25.甘すぎでしょ
「おっさん!まーたルツキ泣かせてんのか!!!」
扉を開けて仁王立ちしていたのは、医務室で見てもらっているはずのロキだった。
ロキは団長室に入ると、セルジュと流月の間に入り、通せんぼをするように両手を広げた。
ロキの到着から数秒遅れてミラが団長室に到着する。
「ロキ!勝手に、行っちゃ、だめよ!!」
ミラは既に息があがって、肩で息をしていた。
「なんなの、この子。流月がどこに居るのか分かってるみたいなんだもん!」
「ルツキの声が聞こえたら分かる」
そう言ってロキは流月の腰へぎゅうっと引っ付いた。流月はその可愛さに夢中になっているが、セルジュもグレンも怪訝な顔を隠せないでいた。響くような大声を流月は一度も出していなかった。
「……それにしても流月さん、城下で魔法を使わなくてよかったです」
ふと、ロイが話題を変えた。流月がロイへ視線を移す。
「咄嗟の情況で使うにはかなりの訓練が必要なんです。使ってたらまず間違いなく暴走してたでしょう。あなたはロキくんも、ついでにあの男達もちゃんと救ってますよ」
ロイの優しい言葉にまたジワリと視界が滲みそうになる。
訓練頑張りましょうね、と微笑むロイに流月は強く頷き、ロキを抱きしめた。
ーもっと力があれば…なんて後悔はもう二度としたくない
「んんっ……やる気に満ちているとこ悪いが、流月、キミは暫らく訓練も外出も禁止。一週間謹慎だ」
「えぇーーー!!!」
「見習だから隊則での謹慎程厳しくするつもりはないが、一週間位大人しくしておけ。何か必要なものはミラに頼むといい。……話したかったことは以上だ」
話が終わるとロイ達は軽く敬礼をして直ぐに部屋を出ていってしまった。グレンも軽く手を振り後に続く。
セルジュは軽く応えながら机の上に積み上げられている書類に手を伸ばし始めた。仕事をするから出て行けという雰囲気に流月もすごすごと従う。
「流月」
部屋を出ようとする瞬間、呼び止められた。
振り向くとセルジュが自分の右腕を指さしながら「ミラにこまめに診てもらえ」と告げた。
と、あの熱さを思い出し一気に顔が赤くなる。
「……っわ、分かった!!おやすみなさい!!行こう、ロキ」
流月は慌ててロキの手を掴むと団長室から逃げるように出て行ってしまった。「……?…なんだ?…」と、ピンとこないセルジュはまぁいいか、と予想外の出来事で遅れてしまった仕事を終わらせるべく再開させた。
ーナニコレナニコレ!??私どうしちゃったの??
流月は火照る頭のまま、ロキの手を引いて足早に自室へ戻る。
今までだってセルジュに何度も助けられてきたのに、こんな訳の分からない状態になることなんて無かった。
腕を撫でられた感触が、真っ直ぐ向けられた真剣な視線が何時までも頭から離れない。
テンパって、後ろを向く余裕の無い流月は、後ろをついて歩くロキが酷く面白くなさそうな顔になっていることに全く気づかないでいた。
…………
謹慎1日目。
とりあえずいつも通りの時間に起床し身支度を整えた流月は、隊服に着換え部屋を後にした。
食堂へ行くと既にミラの姿があった。ミラが流月に気付き、こっちへおいでと手招きする。流月は朝食のトレーをもってミラの隣に座った。
「おはよ、流月」
「おはよう。ミラ、昨日は心配かけてごめんなさい…」
「グレン隊長に聞いたわ。ちゃんと分かったんでしょう?それなら今回は許す!次はやったら許さないから……ね!」
ミラはそう言って流月の鼻へデコピンを当てた。流月は鼻を隠してくしゃりと笑った。
「そう言えば右手大丈夫なの?セルジュ隊長に手当してもらったんでしょう?」
「……っ!!ゴホッゴホッ」
流月は朝食のスープを口に含んだところで激しくむせてしまった。「ちょっと、大丈夫?」とミラが慌てて背中を叩く。
「だい、じょうぶ。ありがとう」
落ち着いた流月は水を口に含んだ。顔が熱いのはむせたからだと信じている。
「手は、大丈夫だよ。ちゃんと手当てしてくれたもん」
「ふーん………じゃあ、どこが大丈夫じゃないのかしらね」
ミラが意味深な笑顔を残して立ち上がる。
「……………あ、ミラ今日手伝いに…」
「だーめよ、謹慎中でしょ。セルジュ隊長に叱られるわ、大人しくしてなさーい」
そのまま食器を片付けると医務室へ向かってしまった。
一人残された流月は大丈夫じゃないの、どこなんだろう…と考えながら朝食を食べ進める。
暫くするとロイとロキが揃ってやって来た。
ロキは昨夜ロイの部屋に泊まったらしい。ロイの横を歩いていたロキが流月に気付くと満面の笑みで走り寄ってきた。
「流月さん、いたいた!今日ロキくん見ててもらえますか?あ、今日中にはロキくん用の客間の準備が出来るはずです」
「いいですけど……あの!今日、こっそり訓練とか……」
「できませんよ!僕、セルジュ隊長とグレン隊長に殴られるの嫌ですもん」
ロイはあははと笑いながら答えると、訓練があるからと足速に去っていってしまった。周りを見渡すと、朝食を取っている人がどんどん居なくなっている。皆訓練や任務に当たっているのだろう。食堂のピークも過ぎたようで、厨房も後片付け作業がメインになっているようだ。
そんな中、流月はロキと二人で座って食後の紅茶を優雅に飲んでいる。
ーあれ、『謹慎』って何?!こんなに優雅でいいの??!
……
謹慎と言われても何かしら訓練なり手伝いなり出来ると思っていたのだが、
「流月ちゃん、今日は手伝い要らないよ!セルジュ隊長に怒られそうだし」
「あー…今日の訓練は、ちょっと、ハードだから…また今度ね」
「流月!何やらかしたんだ!謹慎なんだって?」
流月よりも数枚上手のセルジュが騎士団中に御触れを出していたらしい。どこへ行っても誰に頼んでも、訓練も手伝いすらも断られてしまった。
騎士棟、演習場の全てで断られ落胆した流月は、演習場の見渡せるベンチに座りぶーたれていた。
特にやることの無いロキは流月の横で足をプラプラさせている。
「ちぇ、おっさんカッコつけすぎじゃん」
「えぇ?なんにもついてないよ!!手伝いまで禁止することないのにー!細かすぎるよ!!セルジュのケチー!!」
「これは罰じゃなくて、ソレが治るまで使うなってことでしょ?」
ぶーたれて頬杖をついている流月の右手を指差した。流月がぱちくり瞬きを繰り返す。ロキはそれ以上何も言うつもりがなく頭の後ろで手を組み、鮮やかな青空を見上げた。
ー全くやんなる…たかが騎士見習い相手に甘すぎでしょ。もーおっさん、ホントに気に入らない。