32.長の対と竜騎士団
翌日、ミラに問題なしとのお墨付きを貰った流月は、ロキと共に第三謁見室へ連れられてきた。
第三謁見室には既にアリアナ、セルジュ、グレンの姿があり、流月とロキ、二人を連れてきたミラがテーブルの向かい側に座った。
「流月、体調はどうですか?」
「大丈夫です!ミラにも問題ないって言われたし」
「それはよかったです。あまり無茶をしてはいけませんよ」
セルジュに無理矢理ついていったことを言われているのだろうか、流月は小さくなって返事をした。
アリアナはそんな流月の反応を見て微笑んだ後、ロキへ視線を移した。ロキはピクリと体を揺らした。
「……貴方が流月の対の竜ですね」
「…ッス。ロキ、です」
緊張している様子が珍しく、流月はマジマジとロキの横顔を見つめていた。そんな流月の顔をロキは無言で片手で覆う。
「コラ、アンタたちじゃれないの!」
ミラの突っ込みに流月は慌てて姿勢を正す。
「セルジュ、グレン、長い間、長の捜索ご苦労様でした。そして流月も無事に試練を乗り越えてくれましたね。流月には結局危険な目に合わせてしまって大変申し訳なく思っています」
「いえ、それは突っ走った私の自業自得と言うか……」
「あの夜、流月を連れて行く判断をしたのは私です。責任は全て私にあります。それに……騎士団は流月がいなければ長を探し出す事すら出来なかったかと……」
セルジュが硬い声で流月を遮った。
感情のままに突っ走った自覚のある流月は、そう言われて気まずそうに俯いた。
「相変わらず真面目で、不器用ね」
アリアナは鈴を転がすように笑った。
「流月も騎士団も咎めるつもりなど全くないわ。貴方がイレギュラーな状況の中、毎日遅くまで、精一杯やってくれたこと知ってるもの。咎めるとしたらあの無理な働き方の方よ。クマ、少しはマシになったかしらね」
アリアナは優しく微笑み、あの日の距離感で語りかけた。
ー騎士棟内にいない筈のアリアナ姫も、知っていたんだ…
コーヒーをセルジュの元へ届けたあの夜の、少なくともあのセルジュを知っているのは自分だけだと思っていた。自惚れていた自分が恥ずかしくなって、俯いた顔が一向に上げられないでいた流月の手をロキがしれっと握った。驚いて引っ込みそうになった流月の手を強く引き止める。
「オレが流月の対って事は分かってるんだけど、その他の情報、もうちょい説明してくれない?なんでオレまでここに呼ばれてんの?」
「もー!!口の聞き方!」
「ミラ、大丈夫です。ごめんなさい、貴方への説明がまだでしたね……私はアリアナ。このシルヴェータ王国の王位を継いでおります。我が国の問題に貴方方が関わりのないことは重々承知しています。それでも、長の印の対である貴方方に我が竜騎士団へのお力添えをお願いしたいのです」
アリアナは真っ直ぐに流月とロキを見つめ、深々と頭を下げた。ハニーブロンドの髪が細い肩を滑り降りた。
非公式ではあるものの王族が簡単に頭を下げる行為にセルジュもグレンも驚いた表情を浮かべるが、止める権利は無いようだ。
「…………長の印……?流月が……?」
暫くの沈黙の後、ロキがポツリと呟いた。
「魔力の欠片もないこのちんちくりんが、長の印持ち……?!」
「なっ……ちん、ちくりん……??!」
「「ぶふっ……!!!」」
グレンとミラが思わず吹いていた。
「せいぜい一枚か二枚だと思ってたんだけど…………あー、だから国のトップがわざわざ出向いて来てんのか、納得。で、オレ達は何したらいいの?………セウシリアと戦えって?」
「…………意外と、情勢を知っているんだな」
セルジュが軽く目を見開いたあと、苦い顔を向けた。
「月の石の加工品を色んな街で卸して生活してたんで、情報は持ってるよ。流行り物とか国境付近の街の様子とか、竜騎士団の噂とか……」
「それはそれは…………今更、細かな説明は必要なさそうですね。長年、長の対の存在が不明確であったため、竜騎士団の弱体化が進んでいます。『4枚羽』ですら、今ではセルジュ一人しか確認できていないんです。竜騎士の力を取り戻すためにも、貴方方には是非とも竜騎士団へ入団して頂きたいのです。…………そして……」
