時折視線は感じるものの、騎士達には誰一人姿勢を崩す者は居ない。
衣擦れの音一つない厳かな雰囲気の中、最前列を陣取るオリバー含む元老院の面々だけは、ちらちら流月を振り返ったり何やら小声でやり取りをしていた。その自由すぎる様子を見て、壇上のセルジュの眉間に深い皺が刻まれる。
そんなセルジュの表情に笑いが込み上げそうになるが、ぐっと押し留め前だけ向いて凛と歩く。
アリアナの元へ辿り着いた二人は、ゆっくりと跪いた。
セルジュが祭壇にある剣をアリアナに手渡した。
アリアナは流月の前まで歩み寄ると、流月の右肩へそっと剣を乗せた。
「竜の試練を終えし者。シルヴェータ王国王位継承者アリアナ・ルーナ・シルヴェータの名の下、貴方を第295号竜騎士と任命します。」
「我が命の続く限り、気高き勇気、善き振る舞い、寛大さ、高潔さ、そして名誉をもって主君に仕え、真実と誓言に忠実であることを誓います」
二日前の事前説明以降、必死に覚えた誓言を言い終え顔を上げる。アリアナは小さく微笑むと剣の柄に口付けをし、流月の前へ差出した。
「貴方に月の女神の加護があらんことを」
流月は剣を受取り静かに帯刀する。これで流月の叙任は完了だ。
何とかやりきったことに静かに安堵し、ようやく一息つくことができた。
次はロキの番だ。セルジュが同じように祭壇からもう一本の剣を取り上げアリアナに渡す。先程と同じやり取りがつつがなく進んでいく。
ロキの正体は竜なので騎士になる必要はないのだが、便宜上流月と同じく騎士として入団する事になっていた。ロキの正体は騎士団の中でも一部の人間にしか知られていない。
「貴方に月の女神の加護があらんことを」
ロキの叙任も完了し、流月とロキが立ち上がり壇上へ一礼する。参列者へ向き直り一礼をすると、参列者から大きな拍手が沸き起こった。
事前説明の通り参列者の最後列へ並ぶため足を進めようとした瞬間、
「おや……陛下。『契竜の儀』をお忘れでは……?」
オリバーが唐突に、ハッキリと口を開いた。
謁見の間中に響き渡った声に、一瞬全ての音が止まる。
一拍遅れで元老院は勿論のこと、騎士達さえも僅かにざわつき始めるが、流月とロキは何の話か見当がつかず首を傾げるしかなかった。
壇上を振り返ると、セルジュが怒りを含んだ目でオリバーを睨みつけていた。その様子から何か良からぬことが起こったらしい事は流月にも理解できた。
「ハッハッハ……嘆かわしい事ですな。団長の資格を持つ者が契竜の儀も知らぬとは…………建国神話に則り、長の印を持つ者と女神の印を持つ姫君が契約を交わす儀式。それが『契竜の儀』ですぞ」
オリバーのじっとりした視線に背筋がぞわりと震えた。
「オリバー様、それは本当なのですか?あのような様相の者が団長の資格を有するとは……」
「いやいや、今日は叙任式だけのはずでしょう?」
「仮にそうだとして、陛下が重要なの儀を忘れるなどあってはならぬでしょう」
元老院の面々が次々と不信感を言葉にしていく。
「おや、おかしいですなぁ……私の耳には『長の印を持つ者』が見つかったとの噂が届いておりましたが、まさか陛下の耳に届いていないとは!陛下への報告を怠ったならず者がこの王城内に居るのか、あるいは……」
おどけた表情を作っていたオリバーが一転、悪意のこもった視線をアリアナに向けた。
ーあぁ、そういう事か……
「古くからの習わしを反故にするなど、王族への信頼すら失いかねない大問題に発展致しかねませんぞ、陛下………いや、陛下ともあろう御方が『長の印』を隠そうなどとするはずありませんな?……失礼致しました」
ー私達を一般の隊員とすることで元老院と話はついたとセルジュが言っていたのに。自分は無関係を装いながら、今この場で『長の印』の情報をちらつかせてアリアナ姫の評判を下げるつもりなんだろう。
アリアナ姫もセルジュも私を団長にさせたくないことを知っているから。
「まぁ……『女神の印』のない陛下への信頼がどれ程物なのか、甚だ疑問ではありますが……」
先程までより僅かに抑えた声量でオリバーは悪びれる様子もなく呟いた。
謁見の間全体には届かないが、元老院の面々にも壇上のアリアナ本人にも、もちろん流月の耳にもしっかりと届いていた。
ーアリアナ姫がどんなに優しいか知らないくせに。この国の事を真剣に考えているアリアナ姫の事を知ろうともしないくせに。『印の有無』なんて形式しか見ていない人達が彼女を侮辱する資格なんてないのに…
ーあぁ、なんだかとってもイライラする。こんな『印』がそんなに大事なのか
流月は怒りに任せ、式典用隊服の上着を勢い良く脱ぎ捨てた。
インナーのワンピースはノースリーブのため、長の印がハッキリと確認できた。ざわめきだっていた空気が一瞬で静まり返る。
流月はそんな雰囲気の変化を敢えて気にすることなく、オリバーの目の前まで歩くとにっこり微笑んだ。
「この国へやって来て日が浅いもので……知識不足であること、大変申し訳なく思っています。……お久しぶりですね、オリバー様。確か以前もこの謁見の間で、陛下もご一緒だったかと記憶しております」
オリバーにとっても予想外の展開だったらしく、流月の対応に目を丸くし頷くことしか出来ないでいた。そのやり取りを見て元老院の思惑に気がついた騎士達が僅かに空気を張り詰めさせた。
少なくともこれで、オリバーが長の印の存在を知らなかったとは言えなくなるだろう。
流月はオリバーの反応に満足すると、くるりと壇上へ向き直った。アリアナもセルジュも目を真ん丸くしており、予想通りの二人の表情に思わず頬が緩む。流月はそんな二人ににっと笑顔を向けて一歩一歩近づいていった。
そして、再びアリアナの前に跪く。
「陛下、私、陛下の数々のご配慮誠に感謝しております。記憶も身寄りもなく素性のはっきりしない私を保護してくださったこと。長の対と契約を結んだ今も成人前だということを配慮し一騎士として入団を許可してくださったこと。そんな陛下に物騒な疑いがかかることは決して私の望むところではありません」
「力不足とは思いますが、竜騎士団団長の任、謹んでお受け致します」
アリアナの息を呑む音が小さく聞こえた。
セルジュの眉間の皺は一層深くなった。何かを言おうと口を開くが、この場ではないと判断し、苦々しい表情のまま口を閉じた。
「…………辛い事も少なくはないのですよ?」
アリアナが辛そうな表情で流月へ問いかける。
「こんな状況で、私だけが何もできず守られてるばかりの方が辛いです」
アリアナとセルジュにだけ聞こえるように流月は答えた。
アリアナが観念したように一呼吸置いて、謁見の間全体に届くような声で宣言した。
「長の印を持つ者。シルヴェータ王国王位継承者アリアナ・ルーナ・シルヴェータの名の下、貴方を第十七代目竜騎士団団長と任命します」
「高宮流月、拝命致します」
謁見の間が大きな拍手で包まれた。




