21.王属騎士団
ふらつく体で、腕を引かれるまま足を前に進める。
「キミ、大丈夫?!」
醜い怒鳴り声に場違いな、軽やかな声が響いた。
その声に、弾かれるよう目の前を走る流月を見上げた。こんな状況なのに優しく微笑んでいる。
「もう少し頑張って!」
そう言って少年の腕を掴む指はとても細く、少し震えていた。
……
地理に明るくない流月は裏路地を右へ左へ逃げ回っているつもりで、知らず知らず袋小路に迷い込んでしまっていた。男達は途中から気が付いたのかニヤつきながらゆっくり追いかけて来る。
後ろに逃げ場はない。目の前には4人の大男。
流月は少年を自分の背後に隠し、模造刀を構えた。
恐怖と緊張で呼吸が荒くなり、剣先が震える。
「おじょーちゃん、大人しくこっち来てくれたらオレ達もう酷いことしないから…」
赤茶色の男が一番遠くから気味の悪い声で流月に話しかけるが、先程流月に斬られたことを根に持っているのだろう。目が血走っていた。
「おい、コイツ騎士の格好してるぞ…騎士団か…?」
一人の男が流月の着ている隊服に気がついた。
「よく見ろ!こんなガキンチョが騎士なわけねーだろ」
「これ着てれば襲われないと思ったんじゃねえ?とりあえず二人共とっ捕まえて…」
別の男が手を伸ばした所をすかさず剣で払った。
「あイテっ!!!」
が、流月の筋力と刃の潰れた剣では当たってもちょっと痛いくらいだ。赤茶色の男を除く2人の男は何やってんだとゲラゲラと嗤う。
再び男が近付いて来る。流月は剣を振り上げ、思い切り降ろした。
と、男に軽々と剣を掴まれてしまった。どうにかして剣を離そうと力を込めるが、流月の力ではびくともしない。
それどころか男が剣を捻り上げ、流月の手から剣を奪い取ってしまった。武器のなくなった流月は両手のひらを前方へ向けた。何事かと男達が警戒をする。
ロイとの訓練のお陰で魔力放出の感覚は覚えている。自分の身を、背後の少年を守るためにはこれしかない。でも、膨れ上がった火球の恐ろしさも覚えている。
ここで暴走したら男達も、少年もただでは済まないのではないか…そう思うとなかなか踏み切れない。頬を冷や汗が伝った。
流月が何もしない事を良いことに、赤茶色の男が下品な笑みを浮かべたままゆっくり前進してくる。
流月は一歩後ずさった。がこれ以上距離を取ることが出来ず、右手首を思い切り掴まれてしまった。そのまま引きずられ持ち上げられる。
もう一人の男が少年に近付くのが見えた。
「やめろッ!!その子に手を出すな!!!」
流月が精一杯声を張り上げるが、男達にはまるで届いていないようだった。
「おじょーちゃん、お遊びはこれまでにしようか…」
目の前のニヤついた顔を睨みつける。恐怖と悔しさで涙が滲んだ。
…ダンッッ!!!!
突然、大きな音と振動が体に響いた。
赤茶色の男は何が起きたのか理解出来ていなかったが、流月は目に映ったはずの光景が信じられないでいた。
人が空から降ってきて、事も無げに着地した。
その人物は流月が状況を把握しきる前に着地した状態からの一蹴りで赤茶色の男を無力化し、更にそのままの勢いで後ろに居た男二人の腹部、頬へと順に蹴りを食らわせる。
意識を失った赤茶色の男は流月を巻き込み倒れようとするが、倒れ込む寸前で流月を引っ張り寄せ、そのまま腰に回した手で支えた。
そして左手で腰元の剣を抜取り、切っ先を少年を掴む男の喉元へ向けた。
「王属騎士団だ。…申し開きがあるか」
聞いたことのない低い声に流月は思わず身震いする。それを恐怖心と受け取ったのか、騎士のーセルジュの腕に力が籠もった。
突然現れた騎士の殺気を伴った威圧感と赤茶色のリーダーを失った絶望的な状況に、男は直ぐに少年を掴んでいた手を離し両手を上げた。
開放された少年はその場で膝から崩れ落ちる。流月はセルジュの支えから飛出し、少年を抱えて座り込んだ。
拘束前の男のすぐ横を通り過ぎる流月の迂闊さに思わずセルジュの舌打ちが零れる。
「……お前達の身柄は一時騎士団が預かる。騎士団での調書作成の後で自警団に引渡す。いいな」
そう言いながら手際よく4人の男達を拘束していった。
「……あのガキ、ホントに騎士団だったのかよ…」
唯一意識のある男が流月を見つめ呟いた。その声には驚きと畏れが混ざっている。
ー団長候補だ、馬鹿が…
セルジュは心の中で毒づき、流月と少年の元へ向かった。
…
「もう、大丈夫、だからね……」
流月は涙声で膝枕をした少年に語りかけていた。
持っていたハンカチで少年の顔を優しく拭いていく。白いハンカチはあっという間に赤く染まってしまった。
「ごめんね、ちゃんと、助けられなくて……」
大粒の涙がぼたぼたと膝に、少年の頬に落ちていく。少年はアザや傷の目立つ痛々しい顔で優しく微笑んだ。
「………やっと、見つかった………笑って」
少年の優しいあかい瞳と言葉に目を見開いた。
と、肩に手を置かれる。
セルジュだ。流月は見上げた。
見上げるが想定した場所にセルジュの顔はなく、星の輝く夜空が涙でボヤけた視界に入った。
セルジュは見上げた流月の耳元で囁く。落ち着かせるように囁いた声は優しく低く、流月の耳朶を震わせた。
セルジュは何事も無かったかのように少年を抱え上げ、今後の話をし始めている。
「キミ、大丈夫か?王属騎士団の者だ。傷の手当と、話が聞きたい。一度王城へ来てくれないか?親御さんが近くにいるなら私から話を…」
「……ずるい…」
流月はセルジュに囁かれたまま固まってしまっていた。熱を帯びた耳朶を押さえる。
『よくやった。よく、民間人を守ってくれた』
ー私にも出来ることがある…
そう思ってみたけれど実際何もできずにいた。
訓練を始めてみても他の騎士達の足元には到底及ばない。長の竜すら自分では探し出せない。
『長の印持ち』
そんな肩書きの邪魔しか出来なかった。
長の印を持ってるのが流月じゃなければ、せめて流月がこの世界の人間だったら、もっとアリアナやセルジュの力になれたのに…いつも頭の片隅で考えていた。
ここに居たい自分の望みのせいで、ここの皆の重荷になっている自分に嫌悪感しかなかった。
それなのに、こんな簡単に認めてくれるなんて。こんな簡単に安心させてくれるなんて。
治まりかけた涙がどんどん溢れてくる。
遠くでグレンの声が聞こえた気がした。