「そして、ロキには戦力になって欲しいとも思っている」
アリアナが言葉にするのを躊躇った思いをセルジュが引き取った。
「流月も?」
「その方が守れる」
セルジュの即答に流月がギュッと手を握り締め、口を開こうとした瞬間。
「入るのは別にいいけど、オレは流月も一緒じゃなきゃ働かない」
ロキはおもむろに頬杖を付き、ふてぶてしく答えた。
「なっ?!流月を危険な目に合わせたいのか?!」
「んな訳ねーだろ。オレが居れば絶対そんな目に遭わせないし。それにアンタだって分かってるでしょ?守られてるタマじゃないって……放っといたら勝手にどっか飛んでくよ、このちんちくりんは」
いつだったかグレンともこんな話をしたことを思い出す。流月の方へ視線を向けると、今も何か言いたげな顔をこちらに向けていた。
危険な目に合わせたくないと閉じ込めておこうとするのは自分のエゴなのかもしれないと、あの夜の流月の強い瞳がふと浮かんだ。
「……分かった。……………流月が望むのであれば、納得させる。二人共力を貸して欲しい」
『納得させる』という他人事な言い回しにグレンがくくっと笑いを溢した。セルジュは横目でじろりとグレンを一睨みし、アリアナに習って頭を下げた。
「勿論!私達にできる事であれば、幾らでも」
いつかのセリフと共に、流月は笑みを返した。
……
「で、こっちはぜんっぜん納得出来てないんですけど!!!」
と、膨れっ面の流月がテーブルに手を付き、ロキに顔を近付けた。
「人の事何度何度ももちんちくりんなんて言って……」
「…………早く竜だってこと思い出してれば、こーやって契約する手もあったのになー」
流月の文句を完全に聞き流したロキは、そう言いながら流月の口の隣に口付けた。目を真ん丸くし閉口する流月に向いへへっといたずらっぽく笑いかけるロキを
「陛下の御前よ?」
ガチギレしたミラがグーパンチした。
「お二方、ご協力感謝いたします。一週間後に叙任式を執り行います。それまではゆっくり休んで傷を癒してくださいね」
アリアナがクスクス笑いながら席から立ち上がろうとすると、セルジュが先に立ち上がり、自然な様子で手を差し出した。そのまま部屋の外へ待機している近衛に引き渡そうとする。
「セルジュ、明日元老院と話をするわ。同席してくれる?」
「勿論」
別れ際、アリアナからの問いかけにセルジュは柔らかく微笑み返事をした。
ーあの時にはもう好きだったのか…
ロキに口付けられた場所に触れながら、流月は以前も感じた胸の痛みにふと気が付いた。セルジュがアリアナの婚約者だと知った日。自分の気持ちを自覚した分、あの時より痛みは酷く、醜い。
流月の知らないところで、出会った最初からセルジュは『アリアナ姫の婚約者』だった。二人の関係はずっとずっと前から続いていた。そう思うだけでどうしようもない、濁った感情はどんどん湧き上がってくる。
ー知ってたとしても、きっと、どう足掻いたって好きになってる。
どうしようもない感情を誤魔化すように、セルジュの背中から視線を外し、代わりにミラやグレンと談笑しているロキの横顔を見つめた。
自分を助けるためにあんな行動を取ってくれたんだろうと、ロキの服の裾をそっと引っ張った。
「どした?」
と、アリアナの退出を確認したセルジュがツカツカと流月の前を通り過ぎ、流月の隣に座るロキの頭にゲンコツを落とした。
「いってぇ!!!」
「調子に乗り過ぎだ!」
ロキへの教育的指導を終えた後、今後について軽く説明を付け加えたセルジュは流月の方へ向き直った。
「俺の本意とは色々違うが………決めたなら全力でフォローする。『辛く』なる前に言えよ?」
セルジュはいつもの優しい笑顔でそう言うと流月の頭をワシャワシャと撫で、謁見室を後にした。
ーセルジュのせいで辛い時はどうしたらいいのよ
流月は掴んだロキの裾をぎゅっと握り締めた。




