27.照れて悪いか
通常訓練が終了し夕食時も過ぎた夜の演習場。
グレンとロイが手合せをしていた。一般隊員の監督をすることが多い二人は、こうして別で時間を設けなければ自分達の訓練がなかなかできないでいた。
キンッ!!
ロイの一撃をグレンが軽く弾いた。弾かれてがら空きになった胴へ、グレンは真横に剣を振るう。ロイは咄嗟に水の防御壁を作ってそれを防ぎ、距離を取る。
ー今度は弾かせ、ないっ……!
一歩踏み出した右足の下へ空気中の水分を集め圧縮させる。圧縮した水を瞬間的に膨張させた。その勢いを使い、高く飛び上がる。そのままグレン目掛けて真上から剣を振り下ろす。
ギィンッ!!!
グレンは事もなく受け止めたが、真上から力をかけられているため安安と弾くことが出来ない。
剣の競り合う音が響く。
ロイの視線がグレンの眼差しと交差した。こちらに集中していると確信する。ロイはグレンに気付かれないよう背後で水の刃を作り上げ、グレンへ向け飛ばし
「甘いっ!!!」
グレンは風の渦を作り、自身を浮かせ勢いよく後方へ回転する。ついでにロイの顎を蹴り上げ、尻もちをつかせた。
「いでっ!!」
水の刃はその硬度を失い、座り込むロイの頭に直撃した。
グレンは風の力を使って緩やかに着地し、ロイの喉元へ剣先を突きつけた。
「はい、しゅーりょー」
グレンはニヤリと笑うと剣を鞘に納めた。
「もー!!隊長たまには負けてくださいよ!!」
ロイが水を浴びた頭を振りながら毒づくが、グレンはニヤニヤしながらロイの正面にしゃがみ込む。
「うへへ、まだまだ負けねーよ」
と、演習場沿いを歩く流月の姿がグレンの目に入った。グレンは頼まれごとを思い出し慌てて声をかける。
「いけね、忘れてた。おーい、流月ー!!」
……
「…………セルジュが?」
ゆっくりと夕食後の団欒を満喫した流月とロキはいつも通り手を繋いで自室へと戻る途中、訓練中のグレンに呼び止められた。グレンは前髪を邪魔そうにかき上げながら頷く。
「あぁ、なんか話があるから団長室来いってさ……流月、お前何したの」
「えーーと…………何もした覚えはないけど……」
何もした覚えはないけれど、何もして無さ過ぎの自覚はある。
最近は専らロキと散歩したりお喋りして過ごしている。
4日前のお説教を思い出し身震いする。
そしてセルジュに会いたくない理由はもう一つあった。
あのお説教の日以来セルジュには会っていない。勿論、日中は長捜索のためセルジュが城から出ているのが一番の理由ではあるが、夜、セルジュの姿を見つけてもついつい避けてしまう。
あのよく分からない状態になりたく無い。今でも気を抜くと顔が赤く染まってしまいそうになる。
でも呼び出されたからには行くしかない。
「ルツキ、オレも…」
「いいよ!ここからだと遠回りになっちゃう。ささっと行ってくるから先戻ってて。グレン隊長もありがとう!」
そう言ってするりとロキの手を離すと流月は団長室へ急いだ。
いとも簡単に抜けてしまった流月の手の感触に、ロキの胸は何故だがざわついた。
…………
団長室前に着いても直ぐにノックができなかった。今、心臓が煩いのは急いで来たせいなのか、セルジュに会うからなのか流月にもよく分からない。
深呼吸を何度か繰り返し、ようやく呼吸が整った。
コンコンッ
「…………入れ」
入室許可の声が聞こえた。意を決して流月は扉を開く。
「こ、こんばんは」
「流月か、呼び出して悪い」
セルジュはちらりと流月を確認し、また手元の書類へ視線を戻す。静かな団長室にカリカリとペンの走る音が響く。
切りのいい所までやるつもりなんだろう事は理解できる。待つべきだとは思ったが、この状況に耐えられなかった。
だって仕事中の顔が格好良く見えちゃうとか……!!!
