3.竜騎士の護る国
1日前。
シルヴェータ王国。
月の女神が竜を従え建国したという神話の残る国。
東西を険しい山脈に、北方を美しい海に、南方を軍事国家に囲われていた。
軍事国家に隣していながら侵略されずにいたのはシルヴェータの持つ特殊な軍事力の賜物であった。
しかし長年保っていた平和も、数年前から状況が変わりつつあった。
……
シルヴェータ城、第3謁見室。
通常、竜騎士団の作戦会議に使われている部屋だ。
「国境の様子は?」
騎士団の作戦会議に似つかわしくない、柔らかな女性の声が響く。
「今はまだ何も。ただ向こうの動きが活発になっているのは間違いないです。そのため明日から暫くは五番隊を常駐させようかと。」
亜麻色の髪の青年が地図を広げながら女性に説明する。
「五番隊なら威嚇にも充分ね…“長”の捜索は?」
「三番隊が今日も竜の谷を捜索してはいますが…こちらもまだ…」
「そう…このまま“長”が見つからなければ、竜騎士団の力がどんどん衰えていくわ…そうなれば、国境の均衡も保てなくなって…多くの民が傷ついてしまう」
「……」
青年は地図の上に置いた手を、ぎりっと握りしめた。
「……貴方との子供なら…“長”の印を持った子が生まれるかしらね」
キツく握りしめた手の上に白く細い指を重ねられた。
「っ…!!!」
ヒンヤリした柔らかな感触に、慌てて青年が自身の手を引っ込める。
「ふふ…冗談よ、セルジュ」
「冗談はおやめ下さい。……アリアナ姫…」
やや視線を鋭くすると、アリアナ姫と呼ばれた女性は口元を隠しながらいたずらっぽく笑った。
イタズラ姫が…口には出さず内心毒づいた。
「…ふぅー…」
亜麻色の髪の青年、セルジュは自身を落ち向かせるように深く息を吐き再びアリアナに向き直った。
「明日は我が一番隊も“長”の捜索に向かおうと思います。城で大人しくしていてくださいね」
「ふふ。一番隊隊長。竜騎士団団長。我が婚約者様の仰せのとおりに。」
にっこり微笑むアリアナに、思わず吹き出す。
「…団長にも婚約者にもなったつもりありませんよ!!」
「皆さま、おやすみなさい」
セルジュの抗議を全く気にすることもなく、近衛兵を連れてアリアナは退室した。セルジュ以外の竜騎士達は静かに敬礼し見送った。
クックッ…
静かになった部屋に堪えた笑い声が響く。
「一番隊隊長も方なしだな?セルジュ」
「煩いぞ、グレン」
真っ直ぐな金髪を後ろで結んだ青年、竜騎士団二番隊隊長であるグレンを諌める。
「明日は俺も城を離れる。姫を頼んだぞ」
「はいはい。早く“長”を見つけないと本当に婚約者様になっちまうもんな」
「……他人事だと思って」
「そっちの方はな。…だがこれ以上騎士の力が弱くなるのは見逃せない。」
グレンの目付きが鋭くなる。
シルヴェータ王国の誇る竜騎士団には2種類の騎士がいる。
一方は志願者が試験に合格し騎士団に入団する者。もう一方は竜に選ばれ入団する者だ。
後者に該当する者には生まれつき体に竜族の印があり、成人を待って対となる竜族を得る試練を受ける。そして試練に受かった者が竜族の圧倒的な力を借り、騎士となることが許される。
更に竜族の“長”の印を持つ者を竜騎士団団長とし、竜族の桁違いの力を持って長年隣国の侵略を防ぎ続けてきた。
だが、何故か数年前から竜族の“長”も、“長”と対になる印を持つものも見つからなくなってしまった。
最後の騎士団長が息絶えてから、竜族の力が弱まり続けている。すなわち、竜騎士団の力すらも…
竜族の印を持つ者同士が必ずしも血縁関係がある訳ではないが、竜族の力を他国へ出さぬため、竜騎士団団長と王家姫君が婚姻関係を結ぶことも古くからの習わしになっていた。
そして竜騎士団団長不在の今、次席である一番隊隊長のセルジュがその役を担うと言われている。
この国を護る力を、弱める訳にはいかない…
そのためであれば、兄妹の様に育ったいたずら好きな姫君との結婚も喜んで受けるつもりはある。
セルジュは再び拳に力を込めた。