30.唯一キミだけが
セルジュは流月を落とさぬ様に、傷付けぬように慎重に抱えながら全速力で王城へ向かっていた。
竜になるために消費した魔力は、ポーチに入れていた応急処置程度の月の石で僅かに回復できている。そして回復した魔力の一部を流月へ送ることもできた。
これ以上、セルジュに出来ることはない。今出来ることは全てやった。
魔力の放出が止まっている以上、急激に状況が悪化することが無い事も理解はしている。
それでも黒い鱗に覆われた腕の中でぐったりする流月の体の青白さと冷たさに、無意識に、どうしようもなく焦ってしまう。
何よりも大切に思う少女がこの手から居なくなったら、と考えるだけで早くなる鼓動を落ち着かせられないでいた。
城下の灯りが見え始めたのは、僅か数分後の事だった。
「先に医務室へ連れて行く。お前も消耗してんだろ、早く着替えて来い」
そう言ってグレンはセルジュへ大きな布を被せた後、流月を受取り医務室へ急いだ。
竜の姿になる前に、連絡を入れておいて良かったとセルジュは安堵した。竜の姿になった時点で元々着ていた服は粉々になってしまうため、流石にそのまま元の姿に戻るのは抵抗がある。
セルジュは体に布を巻き付けた後、人間の姿へ戻った。魔力の消費のせいで体がふらつくが、まずは着替えのため自室へと向かう。
………
「なんっで……こんなに消費してんのよ、この子は!!!」
ミラが怒りながら流月の手を握り魔力を込める。ミラの手の中には月の石があった。自らの回復のためには少量の魔力を月の石へ流せば済むのだが、他人を回復するためには更に月の石から流れ込んでくる魔力を相手に送る必要がある。魔力量の多い者へ一気に魔力を送ろうとすると、回復する側の魔力を全て奪われる可能性があり、一気に回復することは難しい。
ミラの魔力量は二枚羽の印持ちに匹敵する程で決して少くはないが、流月の魔力量が常識外れのため回復に時間がかかっていた。
未だ目覚める様子のない流月の青白い顔を見てミラの気持ちばかりが焦る。その焦りから気付かぬうちに流月へ流す魔力量がじわじわと増えてしまっていた。月の石からの供給量を上回る直前、別の手がそれを止めた。
「落ち着け、代わる」
雑に隊服を纏ったセルジュだった。
「セルジュ…隊長…」
セルジュが流月の手を取り、ミラの頭をポンッと撫でた。
「隊長、顔色悪いですけど大丈夫なんですか?」
「部屋で軽く回復してきた。グレンは?」
「指示を出してから、戻ってくるって」
グレンから竜の姿になったと聞いていた。疲労の見える顔であるのだが、安心感があるから不思議だ。
鼻の奥がツンとして、ミラは自分は緊張していたのだと気付いた。
と、医務室の扉が勢いよく開かれた。
驚いて振り返ると裂傷だらけのロキが立っていた。動きも意識もしっかりしてはいるが、顔も服も血で染まっている。慌ててミラはロキの元へ駆け寄った。
「アンタ、なんて怪我……」
「ルツキは」
「何言ってんの?!すぐに手当て……」
「うるせーな、オレの傷なんてどーだっていい!!」
ミラの手を払いのけ、足早に流月の元へ向かった。
「さっきからまず手当てしろって言ってんのにちっとも聞かねぇんだ、アイツ」
「グレン隊長……」
「ん……お前も顔色悪いな、一人で任せて悪かった」
ロキに続いて休養室に入ってきたグレンはミラの横へ並び、ミラの頭をガシガシ撫でた。
「安心しろ。今より悪くなることはない。だから先に手当てを…」
ロキはセルジュの言葉を無視して反対側の流月の手を強く握った。
その行動に魔力に関して無知ではない事は分かったが、流月の魔力量を知らないロキでは逆に命の危険が出てきてしまう。
「止めとけ、流月はこう見えて魔力量が多い。持ってかれるぞ」
セルジュがロキを止めようとするがまたもやセルジュの言葉を無視して続けようとする。セルジュは口内で舌打ちし、ロキの手を無理矢理引き剥がそう立ち上がった。
「…っ………ごめん」
俯いているため表情は伺えないがロキの小さく震える呟きが聞こえ、思わずセルジュは動きを止めた。
ロキは流月の右頬に出来た裂傷を親指で優しく拭うと、血の滲む傷に口付けた。
途端、ロキの体がぼんやり光出し、ロキの魔力が鮮やかさを変えた。
「……!!?……」
ロキも驚いたように自分の手のひらを確認している。
セルジュもグレンもその光景から目を離せないでいた。
随分と昔の事ではあるが、忘れるわけがない。
対になる竜と体液を交換することで成立する、竜との契約の証だ。
「それ契約、だろ?…オマエ、なんで……」
「…………キミは半竜だろ?半竜が対になった例はないはずだ……それに体液の交換は……」
ロキが一瞬不思議そうな顔を浮かべ、あぁ、と納得したように答える。
「ルツキ、オレの涙摂取してたからか……」
「おっさん、あん時側に居なかったもんな。半竜じゃなかったんだ。オレの本当の姿は炎竜で、流月の『対』だ。……よく分かんねぇけど記憶も、竜だってことも忘れてた。ルツキのお陰で、覚醒出来て…………暴走した。ルツキはオレを助けるために魔力使い切っちまったんだ」
「どーなってんだセルジュ。コイツが、竜……?人型になれる?」
グレンが目を白黒させてセルジュに問いかけた。
「詳しいことは俺も把握出来てない。後できっちり聞かせてもらう。……だけど君が対の竜ならば、流月の回復は至って簡単だ」
セルジュがロキの目をまっすぐに見つめる。ロキはまだ理解できないようで、怪訝な顔を浮かべたままだ。
竜は自身の魔力の一部を対の印持ちへ付与するが、それば竜の持つ莫大な魔力のほんの一部でしかない。流月を回復させることでロキの魔力が枯渇することはまずあり得ない。
更に同じ魔力を有しているため属性の違いによる反発も起こり得ない。
対の竜であれば何のリスクもなく瞬時に回復させることが可能なのだ。
「ただ力一杯魔力を送ればいい。唯一キミだけが、今すぐ流月を助けることができる」
ロキは目を見開き、慌てて流月の手に力の限り魔力を込めようとする。と、未だセルジュの手が離れていかないことが気になった。
「……おっさん何やってんの?対の竜が居れば問題ないんだろ?離せよ」
ロキの言う事は正しいのだが、ここで手を離すのが釈然としない。
「…………また暴走でもされたら困るからな、保険だ」
無理がありすぎる言い訳にグレンが思わず吹き出した。
「くくくっ……さすがに大人気なくないか?」
「煩い」
結局、セルジュがようやく流月の手を離したのは、流月の魔力が回復し握った手が十分に温かくなってきてからの事だった。