「わ!……わたし……また、なんかしちゃった??」
ピタッとペンが止まった。
暫くして…クックッと控えめな笑い声が聞こえてきた。
「なんで説教される前提なんだ……くくくっ…」
セルジュが呆れた笑顔でペンを置いた。
「流月、右手は?」
「ひぇっ………だい、じょうぶ……デス」
平静か保てなくなるから問題の右手に軽々しく触れてほしくない。紅潮しそうな頬を両手で隠す。
何だそれ、とセルジュが笑う。そして引出しを開けると茶色い紙袋を机の上に置いた。
「あーー……こんな事を頼むのも、正直どうかと思うんだが…」
珍しくセルジュが言い淀んでいた。流月はそんなセルジュを不思議に思い首を傾げる。
「隊員達から『流月のコーヒーを飲んでから食堂のが不味くて飲んでられない』って文句が出てだな……」
「…………『流月のコーヒーを飲ませてくれ』……って?」
話の流れが予測出来てしまった流月は我慢できず、セルジュのセリフを奪ってしまった。
セルジュは苦虫を噛み潰したような顔を片手で覆う。
「悪い……最初は何を馬鹿なことを、と一蹴してたんだが、余りに要望が多くて……情けないことに手に負えなくなってきてる」
今迄は流月の気分で騎士棟内の様々な場所でコーヒースタンドを開いてきた。が、豆が切れたタイミングで城下に降り、事件に遭遇してしまい、その結果、謹慎処分を受けている。そもそもの原因となったコーヒー豆を欲しいとも言えず、流月も
物足りない日々を過ごしていた。
多数の騎士達も物足りないと思ってくれたのだろうか。そう思うと流月の表情は緩んでしまう。
「悪くなんかない!!……えーーー、そんな事言ってもらえるなんて嬉しいなぁ」
紅潮を隠すための両手は、緩みきった頬を支える事になった。セルジュは立ち上がって茶色の紙袋を流月へ手渡す。
「豆はこっちで手配する。右手に無理ない程度にやってくれると助かる。勿論毎日じゃなくていいから」
「毎日やるよ!!右手はもう全然痛くないんだから!」
受け取った紙袋を抱きしめ、満面の笑みで答えた。
そう言えば流月のこんな笑顔を見るのは久々かもしれない、とセルジュの表情も緩んだ。
「そう言えば、黒竜に会いに行ったんだって?」
「そうなの!こないだのお礼言いたくて…会えてよかったよ……って、あれ?なんで知ってるの?私言ってないよね?」
言ったも何も、セルジュを避けていて最近全く会っていなかった。更にロキが話したとも考えにくい。セルジュがあまり好きではない事は流月にも分かっている。
そしてあの場には他に誰も居なかったはずだ。
「黒竜から聞いた」
流月がまだきょとんとした表情をしているのを見て、セルジュは苦笑しながら説明を付け加えた。
「明確な言葉は交わせないが、何となく言ってることは分かるんだ。城下も、黒竜が探してくれたから助けに行けた」
セルジュの瞳が優しかった。何度も見たことのある瞳だ。多分黒竜の事を考えているんだろう。
「………こないだは、助けてくれてありがとう」
唐突な謝辞に今度はセルジュがきょとんとする番だった。
「そう言えば、セルジュにもちゃんとお礼言えてなかったよね…………一人で何とかしようとしてた時も、ホントはずっと怖くて、ずっと、いつも助けてくれる貴方の姿ばかり思い浮かんじゃってたんだ。セルジュが降ってきた時は本当にびっくりしたけど……来てくれて凄く安心したの。セルジュと黒竜が来てくれたからロキを助けられた。ホントにありがとう…………セルジュ?」
セルジュは流月の言葉を聞きながら次第に俯いていってしまった。今では表情が全く読めない。
またまた怒らせた?と、流月は恐る恐る覗き込もうとする。
「やめろ、見るな」
セルジュは手の甲で口元を隠し、明後日の方を向いてしまった。何かしてしまったかと首を傾げる。ふと気付くと、セルジュの耳が赤く染まっていた。
必死に隠そうとしているソレに気付いてしまったら、なんだか可愛くて堪らない。
「んふふ、照れてる……かわいい」
セルジュが何やら訂正しようと口を開くが、流月の緩みきった顔を見て何も言えなくなってしまった。
「……照れて悪いか」せめてもの抵抗に毒づいてみせた。
お付き合い頂きありがとうございます。
お休みの間に書き溜めて見ましたが、自分の亀さ加減にびっくりしています。最後まで書き切るべきか迷いましたが、更新したくなっちゃいました…ごめんなさい。
今後も亀更新となりますが、更新の際はよろしくお願いします!




